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ムーンライト・セレナーデ 18 (月影寺の夏休み編)
いっくんと芽生くんに気付かれないように、僕は潤と肝試しの経過を見守った。
街灯ひとつない寺の庭は暗黒の世界で、唯一墓地の入り口に橙色の提灯が吊り下がっていた。
もしかして……あれは翠さんが張り巡らせた結界の一つなのだろうか。
「いっくん、あっちいくー! あっち、あかるいよ」
するとその提灯を見つけたいっくんが芽生くんの手を振りほどいて走り出そうとしたので、僕は声をあげそうになった。
駄目だ、そっちは危ない!
直感でそう思った瞬間、僕も走り出そうとした。
ところが潤と手を繋いでいたので、動けなかった。
「潤、離してくれ。いっくんが危ない!」
「兄さん、大丈夫だ、落ち着いて」
「え?」
「よく見てくれ。芽生坊はしっかりしているな。いっくんの手をちゃんと握りしめて離さなかった」
「……離さなかった?」
「あぁ離さなかった」
「そうなんだ……ふぅ、良かった」
あの日、夏樹の手も離さなければ良かった。
あの瞬間まで僕は弟の手をしっかり握っていたのに、事故の衝撃で致し方なかったとはいえ、あれが運命の岐路だったと思うと悔しかった。そんな後悔があったからなのか、心臓がバクバクしてしまう。
「兄さん、落ち着いて、一度深呼吸してくれ」
「うん」
「芽生坊は、兄さんが育てた子だから、弟思いの優しくてしっかりしたお兄ちゃんになったな」
「潤……そんな風に言ってくれるなんて」
「オレの大切な兄さんによく似ている」
お互い照れ臭くなって、頬を染めていた。
「ええっと……なんか照れ臭いな」
「うん……でも嬉しいよ」
「お! 向こうが賑やかになって来たぞ。オレたちも行ってみよう」
茂みの中から様子を伺うと、小森くんが何故かみたらしお化けを追いかけ回していた。舐められたり囓りつかれて、薙くん扮するみたらしお化けは悲鳴をあげていた。小森くんも悲鳴をあげているが、あれは……嬉々とした声だ。
「ギャー そんなとこ触れるな! 舐めるな! 涎つけんな~」
「だって、おいしそうなんですもん。じゅるるー」
いっくんと芽生くんもいつの間にか参加して、ぐるぐる追いかけっこをしている。
「みたらしまんさーん! まってぇ」
「みたらし団子そっくりなお化けだ、すごい!」
その様子がコミカル過ぎて一瞬引っ張られそうになった悲しみや寂しさは昇華され、思わず笑ってしまった。
「くすっ」
「ははっ、兄さんはさ、笑った方が絶対可愛いぜ!」
「ふふ、だって肝試しなのにハチャメチャだから」
「だが、これで安心だな」
「うん」
****
「そろそろやってくるぞ」
「薙はちゃんとお役目を全う出来たかな?」
「お! 噂をすれば先陣の薙の帰還だ」
ピューッと僕の元に逃げ帰ってきた薙はハァハァと息を切らせていた。
流が作ったみたらし団子の着ぐるみはボロボロになって、ところどころ湿っていた。
「一体何が起きたの? ボロボロじゃないか」
「父さん~ マジ怖かった。食われるかと思ったよ」
僕に子供みたいにギュッとしがみついてくるので、つい頬が緩んでしまった。
薙、小さい時のままだ。いつもは元気一杯なのに、ちょっと怖がりなところがあるんだよね。
「なーぎ、がんばったね。よくやった。後は父さんに任せて」
「うん、もうバトンタッチする。流さんの衣装がリアル過ぎて小森くんが目の色を変えて襲ってきたんだ」
「えぇ! あぁそうか……今日はおやつが足りなかったのかも」
「本気で食われるかと思った」
「まさか」
端から見たら桃尻お化けとみたらしお化けの抱擁。
愉快でもある。
今宵は子供を招いての肝試し。
しっかり結界は張ったし、小森くんと薙もいるので、月影寺は安泰だ。
薙が僕の息子として生まれてきた意味。
小森くんが月影寺にやってきた意味。
全部意味がある。
無駄な人なんて、誰もいない。
ここに集まる人、一人ひとりが愛おしい。
「翠、出番だぞ」
「分かった」
樹くんと芽生くんが、ギュッと手をつないでやってくる。
固い結束だね。
僕は暗闇に紛れて、二人に近づいた。
「あー おばけさんだ」
「いっくん、桃のお化けだよ」
「うん! しゅごいでしゅ」
二人とも興奮した目で僕を見上げている。
怖いお化けではない、この姿には深い意味がある。
古来から桃は邪気を祓い幸運をもたらす力があると信じられている。また伝説によると鳳凰は桃の木から生まれ長寿をもたらす力があるとされている。更に日本の美の女神である観音とも関連があって、観音様は桃を手に持って描かれることが多く、美しさと気品を表している。
だから桃尻お化けはお化けではなく、幼い二人を守る存在だ。
「めーくん、おまいりしよ」
「そうだね、おねがいごとしよう」
「いっくんのかぞくがしあわせになれますように」
「ボクの家族がいつまでも幸せでいられますように」
二人は可愛く手を合わせて、僕に向かってお参りをしてくれた。
なんと可愛らしい子供たちなのか。
君たちは仏さまの大切なお子だよ。
二人の頭を撫でて立ち去ろうとしたら、可愛い小さな手が無邪気に伸びてきた。
さわさわ……?
僕のお尻をなでなで……‼
「このおちり、すいしゃんみたいでしゅよ」
「いっくん、ちょっと……それはまずいよ」
「でもぉ、すいしゃんみたいに、ぷりんぷりんのつるんつるんでしゅ」
「ひぇ」
茂みの向こうの流も呆然として、その後、苦笑していた。
邪気がないから、どうしていいのやら。
幸い生尻ではないが、お尻をいっくんに撫でられるというのは、月影寺の住職として正しいのか分からない。
肝試しの後は、皆、一人一個、贅沢に桃にかぶりついた。
僕は自分のお尻が囓られているような気がして、もぞもぞしてしまった。
「翠、白桃美味いな」
「うん、流のお陰で楽しい肝試しになったよ。ありがとう」
「だが、桃は桃でも、こっちの桃尻は……俺だけのものだ」
流の独占欲も心地良い。
「ふっ、僕にとっても良き思い出だ」
月影寺の肝試しは、きっと子供にも大人にも楽しい思い出となっただろう。
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