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ムーンライト・セレナーデ 19 (月影寺の夏休み編)

 桃尻お化けの衣装を着るのは、実はかなりの勇気がいった。 …… 「流、これはタイトすぎないか。身体の線が分かりすぎるよ」 「いーや、その位フィットしている方が、ぷりんぷりんのお尻が目立っていいんだ」 「……目立ち過ぎだ」 「なぁにそれは張りぼての尻だ。生尻にあらず」 「もうっ、流は余裕だけど、僕は不安だ」 「桃は仏教では縁起がよい果物だ。さぁ『桃仏』になって、エンジェルズにご加護を」 「『桃仏』? くすっ、物は言い様だね。よし、やってみるよ。流が心を込めて作ってくれたのだから無駄にしたくない」 「お、おう、あやしいもんじゃないから大丈夫だ」 「どうしたの? まさか下心が?」 「ナイ! ナイ!」 ……  肝試しは大成功だ。  みんな最後は大笑いで戻ってきた。  きっといっくんと芽生くんの夏休みの絵日記には、楽しい思い出が綴られるだろう。  さてと、僕もそろそろお役御免だ。  もうこんな衣装は着ることもないだろう。  着ぐるみ衣装を脱ぎ、若草色の作務衣に着替えて戻ると、皆、満ち足りた笑顔で迎えてくれた。  あぁ、この笑顔だ。    この笑顔が見たくて、流と長い年月をかけて開拓した場所、それが今の月影寺だ。  僕が縁側に座ると、すぐに洋くんがお皿を持って近づいてきた。  ガラスの器には白桃が綺麗に盛り付けられていた。  洋くんが絆創膏をしてないということは、ゴッドハンドの丈が剥いたのだろう。 「翠兄さん、お疲れ様です。桃をどうぞ」 「うん、ありがとう。洋くんも楽しんだ?」  隣に腰掛けた洋くんも、満ち足りた笑顔を浮かべている。 「えぇ、俺と丈は救護係として待機していましたよ。誰も怪我することなく終わって良かった。しいていえば薙くんが困ってましたね。くくっ、まさか小森くんの涎塗れになるとは……流さんの衣装ってどんだけリアルだったのか。子供達が楽しそうに手をつないでうろうろしているのが微笑ましかったです。俺にも……そんな時期がありました」  洋くんが顎をすっと上げて、夜空に浮かぶ月を見つめる。  月光を浴びた瞳には、優しい思い出が宿っているようだった。 「洋くんも小さい頃、もしかして……肝試しをしたのかな?」 「えぇ、幼稚園のお泊まり保育で、安志とまわったのを思い出しました。エンジェルズのようにギュッと手を繋いでいましたよ」 「幼稚園の君は、さぞかし可愛い子供だったろうね」 「翠兄さん、俺……ここにいると幼い頃の楽しかった記憶がどんどん蘇ってきます」 「それは良かった。ここはそういう場所なんだよ」  洋くんが封じた辛い過去の記憶の中から、大切な思い出だけは取り出してあげたい。   「さぁ、皆さん、今宵はお開きにしましょう。おやすみなさい」  21時をまわったので解散を促すと、エンジェルズが僕の前にトコトコやってきて、しっかり挨拶してくれた。 「すいしゃん、おやしゅみなさい」 「スイさんおやすみなさい」 「良い子たち、お休み」  ここでは怖い夢は見ないから、安心して休むといい。  子供らしい幸せな夢を沢山見ておくれ―― **** 「いっくん、肝試し、怖くなかったの?」 「ママぁ、あのね、さいしょはまっくらなの、こわかったけど、めーくんがずっとおててにぎってくれたの。おにいちゃんってかっこいいね。いっくんも、まきくんのおててはなさないよ」  おふとんの中でママとおしゃべりするの、いっくんのだいすきなじかんだよ。ちいさいときから、ずっとたのしみだった。ママがいっくんのおはなしをたくさんきいてくれるから。 「そうなのね。芽生くんがいてくれて良かったわね。それで、どんなお化けだったの?」 「あのね、みたらしだんごくんと、ももじりしゃんのおばけさんだった」 「みたらしと桃? 随分大がかりね」 「あのね、こもりんくんがみたらしだんごのおばけをペロペロして、たいじしてくれたんだよ」 「わー 退治? それはお気の毒!」  ママもたのしそう。  あ、パパだ! 「いっくん、つめてくれるか、パパも眠るから」 「パパぁ~ いっしょにねんねしたい」 「ははっ、いいぞ」  だいしゅきなパパとママにはさまれて、ねんねできるのうれしいな。 「いっくん、パパにも教えてくれよ。桃尻お化けはどんなだった?」 「いっくんとめーくん、おまいりしたんだよ。かぞくがなかよくくらせますようにって」 「そうか。いっくんはやさしいな」  パパがいっくんを、おふとんのなかでだっこしてくれる。   「んぎゃ、んぎゃ……ふぎゃー」 「あ、まきくん、起きちゃったわ」  ベビーベッドのまきくんをみたら、てあしをバタバタしているよ。ママがだっこしたら、むねにおかおをくっつけてないているよ。 「ママ、まきくん、ぽんぽんすいたのかな?」 「そうみたいね」 「菫さん、オレがおむつ替えと寝付かしをするから、授乳を頼む」 「うん」 「ママ、ゆっくりあげてね。いっくんパパとねんねするからだいじょうぶだからね」 「いっくんはやさしいね。ありがとう。そうするね」  まきくん、ままのおっぱいをおいしそうにゴクゴクしてる。  いっくんもあかちゃんのとき、あんなふうだったのかな? さいしょまきくんがママのおっぱいのむのをみたときは、いいなっておもったんだけど、いまはだいじょうぶになったよ。ママのおっぱいは、まきくんのだいじなごはんだもん。いっくんはきょうはモモもいっぱいたべて、ぽんぽんいっぱいだよ。 「そうだ、パパ~ ももじりおばけしゃんは、すいしゃんみたいにつるつるでぷりんぷりんのおちりだったよ」 「ん? いっくんまさか触れたりしてないよな?」 「ええっと、つるんつるんできもちよさそうだから、なでなでしちゃった」 「ひぇ~」 「ぷるんぷるんだったよ」 「ひぇ~ いっくん、今度は見るだけな」 「うん、そうしゅる。よるにたべたモモとってもおいしかったね。まるごとたべるのはじめて」 「オレもだよ」 「パパ、いっくんね、きもだめしがんばったよ」 「あぁ、がんばった」 「みんな……いっくんにありがとう……むにゃむにゃ」  ゆめのなかで、いっくん、すいしゃんとモモをたべていたよ。 …… 「いっくん、ももは、よくお口で味わってたべるものだよ」 「あい! モグモグ」 …… **** 「瑞樹ぃ~ ごめんな」     芽生くんを寝付かせた後、宗吾さんが平謝りしてきた。  何事かと思ったら、僕用に作ってもらったうさぎの着ぐるみを無理矢理着ようとしたらビリビリと破れて裂けてしまったそうだ。慌てて流さんに縫って貰おうとしたら肝試しが終わっていたと…… 「なるほど。宗吾さん扮するうさぎのお化けが現れないと思ったら、そういうことだったのですね」  うさぎの皮を前に、宗吾さんが必死に謝るので、可笑しくなってしまった。 「宗吾さん、そんなに謝らないで下さい。でも、これもう着られませんね」 「いや、もったいない。継ぎ接ぎしてハロウィンの衣装にしよう」 「じゃあ……それまで宗吾さんのベッドの下で保管して下さいね」 「了解、さぁ俺たちも寝よう」 「はい」  それぞれの布団に潜った後、宗吾さんに呼ばれた。 「瑞樹、こっちに来ないか」 「え……」 「少しだけ君に触れたい」  それは僕も同じだ。宗吾さんに触れたいのは自然なこと。  だから躊躇わない。 「はい」 「よし、おいで」  宗吾さんの布団に潜ると、ギュッと厚い胸板に顔を押しつけられ抱きしめられた。 「瑞樹、ここはとてもいいな。俺たちの関係を少しも隠さなくていい」 「はい、とても自然体でいられますね。翠さんと流さんがどんな思いで、ここを作り上げたのか考えると胸が熱くなります」 「翠さんと流、丈と洋くんには、想い合った年月では到底及ばないが、俺の瑞樹への愛は深まるばかりだ」 「宗吾さん……過去の月日は問題ではないです。この先です。この先へ続く関係でありたいです」 「そうだな、君の言う通りだ」  優しいくちづけ。  命の音。  シンプルに考えると、もうこれだけで幸せだ。  僕を慈しんでくれる人がいる。  僕を愛してくれるあなたが好きです。  それはとても自然なこと。 「宗吾さん、ありがとうございます」 「ん? どうした?」 「ここにいてくれて、嬉しいです」 「それは俺の台詞だ。瑞樹がいてくれるから人生薔薇色だ」 「宗吾さんの言葉には力があります。だから好きです」  今日も宗吾さんの温もりを感じながら、眠りにつこう。  暗闇は奈落の底の色。  そう感じたのは、もう過去のこと。  今は明日に続くトンネルだ。  この暗闇を抜けて、明日に出逢う!        

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