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ムーンライト・セレナーデ 31(月影寺の夏休み編)
日没後、月影寺にゆったりと月光が差し込んでくる。
ここからが、この寺の本領発揮だ。
ここは竹林に守られた秘めたる場所。
男同士だからと人目を憚る必要はない。
ここでは存分に抱き合っていい、踊っていい。
「さぁ、チークダンスタイムです」
「まぁ桂人さんってば、流石ね」
白江さんが拍手をする。
最初に踊り出したのは丈と洋だ。
丈の奴、いつの間に白衣なんて羽織って、タキシードのつもりか。
それがまたよく似合っている。
無愛想で面白みがない弟だと思っていたのは遠い過去のこと。
お前は、最高の弟だよ。
洋の瞳を見ろ!
甘く潤んだ瞳には、お前だけしか映っていないぞ。
女と見紛う美貌は月光を浴びると輝きを増し、音楽に合わせて揺らぐ身体は、まるで蝶が夜空に鱗粉を放つかのよう。
そう言えば『発香燐』というのは鱗粉の一種で、袋のような構造を持っていて、中には香り物質であるフェロモンが入っているそうだ。
洋が撒き散らすフェロモンに煽られたのか、今度は宗吾が瑞樹くんの手を引いて、踊り出した。
くくっ、宗吾の奴、まだ鼻の下が伸びているぞ。
花とグリーンの妖精、瑞樹くんの腰を抱き寄せ深くホールドすると、瑞樹くんが「あぁ…」と艶めいた声をあげた。
宗吾の嬉しそうな顔。
満面の笑みだな。
それぞれ皆楽しそうだ。
そういえば、うちの小坊主はどうした?
エンジェルズが眠っているのは見えたが、小森の姿が見当たらん。
おーい、こもりぃーどこだ?
ピクニックマットに管野だけ座っているようだが、うちの小坊主は?
目を凝らすと彼が膝枕しているのはなんと小森だった。
小森の奴、幸せそうな寝顔で、すやすや、すやすや。
あいつもエンジェルズかよ!
おい! 叩き起こしたらどうだ?
大人時間に戻って来いと。
だが菅野はその逆を選んだ。
「ひょえ~ やるな!」
まさか自分も一緒に眠るとは。
添い寝から夢の世界へ。
小森は本当にいい恋人を持った。
アイツは幸せ者だ。
アイツだけじゃない。
ここにいる人は皆、今はとても幸せだ。
さてと俺の翠はどこにいる?
愛しき姿を探すと、薙と一緒に母屋に戻る背中が見えた。
「……行ってしまうのか」
そうだよな、翠は父親でもあるから……青少年は眠る時間さ!
こじれてしまった親子関係が戻って良かったと思うのに、今日は少し寂しい。
おい、贅沢言うなよ。実兄でもある翠と肉体関係を結べただけでも奇跡だ。
翠の、父親としての時間も尊重してやらないと。
よし! 気持ち入れ変えて、俺は俺が出来ることをしよう。
そこにブーンと蚊の飛ぶ音がした。藪蚊がエンジェルズのほっぺをかすめたので、慌てて蚊取り線香を置いてやった。ついでにご婦人方とそれを見守る潤には冷たい麦茶もサービスした。
一通りの世話をすると、また手持ち無沙汰だ。
他にやることないか。
どうやら俺はあれこれ人に尽くすのが、とことん好きらしい。
芝生の上では二組のカップルはチークダンスを続けていた。
翠は戻ってこない。
目を細めて、彼らのダンスを目で追った。
「瑞樹、顔をあげてくれ」
「……はい」
「今、キスしたい」
「えっ、ここで……ですか」
「皆、自分の世界を楽しんでいる。俺も楽しみたい」
「……そうですね」
瑞樹くんと宗吾が、軽く唇が重なるキスをした。
宗吾はピュアな瑞樹くんが大好きなので、軽いキスだけで天にも昇る心地らしい。アイツも可愛らしいもんだ。
一方、弟たちは堂々としたものだ。
丈も洋も、すっかりここがホームになったな。
二人のキスはとても深かった。唇をぴったり重ねて濃厚なキスを貪りあっていた。とてもエロテッィクな光景なのに、月光に照らされた二人は神々しかった。
宗吾と瑞樹くん、丈と洋。
それぞれにが相手を深く強く愛しているのが、全身から伝わってくる。
俺だって翠を同じ位愛している!
願わくば俺も二組のカップルの間に、翠の手を引いて紛れ込みたい。
すると突然……翠の声がした。
「流、僕らも踊らないか」
参ったな、この人はいつもこうなのだ。
何度不意打ちを食らったことか。
あぁ、だから好きだ。
「あぁ、俺も踊りたい」
「僕もだよ。さぁ行こう!」
翠が手を差し出したので、その手をしっかり握って逆にグイッと引っ張った。
ここからの主導権は、俺がもらうぜ!
子供の頃から、いつもそうだったよな。兄さんに引っ張られて歩き出すが、すぐに俺が兄さんの手を引っ張った。兄さんはそうなると嬉しそうに甘く微笑んで、俺にペースを委ねてくれた。
「流が行きたい場所に行こう。流がしたいことをしよう」
今日もほら、甘やかしてくれる。
「兄さん、俺たちも踊ろう! 早く、早く!」
「流、待って、待っておくれ。そんなに急いだら転んでしまうよ」
「悪い! 早く踊りたくて、早くこうしたくて」
月光のステージで、俺は翠を思いっきり抱きしめた。
互いの心臓の鼓動を重ね合わせて。
翠を恋焦がれる思いで見つめると、翠の方からも身体を寄せてくれた。まるで交合する時のように、何もかもひとつになっていく。
翠も恥じらいつつ、俺の想いを全て受け止めてくれる。
「流、これでいいか」
「最高だ。こんな風に踊りたかった。翠……翠……俺の翠」
ムーンライドセレナーデ
ナイトピクニックは、やがてお開きとなる。
いっくんは潤に抱っこされ、菫さんが寄り添っている。
芽生坊は宗吾が軽々と抱き上げ、瑞樹くんが荷物を持っていた。
助っ人の桂人さんは手際良く後片付けをしてくれ、白江さんと共に再び白いバンで帰路に着く。丈と洋はそれを見送っていた。
「おばあさま、桂人さん、本当にありがとうございます」
「洋ちゃん、おばあちゃまもとっても楽しかったわ。今度はこちらに遊びにいらっしゃいね」
「あ、はい。ぜひ!」
「そうだわ。次回は洋ちゃんの白猫ちゃんを見せてね」
「では連れていきます」
「フフフ、猫ちゃんと洋ちゃんを、たっぷりおもてなしするわ」
やがて丈と洋も離れの部屋に消えた。
先程まで賑やかだったピクニック会場には、俺と翠だけだ。
「俺たちも帰るか」
「うん……だが去りがたいね」
「そうだな。ならば二人だけの世界をもう少し楽しむか」
「いいの? じゃあもう少しだけ、ここにいたい」
「そうしよう」
翠が誘ってくれる。
二人だけの世界へ。
星空を見上げながら、俺たちは手を繋いで寝転んだ。
「流と僕で作りあげた世界は、僕たちも癒やし、守ってくれる場所だったんだね。今宵は本当に素晴らしい時間だったよ」
「あぁ、そうだな。誰かのためは、自分達のためでもあったようだ」
「そういうことだね
照明を消すと、夜の帳が下りてくる。
俺たちだけの世界を押し広げに――
****
「宗吾さん、最高の時間でしたね。僕、人前であんなことしてしまったのですね」
「屋外で開放的な気分になったな」
「ええっと、はい……それにしても、芽生くんに良い思い出になりましたね」
「俺と瑞樹にとってもな」
「そうですね。僕の心も満ちています。色鮮やかに」
「瑞樹、今宵は……してもいいか」
「はい」
このまま宗吾さんに抱かれるのは、とても自然なこと。
宗吾さんに愛され、宗吾さんを愛す。
愛は循環して、やがて大きな満月となっていく。
月影寺で見上げる月は、とても美しかった。
「瑞樹、君を抱くよ」
「はい、そうして下さい……宗吾さんを深く感じたいです」
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