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ムーンライト・セレナーデ 8 (月影寺の夏休み編)
「やぁ、宗吾」
「久しぶりだな! 丈、診療所の方はどうだ?」
「その節はありがとう。いろいろアドバイスしてもらえて助かったよ」
「なぁに俺で役立つことがあれば、いつでも」
「頼もしいな」
「友人だからな」
「友人か……私にはあまりいないので新鮮だ」
俺と丈はいつの間にか、とてもフランクな間柄になっていた。
俺と丈はそのまま、寺の中庭に設置された巨大プールで、水をかけあうお互いの恋人を見守ることにした。
「やったな!」
「ははっ、瑞樹くんこそ!」
「それっ」
幸せに臆病でずっと控えめに生きてきた瑞樹の、無邪気な笑顔にときめいた。それは丈も同じなのだろう。ミステリアスな面もある洋くんの素顔は、実は裏表のない真っ直ぐな青年のようだ。
彼が……本来歩むべき道を理不尽にねじ曲げられ、苦しみ藻掻いて生きて来たのを知っている。おそらく瑞樹と洋くんが意気投合する部分は、そこなのだろう。
一見彼らは真逆のような性格に見えるが、根っこが同じだと仲良くなれるのだと実証してくれている。
俺と丈も同じだ。出来のいい兄にコンプレックスを抱くことがきっと丈にもあったのでは? 根っこの一部が一緒なのかもな。
「二人とも水も滴るいい男だ」
「中断させるの勿体ないな」
「同感だ」
「だが、流石にエスカレートしてきたな。あんなにびしょ濡れになって、どうする?」
丈ならどう出るか。
やめさせるか、それとも――
「宗吾、私達も加勢しよう!」
「そう来るか!」
「夏休みだからな」
「そう来なくっちゃ!」
俺たちは靴を脱ぎ捨て、プールに飛び込もうとした!
その時、流のかけ声が響いた。
「さぁ、今からそうめんを流すぞ! エンジェルズ、箸は持ったか。準備はいいか」
「あーい!」
「いいよ!」
丈と顔を見合わせてニヤリと笑った。
「俺たちも腹ごしらえしてから遊ぼうぜ」
「そうだな」
遊ぼうだなんて、俺、いくつだよ?
だけど、最高にノッてきた!
「箸をくれ! 箸を」
丈と二人で、キラキラお目々のエンジェルズの後ろにぴったり並ぶと、瑞樹と洋が気付いて、顔を見合わせて笑っていた。
「食いしん坊だと思われているかもな」
「それは周知の事実だ。恋人には目がないしな」
「丈も言うな」
「ここは月影寺だ。そして今は夏休みだ。無礼講でいこう」
続いて翠さんの丁寧な挨拶が入り、皆の目がますます輝き出した。
「皆さん、月影寺の流しそうめん大会へようこそ。流しそうめんとは日本の夏の風物詩として昔から慕われてきた日本独特の文化です。大人から子供まで誰でも参加でき楽しめるので、お泊まり会の最初のイベントとして準備しました。さぁ竹で作った水路を流れるそうめんを心ゆくまでご堪能下さい。楽しい夏の思い出となりますように」
おぉ! 流石、寺の現役ご住職。
広告代理店の企画マン顔負けの挨拶だな。
****
まだでちゅか。
もうしゅぐでしゅか。
いっくん、さっきからずっと、ずーっとね、せのびしているんだよ。
まだね、おはしはじょうずにもてないから、ドキドキするよぅ。
このおみずにしろいおそうめんさんがながれてくるんだって。
そんなふしぎなことあるのかな?
あー ワクワクするよぅ!
「あ! いっくん、流れてきたよ」
「わぁ、おそうめんさんだー どうやってとるの?」
「えっとね、こうだよ。あれあれ?」
めーくんのおはしのあいだを、おそうめんさんにげちゃった。
「わぁ、いっくん、おいかけてつかまえる?」
「ううん、にがすよ。つぎにしよう」
「あい!」
たのしいね、たのしいよ。
でも、ちょっとむずかしいな。
「取れた!」
めーくんがじょうずにおはしですくったよ。
「いっくん、とってあげようか」
「ううん、いっくん、じぶんでやってみる」
いっくん、がんばってせのびしていたら、りゅーくんが飛んで来てくれたよ。
「ほら、この台に乗るといい。ちょっと、お父さん、支えてあげてくれるかな」
「はい!」
「パパぁ、パパぁ、ささえていてね」
「いっくん、がんばれ!」
りゅーくんが、そっとながしてくれたまっしろなおそうめん。
いっくんのおはしでつかまえた!
「とれた! つかまえたよ!」
「いっくん、すごいぞ」
おわんにもいれられたよ。
「いっくん、おりてたべるか」
「あのね、これ、パパのぶんだよ」
「え? オレに取ってくれたのか」
「つぎはいっくんのぶんをとるね」
「いっくん……君はどうしてそんなに優しいんだ?」
「どうちたの? いっちょにたべようよ。そのほうがおいちいもん」
いっくんのパパぁ、だいすきだよ!
****
いっくんと潤くんの心温まる会話に、じーんとした。
まだたった4歳の坊やが、こんなにも父親を大切に思うなんて。
「潤くんは、いっくんにとって、待ち焦がれた大切なパパなんだね」
「健気で、泣けるぜ」
流も深く同意してくれた。
「流、ここに集う人は、皆、自分だけでなく相手を大切に思う気持ちをしっかり持っているようだね。素敵過ぎないか」
「あぁ、それは俺と翠にも言えるだろう」
「よし、流の分は僕が取ってあげるよ。いっくんの真心に触れたら真似をしたくなったよ」
「やったぜ! ならばスぺシャルなものを流すから、しっかり受け取れよ」
「?」
箸を持って待っていると、流れてきたのはハート型の蒲鉾!
これは争奪戦になるかも!
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