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ムーンライト・セレナーデ 2 (月影寺の夏休み編)

「ん? 瑞樹……どこだ?」  ふと目覚めベッドの中で手を伸ばすが、人の気配はなかった。  ほっそりとした瑞樹の腰を抱きしめ、吸い付くように滑らかな彼の素肌に触れようと思ったのに、一体どこへ?  目覚めるまでの記憶を必死に手繰り寄せる。  芽生が寝た後、照明を落とした部屋で瑞樹と赤ワインを飲んだ。  四日ぶりの我が家、しかも明日は土曜日で、そのままお盆休みに突入する。  今宵は最大のチャンスだ。  週末には君を抱く。  週末にはあなたに抱かれる。  そんな暗黙の了解が、俺たちの中では出来ていた。だからソファで肩を抱き寄せると、瑞樹も目を潤ませて俺を見つめてくれた。  そこから流星のようなキス、啄むようなキスの嵐。  唾液が零れてしまう程、キスに溺れた。  甘く蕩けそうな表情の君を押し倒そうとすると、少し嫌がったので焦った。 …… 「どうした? 久しぶり過ぎて俺が嫌いになっちまったのか」 「まさか! 違うんです。僕……今日はずっと屋外作業だったのでかなり汗を……だからシャワーを浴びてからでもいいですか」 「あぁ、いいよ」 「ありがとうございます。すぐ戻ってきますね」 「OK!」 ……    ヤバい、ヤバいぞ……  そこからの記憶が白紙だ!  布団の中を覗くと、俺の息子は朝からピンピンしていた。  げ、元気そうだな。  ということは瑞樹を待っているうちに、まさかこの俺が寝落ちまったのか。うぉー! 瑞樹を抱かずして寝るなんて、ありえん!  しかも……もう朝なのか。 「何時だ?」  時計を見て、また驚いた。  もう10時かよ!  参ったな。寝落ちた上に朝寝坊まで?    そんだけ疲れが溜まっていたのか。  薔薇フェスタの手伝いに入った後、上司に気に入られ、全国で開催される大小のイベントの『てこ入れ応援スタッフ』として出張命令の嵐だった。3-4日おきに北から南まで飛び回って、流石に体力には自信がある俺も、息が絶え絶えだ。  広告業界の仕事は楽しい!   イベントに栄養を注ぐ役目はうってつけだ。  だが瑞樹不足が甚だしかった。  だからこそ、昨日こそはと意気込んでいたのに、なんてことをしちまったんだ。  瑞樹ごめんな。  君に寂しい思いをさせちまったな。  君の消沈が手に取るように分かる。  俺もしょんぼりだ。  せめてお盆休みは旅行に連れて行きたかったが、瑞樹と芽生が俺の体調を重んじて遠慮すると……うーん、やっぱりいつも留守番ばかりさせている二人と思い出を作りたいよ。  この夏の思い出は、この夏だけのものだ。  一度作った思い出は、永遠に思い出となって残ってくれるだろう。  3年生の芽生の夏休みを父親として盛り上げてやりたい。  瑞樹とも思い出も作りたい。  よし! やっぱり旅行に行こう!  裸のまま飛び起きてパソコンで旅行サイトを検索したが、お盆休みの宿はどこも満室、飛行機のチケットも新幹線も売り切れだ。  ならば……近場でもいいから、どこかへ。  そうだ! こんな時は俺と同じく企画好きの流に連絡を取ってみよう。  去年は一緒にキャンプに行って楽しかったな。  今年は潤家族に赤ん坊がいるので、海もキャンプも無理だと企画しなかったが、流なら何か良いアイデアがあるかも。 「なるほど、宗吾の事情は分かった。お盆休中に泊まれる気の利いた宿か。ふむ……そんなの簡単だ! 知っているぞ」 「本当か? どこだ?」 「ここだ。月影寺の宿坊はどうだ? お盆休み中は元々予約を受け入れていないので、部屋なら空いているぞ」 「おぉ! いいのか」 「大歓迎だよ。来いよ! 一緒に羽目を外そうぜ」 「いや、羽目を外したら翠さんに大目玉を食らいそうだが」 「はははっ、だな! まぁここなら日本の夏休みを満喫できるぞ。田舎に帰省するつもりで気軽に来いよ」  有り難い申し出だった。 「行くよ、世話になる!」  そこに瑞樹が入って来て、みるみる顔を赤く染めた。 「おはよう、瑞樹!」 「宗吾さん~ な、何か羽織って下さいよ」  瑞樹は耳朶まで赤くして、明後日の方向を向いてしまった。  ん? 初心な反応だな。  顔を見ただけで、照れるなんて。  いや? そうか! 俺、真っ裸だ!  俺は動じず、瑞樹を背後から抱きしめて囁いた。 「昨日はごめんな」 「いいんです。お疲れだったのに……僕こそすみません」 「謝るなよ。君が欲しくて飢えていたのは俺だ」 「僕の方こそ……」  振り向かせ俺の胸元に小さな頭を抱え込むと、甘えた顔をしてくれた。  そこに芽生の声がする。 「お兄ちゃん、宿題おわったよー」 「あ、うん! 今、行くよ」  慌てて部屋から出て行こうとする瑞樹の手首を、掴まえた。 「瑞樹、お盆休みは旅行に行こう」 「え?」 「月影寺に遊びに行くんだよ」    そう伝えると、瑞樹はキョトンと目を見開いた。 「あの……僕もそれを伝えに来たんです。洋くんに電話して遊びに行かせてもらう約束をしたばかりです」 「へぇ? 俺も今、流としたばかりだよ。俺たちやっぱり考えること一緒だな」 「はい!」  その後パジャマを着て子供部屋にいる芽生に伝えると、飛び上がって喜んでくれた。  芽生の弾ける笑顔に、俺たちの笑顔も跳ねていく。 「そうだ! いっくんたちは? いっくんたちもいっしょ?」 「え? あ、そうだね。キャンプや海は無理だと今年は断念したけど、月影寺なら一緒に行けるかもしれないね」 「わぁ、お兄ちゃん、聞いてみて。いっくんもきっと喜ぶよ」  確かに、赤ん坊が小さいうちは外出もままならないから、いっくんは保育園に預けっぱなしだと聞いている。  いっくんの4歳の夏休みも一緒に盛り上げてやりたい。  可愛い甥っ子の天使のような笑顔を思い浮かべると、ぜひとも実現させたいと奮い立った。 「俺から月影寺に連絡するから、君は潤にすぐに連絡を取ってくれ」 「はい!」  とんとん拍子に話は進み、去年のキャンプメンバーで、月影寺にお盆休みに滞在することになった。   さぁ、俺たちも夏休みを満喫しよう!  自分から動いたことは、きっとよい思い出になるぞ。 **** 月影寺にて―― 「ふぅ、暑いな」  読経を終えると、汗だくになっていた。  本堂の天井は高く冷房の効きが悪いので、袈裟の中では汗が滝のように流れ落ちている。  そんな僕の額の汗を、そっと小森くんが拭ってくれる。  彼は僕の愛弟子だ。 「ご住職さまぁ、冷茶でございます」 「小森くんありがとう」 「あのあの、お饅頭もお持ちしますか」 「いや、それは後で君のおやつにするといい」 「わぁ、では扇ぎますね」  小森くんが僕の横にちょこんと座り、パタパタと団扇で扇いでくれる。 「うん、いいね。涼しいよ」 「ご住職さまに涼よ、届けーですよ」  そこにドタバタと作務衣姿の流が飛び込んでくる。 「流、どうしたの?」   子供みたいにワクワクした顔をして、これは何か良いことでもあったようだ。 「翠、あのさ、お盆休みに宗吾一家を寺の宿坊に泊めてもいいか」 「お盆休みに? もちろんいいよ。僕たちは日中は檀家さん巡りで忙しいが、月影寺は逆に静かだ。気兼ねなく楽しんでもらえるよ」  なんて話していると、窓の外に洋くんの姿が見えた。  猫を抱っこして、こちらを緊張した面持ちで見上げている。 「流、洋くんも用事のようだよ」 「おぅ! 洋、どうした? 話してみろ」  流が窓を豪快に開けると、洋くんは躊躇いがちに口を開いた。 「あ、あの……お盆休みに俺の友人を宿坊に泊めてもいいですか。勝手に約束して……すみません」  なんと、流と同じことを言うんだね。  洋くんの友人は、瑞樹くんのことだろう。 「瑞樹くんたちなら大歓迎だよ」 「あ……どうして分かって?」 「彼は大事な心友だろう?」 「あ……流石翠兄さんだ。そうです、瑞樹くんは俺の心友です」  洋くんの笑顔。    僕と流が守ってあげたい笑顔を、今日も見られて幸せだ。  また読経を続けていると、今度は洋くんと流が一緒に走ってきた。 「二人とも、今度はどうしたの?」 「翠、赤ん坊もやってくるぞ!」 「翠さん、赤ん坊って、どうやって抱くんですか」  話を聞けば、軽井沢の潤くん一家も一緒にやってくるそうだ。  去年のキャンプで会った瑞樹くんの弟家族、潤くんは二児の父になったと聞いていた。 「赤ちゃんって、何ヶ月?」 「まだ生後3ヶ月だそうだ」 「じゃあ、これくらいかな? 首は座っているのかな?」  僕は息子の記憶を手繰り寄せ、手で赤ちゃんの大きさをジェスチャーしてみた。すると流と洋くんもそれを真似して、赤ちゃんを抱っこする練習を始めた。  それを後から見た小森くんは「わぁ、わぁ、お餅を担ぐ練習ですか。でも、この季節にお供えのお餅ですか。あ……僕はあんこがいいです」とちぐはぐな夢を見ていた。  毎年、お盆は仕事に追われるだけだったが、今年の夏は賑やかになりそうだ。  とても楽しみだ。     

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