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Brand New Day 11

「みっちゃん、母さんとお父さんがそこまで来ているんだ。ちょっと店番を頼んでもいいか」 「もちろんよ」  すごく嬉しそう。寝る間も惜しんで愛情を注いでいる葉山フラワーショップをご両親に見てもらえるの、嬉しいわよね。  そんなヒロくんの大きな背中を見送ると、何故かふと泣きそうになった。  ヒロくんって本当にカッコいい人。    どうしよう、最近ますますヒロくんが好きになったわ。結婚してダンナさんとしてのヒロくんは決断力に溢れ頼もしいし、お父さんになったヒロくんも優しくて大好き。  しみじみと私は素敵な人と結婚できたと感謝しているわ。  裏表なく人としての深い思いやりと優しさを兼ね備えている人。    そんなヒロくんの、ここまでの人生は少し複雑よね。  私はそれを知った上で結婚したの。  10歳の時……お父さんを病気で亡くしたヒロくんは、10歳年下の弟が生まれてお兄さんになったばかりだった。  お母さんが私に話してくれた、お父さんの臨終のエピソードは、とても切ないものだったわ。  生前お父さんが必死に縋ったのは、まだ10歳のヒロくんだった。病室に呼んでは、何度も頼んでいた。 (広樹、まだ小さいお前に酷なことを頼むが、どうかお母さんを支えてあげてくれ。それから小さな弟を守ってくれ。お父さんは……とても無念なんだ)  長男気質で真面目なヒロくんは、それを忠実に守ってきたのよね。    15歳の時に、縁あって5歳下の男の子を引き取ることになり、守りたい対象が更に増えたの。  高校時代、同級生が放課後遊びに行く中、ヒロくんは毎日花屋の手伝いをしていたわ。早朝から市場に仕入れに行くので、流石に授業中は眠そうにしていた。赤く充血した目を必死に擦りながら、懸命に板書をノートに写しているので、一度聞いたことがあるの。 …… 「ヒロくん、無理し過ぎよ。朝から家の手伝いをしているのだから、授業中、眠ってもしょうがないわよ」 「うーん、だが……俺が勉強を学べるのは高校までだし、弟達に勉強も教えてやりたいから、寝るわけにはいかないんだ」  理由に驚いたけれども、ヒロくんが浮かべる笑顔に悲壮感はなかったのが救いだった。  私は両親も健在で、普通のサラリーマン家庭で何不自由なく育ち、そのまま進学する予定で、そんな風に考えたことはなかった。  いつも身体の割に小さなお弁当箱なのが気になって覗いたら、殆どご飯だった。「ご飯好きなんだ」と明るく笑っていたけど…… 「そうだ、これあげる」 「え? いいのか」  料理部で作ったカップケーキ。  白いクリームの上には、綺麗なお花の飾りがのっていた。  私はお腹を空かせたヒロくんに食べてもらいたかったのに…… 「なぁ、これ家に持って帰ってもいいか」 「どうして? ここで食べてくれないの?」 「こういうの洒落たお菓子、弟がきっと好きだと思って。だからあげてもいいか」 「……いいけど、ヒロくんは?」 「俺は目で栄養補給するよ。モグモグ」  明るく戯けるヒロくんの胸を、堪えきれずにバンバン叩いちゃった。 「バカ……バカ、バカー」 「ええ? みっちゃんどうしたんだよ?」 「これ全部あげるから、ヒロくんも1個食べてよ、お願いだからぁ……」  ヒロくんは焦って、その場で丸ごと口に放り込んでくれたのよね。  そして満面の笑みで「美味しい!」と。    相変わらず悲壮感なんて欠片もない、明るく爽やかな笑顔にキュンとしたの。  告白は、私からしたわ。    ずっと憧れていたことに気付いた瞬間、黙っていられなくなった。 「私、ヒロくんが好き!」 「え?」 「だから、付き合って下さい」 「……みっちゃん、俺も君のことは好きだけど……」 「だけど?」 「ごめん、正直……今は君と付き合う余裕がないんだ。幸せにしてやれない」 「どうして? まだ私達高校生よ? 先のことなんてまだ分からないのに……」 「見えないんだ。どうしたらいいのか今は何も見えなくて。とにかく目の前を切り開くことで精一杯で……」  うやむやに終わった高校の告白。  付き合うまでは至らなかったけど、それからも私はいつもヒロくんの一番傍にいたわ。  高校を卒業し、私は通学のため毎日のように葉山生花店の前を通ることになった。古びた店の店先では、ヒロくんが白いTシャツにデニムのエプロンをつけて、汗水たらして、いつもせっせと働いていた。  やっぱり……好きだなぁ。  だから去りがたく、遠くから暫く眺めていたの。  するとダボダボの学ランを着た男の子が、丁寧に扉を開けて出てくる。 「兄さん、行ってきます」 「おぅ、瑞樹、気をつけてな」 「はい」 「ちょっと待て、髪の毛跳ねてるぞ」 「あ、ありがとう。兄さん」 「今日も可愛いぞ」 「兄さん……」  ヒロくんは手櫛で、男の子の柔らかい栗色の髪を整えてあげていた。  きゃ! 可憐な笑顔だわ。    なるほど、あの子が5歳下の弟の瑞樹くんね。  愛らしい上品な顔立ちの男の子で、ヒロくんが溺愛しているのが一目で分かった。きっと、あのカップケーキを届けたかった子ね。  それから小学生の男の子は、ランドセルを背負って勢いよく飛び出してくる。 「兄ちゃん、いくよー!」 「潤、今日はケンカすんなよ」 「だってぇ、アイツが悪いんだよ」 「……とにかく、まずは深呼吸しろ」 「へーい!」  ふふっ、打って変わって、やんちゃな感じ。  二人のお兄さんのヒロくんもカッコいい。  私のカッコいいは年季が入ってるのよね。  花のお世話をしながら昔を思い出していると、ヒロくんたちが店の中に入って来た。電話をしているので、耳を傾けてみた。    あ……潤くんのところに赤ちゃんが生まれたのね。軽井沢には瑞樹くんが駆けつけているのね。  ヒロくんも、会いたいだろうな。  赤ちゃんも見たいだろし、何より二人の弟に会いたいだろうな。    そんなことを思っていたら、流石お母さん。  ヒロくんに東京行きの切符を譲ろうとしている。  だけどヒロくんは躊躇している。  よし! いよいよ私の出番よ。  ヒロくん、ずっと先頭を走るのは疲れるわ。  あなたはいつも自分より周りの人のことばかり。  私、毎日、充分幸せにしてもらってる。  だから私もあなたを幸せにしてあげたいの。  たまには荷を下ろして、これはチャンスよ。  今、動けば……  ただの息子として、新しいお父さんと旅行出来るわ。  あなたの守ってきた弟たちに会えるわ。  瑞樹くんも潤くんも「お兄ちゃん」に会いたいと思っているわ。 「みっちゃん、ありがとう。俺を行かせてくれて」 「楽しんできてね」 「みっちゃん、愛してるよ!」  ストレートな言葉。  昔は言ってくれなかったのに、もう不意打ちに照れまくる! 「いってらっしゃい!」 ****  瑞樹は目を細め、静かに空を見上げていた。    会いたいという声が聞こえてくるようだ。 「どうした? 天国の両親に報告か」 「あ……えっと、今のは……」  お? 少し恥ずかしそうな顔になった。    俺はこんな表情を浮かべる時、瑞樹が何を考えているかよくっている。 「函館の広樹に、報告をしていたのか」 「あ……はい。宗吾さんにはお見通しですね。広樹兄さんに暫く会ってないので……つい……ちょっと恋しくなりました」  素直に今の気持ちを伝えてくれる。 「じゃあ明日は函館に行くか」 「いえ……急に行ったら兄さんの仕事の邪魔をしてしまうので……事前に予定を組んでから帰省しようかと」 「……そうか、アイツはサプライズも喜ぶと思うけどな」 「はい、あの、夜になったら電話してみますね」 「あぁ、そうしたらいい」 「はい!」  広樹もかなりのブラコンだが、瑞樹も同じだ。  俺は心の底から、そんな関係が微笑ましいと思ってる。  瑞樹、君は人としての可愛さを持っている。  人から愛される人って、素敵なことだ。  俺の恋人はそういう人なのさ! 「瑞樹……今日も愛してる」 「あの……照れますね」 「俺は、愛を惜しまないよ」  伝えたいことは、伝えたい。  出し惜しみはしない。  俺の持っている全てを惜しみなく伝えるよ。  それが俺の愛の流儀さ!  すると瑞樹も囁いてくれる。   「宗吾さん、僕も愛しています」 「お、おう……サンキュ」 「あの……もしかして照れましたか」 「あぁ、照れた!」 「くすっ、宗吾さんでもそんな顔をするんですね」 「不意打ちだったからさ」

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