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ムーンライト・セレナーデ 7 (月影寺の夏休み編)

「いっくん、行こう!」 「めーくん、まってぇ」  二人が手を繋いで走りだそうとしたので、慌てて声をかけた。 「芽生くんもいっくんも、階段は一段一段丁寧に上がるんだよ」 「うん!」 「あい!」  そう、一歩一歩、慎重に歩めば大丈夫。転ばないで上手に上れるよ。  めーくんといっくんが向日葵のように明るい笑顔で歩き出すのを、僕を含めた大人たちは後ろから微笑ましく見守った。  いつの間にか僕たちは、子供の成長を見守る方になったんだね。  横に立つ潤を見上げると、以前より増して父親らしい顔付きになっていた。  槙くんが生まれた影響もあるのだろう。  いい顔つきだ。  逞しく成長した弟のことが、誇らしく、嬉しかった。  階段の上には夏空が広がっていた。  真っ青な空に浮かぶ白い雲。  雲の上の夏樹、お兄ちゃんを見ている?  子供の成長ってすごいね。  夏樹もきっと雲の上で大きくなったんだろうね。    もう5歳の夏樹じゃなくて、大人になっている。  いつか見た夢は、きっと本当のことだ。  恋をして愛を知り、雲の上で生きている。  そうお兄ちゃんは思っているよ。  山門を潜ると、作務衣姿の流さんと袈裟を着た翠さんが出迎えてくれた。 「よく来たな!」 「いらっしゃい月影寺へ」 「わぁ、すいしゃんとりゅーくんだ」 「すいさん、りゅうさん、こんにちは」  二人もエンジェルズに大人気だ。いっくんは翠さんにぴたっとくっつき、芽生くんは流さんに軽々と抱き上げられた。 「おー! 良く来たな。楽しいことを一杯しような!」 「なにをするの?」 「まずは流しそうめんからスタートだ」  流しそうめん!  そんなイベントめいたことまで用意してくれていたのか。  そう思うと、僕もワクワクしてきた。 「赤ちゃんもいることだし、まずは一服どうぞ、宿泊してもらうお部屋にご案内します」  まずは荷物を置きに、宿坊へと案内された。  翠さんと流さんもは、ちらちらと槙くんを見つめていた。 「翠、赤ん坊って、あんなに小さかったっけ?」 「そうだよ。覚えていないのかい?」 「いや、覚えているが……どうにも久しぶり過ぎて」 「さぁここが、潤くんたちご家族のお部屋ですよ。瑞樹くんたちとは隣同士です」  部屋には、可愛らしいベビーベッドが用意されていた。 「え! ベッドまで?」 「俺が作っておいた」 「えぇ!」  驚いた。とても手作りとは思えない出来映えだった。 「助かります。ありがとうございます」  菫さんが丁寧にお礼を言うと、翠さんがたおやかに微笑んで…… 「菫さんは育児でお疲れでしょう。母胎もしっかり休めなくてはなりませんよ。ここでは心ゆくまでのんびりとお過ごし下さい。男手なら充分足りていますので」 「ありがとうございます。あのご住職様、槙を抱っこして下さいますか」 「え、宜しいのですか」 「もちろんです、月影寺のご加護がありますように」 「では」  翠さんがそっと槙くんを抱っこした。  手慣れた手つき……流石、薙くんを育てただけあるな。  慈悲深い翠さんには後光が差しているようで、槙くんを抱く姿は厳かな仏様のような雰囲気で、皆その様子にうっとりした。 「よしよし、葉山 槙くん、月影寺へようこそ。健やかに和やかに育つんだよ」 「俺も抱っこしてもいいかな?」 「もちろんです。副住職さま」  続いて流さんも抱っこする。  こちらは躊躇いもせずにサッと。 「おー、槙坊、宜しくな。俺を抜かす程、大きく逞しくなれよ」 「あぶぅ!」  タイミングよい槙くんの声に、笑顔が零れた。  槙くんも翠さんと流さんの顔をじっと見つめてニコッと笑ってくれた。  あぁ、赤ちゃんの笑顔って、本当に可愛らしい。  いつまでも、いつまでも、見ていたいよ。  あれ? そういえば、洋くんはどこだろう?  辺りをキョロキョロ見渡すと、遠くから悲鳴が聞こえた。 「わぁー!」  同時に、ガランゴロンと何かが転がる音と、水音がした。  流さんの顔色がサッと真剣味を帯びる。 「まずいな、洋を庫裡に置いたままだった」 「流さん、僕が行きます」 「いや、俺も行く」  流さんと一緒に廊下を走ると、僕達よりも更に速く駆け抜ける逞しい背中が見えた。  丈さんだ! 「洋、大丈夫か」 「あぁ、丈……参ったよ。お鍋に水を入れたら重たくてよろけて、転んでしまった」  庫裡の床に洋くんが尻餅をついて、ずぶ濡れになっていた。 「気にするな。それより怪我はないか」 「怪我はないけど……恥ずかしい」 「なぁに、洋は水も滴るいい男だ。問題ない」  丈さんってカッコいい。  濡れた洋くんを抱き起こす仕草も、実にスマートで見惚れてしまった。 「あ、瑞樹くん! もう着いたんだね。格好よく出迎えようと思ったのにこの様だよ」 「そんなことない、水に濡れた洋くんは最高にカッコいいよ」    花が常に水を求めるように、洋くんの美しさにも潤いが似合う。だから本心だ。 「そうかな? じゃあ瑞樹くんも一緒に濡れてくれる?瑞樹くんも水も滴るいい男だから」 「えっと、プールがあれば喜んで」  軽く返事をすると、意外な言葉が返ってきた。 「プールならある」 「えぇ?」  僕はまた驚いた。 「なぁ丈、もう準備は出来たのか」 「あぁ、流しそうめんの会場の横に設置した」 「瑞樹くん、君に一番に見せたかったんだ。さぁ行こう」 「分かった」  洋くんが僕の手を引っ張って、庭に飛び出した。  あぁ、まるで僕も子供に戻ったみたいだ。 「瑞樹くん、走ろう!」 「うん、裸足になろうよ」 「いいな!」 「ははっ、芝が擽ったいな」 「うん、ふふっ、こそばゆいや」  こんな風に笑ってはいけない。もう笑えない人がいるんだから……  ずっと自分を戒め、中学でも高校でも友人に心を開けず、誰かと夏休みに約束することはなかった。一緒に童心に帰って遊ぶ友達もいなかった。  だからとても新鮮だ。  それは洋くんも同じなのだろう。  いつもより幼く、いつもより晴れ晴れとした笑顔の花を咲かせていた。  辿り着いたのは、月影寺の奥まった中庭。  そこには巨大プールがドカンと設置されていた。  よくあるビニールプールではなく、外国の豪邸にあるような立派な簡易設置型のプールに驚いた。  幅が6mで奥行きは4m近く、深さも十分だ。  これなら大人5-6人で入っても大丈夫そうだ。 「えぇ、これって、どういうこと? お寺の中庭に巨大プールがあるなんて」 「丈が以前買ってくれたんだ。ここなら貸し切りだから、人目を気にせず楽しめるだろうって」 「洋くん、愛されているんだね。僕までワクワクしてくるよ」 「俺もだ、あ、しまった! 水着のこと話すの忘れていた。どうしよう? 俺のを貸すよ」 「水着? それなら大丈夫だよ。諸事情があって、僕らは持参しているんだ」    諸事情については、話せないけどね。 「そうか、じゃあ潤くんたちに貸せばいいかな? 潤くんサイズは大きそうだから、流兄さんのがいいかも」  ふと好奇心が湧いた。 「洋くん、僕がもしも借りるとしたら、誰のを借りたらいいと思う?」  翠さんかな? 洋くんかな?  翠さんと洋くんだと若干、翠さんの方が逞しそうだ。  ワクワク洋くんを見つめると、洋くんはふっと笑みを漏らした。 「瑞樹くんは少年みたいにほっそりしていそうだから、薙くんのがジャストかも」 「えぇ、高校生と同じなの?」 「くくっ、若いってことだよ。いつまでも君は可憐だ。宗吾さんがベタ惚れなのも分かるよ」 「えっ、えっと」  そこで宗吾さんに振られると思ってなかったので、赤面してしまった。  出掛けにあそこを食べられてしまったことも、口に含みやすいサイズだとねっとり囁かれたことも思い出してしまった。  赤面していると、洋くんパシャッとプールの水をかけられた。 「わ! 冷たい」 「ははっ、瑞樹くん、顔が真っ赤だ! クールダウンしないとな」 「あ、やったな」  僕も負けじと洋くんに水をかけた。 「それ!」 「ははっ、やったな! それっ」 「わぁ!」  洋くんはもうずぶ濡れなので、一向に構わないようで、また僕に水を掛けてくる。  楽しく夢中になって、洋くんとはしゃいだ。  きっとこれは、僕らの夏休みが始まる合図! 「さぁ、今からそうめんを流すぞ! エンジェルズ、箸は持ったか。準備はいいか」 「あーい!」 「いいよ!」  ほら、無邪気な声も聞こえてきた。

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