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ムーンライト・セレナーデ 13 (月影寺の夏休み編)

   前置き  8月もあと少しですね。 『重なる月』『今も初恋、この先も初恋』の夏のSS(エブリスタのみ)を巻き込んで楽しく書いています。夏休みspecialなので、いろんな話がMIXになっています。なので視点が『幸せな存在』のメンバー以外にもなることをご理解ください😅 ****  午後ラストの棚経を終えると、すっかり夕暮れ時になっていた。  茜色に染まりゆく空を仰ぎ見ていると、翠が額にうっすら汗を浮かべながら戻ってきた。  本当は相当疲れているだろうに、それでも背筋をピンと伸ばして楚々とした趣で歩いてくる。  その手にはピンク色の風呂敷をしっかり抱えていた。 「流、お待たせ」 「それは?」 「たぶん、この匂いからすると、また桃かと」 「ははっ、俺の触れ込みは絶大だな」 「今日は一人一個、余裕であるね」 「丸ごとガブッとかぶりつくか」 「流が言うと、なんだか……ゾクッとするよ」 「そうか。他意はないぞ」  ちらっと翠を眺めると、汗ばんだうなじが色っぽかった。俺が焚いた香と混ざって、甘美なかおりが立ちこめていそうだ。  抱きしめて、確認したい衝動に駆られる。  そもそも、袈裟は下着を身につけてから白襦袢《しろじゅばん》と白衣《はくえ》を着て白帯で締め、最後に道服を着るという重装備なので、とにかく暑い。夏場は生地の薄い道服を着ても、汗がポタポタ落ちるほど熱が衣の中に籠もるんだよな。  ちなみに薄い生地の道服を翠が着ると、妙に艶めかしいんだよな。うっすら透ける肌に、ごっくんと喉が鳴ってしょうがない!  いかんいかん、まだお勤め中なのに。  煩悩よ~ 退散せよ! 「流、今日の夕焼けは綺麗だね」 「あぁ、ちょうど今は風も止んで、まさに夕凪の時だな」 「夕凪の時か。今頃、月影寺はどんな感じかな?」  翠が助手席に座るなり、ふっと目を細めた。 「翠が張り巡らした結界の中で、皆、思い思いの休日を過ごしているだろう」 「だといいね。それが僕の願いだ。あそこだけは、僕の大切な人たちが、人目を気にせず寛げ、楽しめる場所でありたいんだ」 「翠の願いは、皆の心にしっかり届いているさ」  月影寺に向かう坂の入り口で、休暇を取っていた小森を見つけた。もちろん隣には管野くんも一緒だ。 「お二人さん、今帰りか。由比ヶ浜の海は楽しかったか」 「あ、流さん! ご住職さま~ ただいま戻りました。とってもとっても楽しかったですよぅ」 「小森くん、あんこを沢山食べられたかい?」 「はい、あんこは正義です! 僕、いっぱい遊べました」 「いっぱい食べましたの間違いじゃねーのか」 「流ってば、大人げない。さぁお乗りなさい。お疲れでしょう」  翠の溺愛する小坊主とその恋人の管野くんを、後部座席に乗せてやった。 「ご住職さまこそ、お盆のお勤めでお疲れでしょう。あのあの、よかったら、僕があとで特別なマッサージをしてさしあげます」 「それは嬉しいね。どんなマッサージなの?」 「それは『せ・い・か・ん』マッサージです」  一気に加速しようとしたら、小森の素っ頓狂な提案に吹きそうになったぞ。 「せいかん……?」  翠が思いっきり怪訝そうな顔を浮かべた。 「ああ、違うんです。ちょっとややっこしいのですが、そうじゃなくて、ほら、あの精悍な身体、つまり逞しい身体の人向けのマッサージのようです。俺も今から月影寺の風太の部屋でやってもらう予定です」  管野の必死のフォローに、それ、まじか!  と叫びたくなった。  翠は満更でもないようで、「精悍な身体の人向けのマッサージなら、僕も習得したいな」と、頬を染めて言う始末。  俺は絶対『精悍』じゃなくて『性感』だと思うが、まぁ翠から性感マッサージを受けるのは大歓迎だ。ただ、すぐにおっ立てるとと思うから、二人きりの部屋でしような!  先走って考えて、超にやけた!  管野と小森は一旦部屋に戻ったので、まずは翠と二人でプールを設置した場所に行くと、皆、縁側で思い思いの時を過ごしていた。  いっくんは夢の中のようで、むにゃむにゃと寝言を言っている。 「ど……んぶらこ……どんぶら……こ」 「いっくん、可愛いな。夢の中で桃太郎にでもなっているのかな」 「ふふ、そうかもしれないね。今頃、鬼退治をしているのかも」  潤くんと瑞樹くん兄弟の和やかな会話にほっこりだ。  兄弟は仲良くして欲しいよ、いつまでも。  皆が俺と翠の気配に気付いて、こちらを見た。  一人一人が本当に寛いだ表情だったので、嬉しくなった。  俺たちが何度もすれ違い辛い別れを経験した苦渋の道、その果てがここだ。  苦しさも悲しみも知っているからこその、安寧の場所だ。  月影寺は今日もさやかに輝いている。 ****  いっくんね、どんぶらこ~ どんぶらこって、おおきなおわんにのっているの。  あ、あのね、きょうはももたろうじゃないよ。  さがしものがあるの。  さっきプールで、だれかたりないとおもったんだ。  それって、すいしゃんとりゅーくんだよ。  だらら、さがしているの。  ももしゃんを!  あ、ちがった。すいしゃんとりゅーくんをだ! 「いっくん、おやつの時間だぞ。そろそろ起きないか」 「むにゃむにゃ……パパぁ、まだねむいよ」 「いっくんの大好きな桃があるぞ」 「え! ホント? モモ~ どこ、どこ?」  目をあけると、すいしゃんをみつけたよ。 「わぁい! すいしゃーん、きょうもモモをもってるんでしゅね」 「え?」 「すいしゃんのおちりって、モモしゃんみたいにつるんとしてたの、いっくん、ちゃーんとおぼえているよぅ!」 「……‼」  あれれ? すいしゃんのおかお、モモみたいにまっかになっちゃった!

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