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ムーンライト・セレナーデ 15 (月影寺の夏休み編)
「宗吾、早速、取り掛かろう。手伝ってくれ!」
流の工房に、いそいそと招かれた。
流のアトリエはウッディな雰囲気で統一されており、大きなキャンバスの前には絵の具と絵筆が山積みになっていた。窓際には黒いミシンが置かれ、その横の棚には大量の布地のストックがぎっしり詰まっていた。
「これはすごいな」
「翠が戻って来てくれてから、翠の衣食住を堂々と担えるようになって、趣味が高じた結果さ」
「天晴れだ。それでこそ流だな!」
隣の部屋は土間になっており、七宝焼きの電気炉や陶芸のろくろ、しかも庭先には窯まで設置されている。
まるで大人の秘密基地の招かれたような気分だ。
「ところで宗吾の『桃尻お化け』って、どんなイメージだ?」
「紙を貸してくれるか。デッサンしてみる」
会社の企画会議みたいだな。
渡されたスケッチブックに、全身桃色の着ぐるみで尻の部分だけ穴が開いた衣装をササッと描くと、流が派手に肩を揺らした。
「くくくっ、宗吾は大物だよな。この絵を俺に見せる度胸があるんだから」
「んー やっぱ駄目か。翠さんの麗しい白桃のような桃尻が直接ちらちら見えたら、いっくん喜ぶんじゃないか」
「おいおい、生尻に喜ぶのは、いっくんじゃなくて俺だろ? しかしいくら月影寺内とは言っても神聖な翠の桃尻を、他人に見せるわけにはいかないな。だが、やっぱりただの桃の着ぐるみでは、お化けとしてのインパクトにかけるんだよな~」
お化けと桃尻の因果関係は分からんが、流は結局のところ、翠さんの桃尻を自慢したいようでもあった。
「流、じゃあさ、ぬいぐるみ風に、尻の部分は肌色の布で作るのはどうだ?」
「布か! それなら素肌を見せなくて済むな」
「そうそう、中にふっくら綿でも詰めてさ~」
「それいいな! ちょっと手伝え」
まるで文化祭の出し物を作っているような高揚感、そして達成感!
チョキチョキと型紙もなく、流が自由自在に布を裁断して、すごい勢いでミシンをかけていく。
「俺の裁縫の腕前すごいだろ?」
「あぁ、どこで習った?」
「東銀座のテーラー仕込みだ」
「へぇ? 偶然だな。東銀座に俺も懇意にしているテーラーがあるんだ」
「そうなのか! あ、出来たぞ。この桃尻に触れてくれ」
「おー! ぷるんぷるんだな、何をいれた?」
「シリコンパッドさ」
「凝ってるな~」
しかも盛り上がった尻部分はビロード生地で出来ており、ふっくらすべすべだ。
「リアルだなぁ~ だが桃尻お化けだけじゃ物足りないからもっと作ろう。それからお化け役と参加者でチーム分けもしないとな」
「参加者は、エンジェルズと同レベルの反応をしてくれるカップルがいいんじゃないか」
「それなら瑞樹の友人の管野とあんこくんはどうだ?」
「あんこ? あぁ小森たちのことか。なら、あとはあんこお化けでも作ってやるか。アイツよだれ垂らして喜ぶぞ」
「流、みたらし団子も追加でどうだ? 薙くんが着たら似合いそうだ」
「流石、宗吾は人の采配が上手い!」
またスケッチブックに着ぐるみのデザインを描いてやると、すぐに流が生地を裁断した。それにしても、みたらし団子色や桃色の生地のストックがあるなんて凄いな。
「宗吾の愛しの瑞樹ちゃんには、何を着せたい?」
「そうだな〜 瑞樹はお月見うさぎにしよう!」
「あー彼、うさぎっぽいもんな。そこは外せないよな」
「あぁ可愛くてな」
「分かる。俺たちお互いに恋人を溺愛しているよな」
「それはもう言葉では言い表せない程、彼が好きだ」
こんな風に瑞樹との関係を、瑞樹への愛を、開けっぴろげに言える相手は限られている。
月影寺は、本当に居心地が良い空間だ。
「宗吾、もっと惚気ろよ」
「流こそ、もっと聞かせてくれよ、翠さんとの愛の軌跡を」
「俺たちの愛は、話せばかなり長くなる。とにかく今の俺たちはとても上手くいっている。だからそれだけで幸せだ」
「そうか、俺と瑞樹もそうだ。年月はお前たちよりずっと浅いが、瑞樹が10歳から背負ってきた心の傷や、出逢ってから巻き込まれた事件……二人で乗り越えてきたものがある。だから……今こうやって平穏でいられるのが、やっぱり幸せだ」
流と心の中でガシッとタッグを組んだ。
きっと流と翠さんにも俺たちには言えない深い傷があるのだろう。それを乗り越えてきたからこその、揺るぎない愛を貫いている。
****
「いっくん、きもだめし、がんばる。パパぁ~ はちまきさんまいてぇ」
「いっくんは気合い入ってるな。しかしハチマキなんて、どこにあったんだ?」
「おにわにおちてたよ」
「落とし物か」
潤といっくんの会話を聞いて、ほっこりした。
同時にいっくんが渡した真っ赤な紐に、ドキドキした。
いっくんの持っている紐って、ハチマキにしては長い紐だな。
一体何の紐だろう。
あれって……まさか翠さんと流さんが使うのかな?
って、僕の脳内どうなっているんだ?
最近思考回路がすぐにそっちに向かうのは、絶対宗吾さんのせいだ。
そこに流さんがやってきて、いっくんが持っていた紐を取り上げた。やっぱりやましい物なのかな? 思い切って聞いてみよう!
「あぶねー これ落としてたか」
「流さん、これって何ですか」
「これ? あぁ、そうだな、強いて言えば俺の憧れだ」
「はぁ? 憧れ?」
「ははは、さぁエンジェルズよ、準備が出来たぞ。肝試し大会の始まりだ」
「わーい! いっくん、ボクと手をつないでまわろう」
「あい!」
懐中電灯を持った芽生くんといっくんが、手をギュッと握って立っている。
「いいか、お寺の庭はお墓もあるし怖いから気をつけろ。それから暗いから足元に気をつけて歩くんだぞ」
流さんの説明に、二人はコクコクと頷く。
「うん」
「いっくん、ドキドキするね」
「めーくん、だいじょうぶ? いっくんがいるよ」
「あれれ? くすっ いっくんがお兄ちゃんみたいだね」
「いっくん、めーくんのおとうとで、まきくんのおにいちゃんだもん」
「そっか~ 」
芽生くんといっくんの会話は、いつだって平和でほのぼのするよ。
「いいかい。芽生くん、いっくんの手を離さないでね。二人は絶対に離れちゃ駄目だよ」
僕は芽生くんの手を重ね合わせ、祈った。
「うん! ボク、お兄ちゃんだもん、いっくんを守るよ」
「じゃあ芽生くんのことは、僕が守るよ」
「えへへ、お兄ちゃんありがとう」
宗吾さんに、僕もお化け役をやるように言われたが、今回はエンジェルズのサポート役にまわりたいと丁重に辞退して、お化け役は宗吾さんに任せた。
「準備はいいか。エンジェルズよ」
流さんが芽生くんといっくんの頭を優しく撫でて、目を細めた。
こんな時しみじみと流さんも、翠さん並に情が深い人だと思う。そしてその深い情は、翠さんから注がれたものだと、僕は知っている。
「月影寺は月光のように皆が静かに誰かを見守っているのさ。ここには情が深い人ばかりが集まっている。だから俺は、ここが好きだ。瑞樹くんも気に入ってくれたか」
洋くんに話しかけられ、僕は深く頷いた。
僕にも届いているよ。
静かな月光を、全身で浴びている。
洋くんが、この場に僕を立たせてくれたんだよ。
だから礼を言いたい。
「心からありがとう、洋くん」
僕の方から、洋くんの肩に手を回した。
洋くんは少し驚いた後、ふっと妖艶な笑みを漏らした。
「なるほど、俺も瑞樹くんの愛情の虜になりそうだ」
「え? そんな言い方、照れるよ」
「瑞樹くんって愛されキャラだよ。ここにいる人たちは皆、君に好感を持っているよ」
「それは洋くんにもだよ。二人のお兄さんが洋くんを見る目、本当に慈しみ深くて……洋くんと僕には……失った人や物が多いが、こうやってまた家族に愛してもらえて良かった」
「家族か……良い響きだな」
僕と洋くんも、心の中でタッグを組んだ。
「ボクたち、いってきまーす」
「パパぁ、いっくん、がんばるよね」
「おう、二人ともがんばれ」
エンジェルズが、肝試しに出発する。
僕は子供たちが道を逸れないよう、怪我をしないよう、そっと後ろからサポートする。
さぁ、一体どんなお化けが登場するのかな。
思ったより暗くて……少し緊張する。
「兄さん、待ってくれ!」
「潤?」
「オレもついていくよ」
「え?」
「兄さんひとりじゃ怖いだろう」
「怖くなんて……」
「いいから、行こう!」
潤がサッと手を繋いでくれた。
兄と弟として、僕達は手を繋いでいた。
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