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ムーンライト・セレナーデ 5 (月影寺の夏休み編)

「せんせい、いっくん、あした、おやちゅみしてもいいでしゅか」 「もちろんよ。旅行に行くと、お父さんから連絡をいただいているわ」 「よかったぁ」 「どこに行くの?」 「えっとね、おてら!」 「お寺? そうなのね、うーんと楽しんできてね」  せんせいとおしゃべりしていたら、おともだちがはなしかけてくれたよ。 「いつきー おてらにいくなら、きもだめしをしてこいよ」 「きもだめしってなぁに?」 「えっ! したことないのか?」 「うん、ないよ」 「オレはなんどもしたぜ! こわいばしょをたんけんするんだよ。いつきもおとこならしたほうがいい。おてらにはおばけがいるからちょうどいいし」 「おばけ? いるかなぁ」 「ぜったいいる」 「しょうなんだ。すいしゃんにきいてみなくちゃ」  きもだめしかぁ、おとこのこならぜったいするんだって。  いっくん、おとこのこだもん、おにいちゃんだもん。  きもだめし、しなくっちゃ!    おてらについたら、すいしゃんにおねがいしようっと。  あー わくわくするよぅ。  パパとママとまきくんといっくんで、はじめてのりょこうだもん! 「いっくん、明日は車を借りられたからドライブするぞ」 「わぁ、みんないっしょ?」 「あぁ、みんな一緒だ」 「よかったぁ」  くるまなら、まきくんがえーんえーんないても、あんしんでしゅね。    まえね、バスのなかで、まきくんがえーんえーんないちゃって、ママ、たいへんそうだったの。いっぱいあせかいてたよ。  いっくんもあんなふうにないたのかな?  おぼえてないけど、ママはいつもぎゅってしてくれたよ。  だからこわくなかったよ。 ****  明日、瑞樹くんたちが月影寺に泊まりがけで遊びに来てくれる。  そのせいか、朝からそわそわして落ち着かないな。  ずっと孤独だった俺が心友を誘って宿泊会を催すなんて、柄でもないことをしている自覚はある。俺の過去は複雑過ぎだ。同級生と和気藹々過ごすような穏やかな日々ではなかったから、この年齢になっても勝手が分からず、妙な緊張感を抱いてしまう。  でもやってくる友の顔を思い浮かべると、心が凪いでいく。  瑞樹くんは心優しいし青年だし、芽生くんは明るくハキハキして可愛い子供だ。宗吾さんは少し変だが面白く、流兄さんと気が合うので、二人揃うとダイナミックになる。  瑞樹くんの弟夫婦とも再会出来るのが楽しみだ。もっともっと幸せになって欲しい家族だから。  5月に生まれたばかりの赤ちゃんのことを考えた途端、駄目だ、また緊張してしまった。  不安で部屋をうろうろしていると、丈が仕事から帰ってきてくれた。 「洋、ただいま」 「丈、お帰り、遅かったな」 「あぁ、寄る所があってな」  丈は大きな紙袋を下げていた。 「それ、すごい荷物だな。一体何を買ってきた?」 「……その、小さな子供が泊まりに来るというから」 「見せてくれ」  袋の中には絆創膏に軟膏、包帯、子供用の酔い止め、風邪薬、解熱剤、冷却シート、氷枕、何が起きてもいち早く応急処置できるように、薬類が一式詰まっていた。 「小児科の同僚にアドバイスしてもらったんだ。まさか処方箋を出してもらうわけにはいかないから、同類の市販薬を一通り用意してみた」 「丈……」 「ん? どうした? 気に食わないか」 「……何でもない」  慌てて俺の買って来たものを隠そうとすると、あっという間に見つかってしまった。 「もしかして、洋も買ってくれたのか」 「ま、まさか丈も買ってくるとは思わなかったからだ」 「ふっ、私たちは思考回路が似ているから、同じ行動を取るようだ。私達には慣れないことだが、時にはこんな風に小さな赤ん坊や子供と接するのも悪くないな」 「俺もそう思う。俺たちにとって良い刺激だ」 「私達の愛は変わらないが、子供は成長していく。いっくんも芽生くんも去年のキャンプの時よりも、ずっとお兄さんになっているんだろうな」 「あぁ、とても楽しみだ」  静かに唇を寄せ合った。  お帰りのキスを、お疲れ様のキスをしよう。  何度も啄み合って、抱き合って、ダンスを踊るように身体を揺らした。 「洋、毎日幸せだ」 「俺も同じだ」  二人で山ほどの薬に囲まれて、幸せな気持ちになった。 「薬は……余ったら、翠兄さんにあげればいいさ」 「お子様用だぞ?」 「絆創膏や包帯は関係ない。翠兄さんは不器用だから心配だ」 「確かに」  自分のことは棚に上げて、丈と微笑みあった。  丈が帰って来てくれたら、明日が楽しみになってきた。  月影寺がどんな色に染まっていくのか、楽しみだ。 ****  芽生くんの意図せず鋭い発言に宗吾さんが悲鳴を上げそうになっているのを見て、思わず苦笑してしまった。  宗吾さんってば、顔に出すぎだ。  僕の方がポーカーフェイスは上手かも。  なんて上機嫌でいると、芽生くんがやってきた。 「お兄ちゃん、行く前にシャワーあびたいよ」 「そうだね、プールのシャワーだけじゃすっきりしなかったよね」 「それもあるけど、今日は外がすごく暑かったからいっぱい汗をかいちゃったんだ、ボク、汗くさいよー」 「確かにそれは気持ち悪いよね。じゃあ入ってから行こう」  脱衣場に連れて行きバスタオルを用意していると、芽生くんが僕のTシャツの裾を引っ張ってきた。 「ん? 今度はどうしたの」  何か言いにくそうにモジモジしている。どうしたんだろう? 「どうしたの?」 「えっとね……」 「何でも話していいんだよ」 「あ、じゃあ……あのね……お兄ちゃんも一緒に入ったほうがいいかも」 「えぇ?」 「だって、ボク、お兄ちゃんはやっぱりお花の匂いのほうがいいんだもん!」  まずい……宗吾さんのこと笑っていられない。  僕も悲鳴を上げそうだ。 「ええ? 僕、もしかして……パパの匂いがする? いやいやいや、気のせいだよ。うん、気のせい!」  一人で真っ赤になっていると、芽生くんがキョトンとしていた。 「パパのにおい? なにいっているの? そうじゃなくて、お兄ちゃんもちょっとだけ……あせくさいかなって」 「汗! あぁ……汗ね、そうなんだ。さっき……ちょっとお掃除がんばりすぎちゃって」 「そうだったんだね。一緒にはいろう!」 「うん、そうしよう」  ドアの向こうで宗吾さんが苦笑している気がした。  運動というべきだったのか、いや、お掃除でも間違いではないよな。  お互い溜まったものを……  あぁぁ、また僕は~  宗吾さんの影響受けすぎだ!  気を引き締めてぼろを出さないようにしないと。 「瑞樹、芽生、二人とも石けんの匂いで良い香りだ。さぁ行くぞ」    

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