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秋陽の中 5

「ところで、瑞樹はどんな案を練っていたんだ?」 「……ええっと、それが……」  どうしよう?   企画のプロの宗吾さんに、僕の拙いアイデアを伝えるのは少し恥ずかしい。  躊躇していると、宗吾さんがふっと微笑みながら、僕の唇を指の腹で撫で言葉を促してくれた。 「瑞樹のアイデアを元に膨らませたい。今回は君が管野くんに旅行スケジュールをプレゼントしたいのだろう?」 「あ、はい。必ず最高にロマンチックなムードにしてあげたいです」 「あー それな! あいつら自力では難しそうだもんな」  管野と小森くんは、小森くんがあんこに目がなくて、管野があんこ好きのこもりくんに目がないので、正直、身体の方の進展は前途多難だと誰もが案じていた。  しかし彼らも付き合って1年以上経つわけだし、管野の下半身事情を察すると、流石にそろそろ……もう一歩、いやもっと進んでもいいのでは?  これは当事者も含め、皆が願っていること。 「二人には……この秋、心も身体も一つになって欲しいので」  思わず呟いて、ハッとした。  僕、何を言って?  「だよなー 俺も君と結ばれるまで一年耐えたぞ。最後の方は寸止めを食らいまくったから管野には同情するよ。なるほど最高にロマンチックな初夜のためのお膳立てが必要ってことだな」  恥ずかしいな。  当時、宗吾さんと僕は一つになる寸前を何度か繰り返していたのを思い出した。  最後の方は、僕も待ちきれなくなっていた。  初めて宗吾さんに抱かれた時のことは、今でもこの身体が覚えている。  一馬との記憶がなかなか取れなくて迷っていた身体だったが、一気に宗吾さんに持って行かれて、宗吾さんの色に染まって、宗吾さんのものを受け入れて、宗吾さんのカタチを覚えて……    あぁぁ、まずい。  宗吾さん化した煩悩を、ストップさせないと。 「ん? 瑞樹、えっちな顔してんな」 「してません!」 「今、また頭の中でエロいこと考えていただろ?」 「いません!」 「可愛いな、鼻の下伸ばした瑞樹はレアだった」 「の……伸ばしてません。とにかく話の続きを……」 「はは、ごめんごめん。続けて」 「ええっと……それで考えたんですけど、二日目は姫路の『あんこ博物館』からは離れた方がいいのでは? 近くにいると結局二日間連続で博物館に通って終わりになりかねないですから」  宗吾さんもコクコクと頷いていた。 「だから、いっそロマンチックな場所の多い神戸に移動した方がいいのでは?」 「神戸か! それ、いいな。三宮や元町には美味しい和菓子やさんも多いから、小森くん大喜びだろう」  ギョッ! 宗吾さんまであんこに引き摺られている!?  おそるべしあんこちゃん。  いや、あんこパワー! 「宗吾さん、待って下さい。あんこはダメですよ。それでは食い倒れコースを辿ってしまいます」 「すまん。俺も小森くんに洗脳されたのかな。あんこに引き摺られるとは重症だ」 「くすっ」 「瑞樹ぃ、なんだか楽しいな。誰かのために二人で何か考えるのって新鮮だ」 「はい、僕もです」  管野の喜ぶ顔が見たいし、宗吾さんとこんなに明るく積極的な会話をするのも楽しい。 「瑞樹、ご機嫌だな」 「あっ」  会話の合間に、またちゅっとキスをされる。  僕は今、くすぐったいほどの甘い時間を過ごしている。 「甘い時間のために……神戸ならやっぱり夜景が最高だよな」 「ですよね。船でクルーズもロマンチックですし、六甲山からの夜景もいいなと」 「なるほど、二人にビシッと正装して欲しいな。小坊主姿を脱し、二人で洒落たスーツでディナーはどうだ?」 「いいですね、それ」 「君とも同じコースを味わいたくなるよ、ついて行くか」  慌てて首を横に振った。 「今回はダメですよ。僕たちはお邪魔虫です。そういえばお邪魔虫といえば、丈さんと洋くんの新婚旅行は大変だったみたいです。お邪魔虫がついてきて」 「ははっ、その裏話は流から聞いたよ。まぁそうは言ってもアイツらはすぐエロくなれるが、管野と小森には無理だよなぁ。よし俺たちで『神戸ロマンチックデートコース(行き先は天国↑)企画』を練るぞ」  なんというネーミングセンス。  ストレート過ぎるような? くすっ。 「早速クルーズのことを調べるよ。確かモザイクハーバーランドから『ファンタジア』という船が出ていたよな」 「『ファンタジア』は幻想曲ですか」 「いいムードだろ?」 「はい、あ、確かそこには『あんこパンマンミュージアム』がありますよ。下調べしておきました」 「お、じゃあ小森くん大喜びだな」 「はっ!」 「やべっ」  わわ、僕まで引き摺られている。  おそるべしあんこパワー!  いや、これはやっぱり避けては通れないという暗示なのかもしれない。 「あの、やっぱりあんこを途中で一度補充した方がいいかもしれませんね」 「同感だ。じゃあランチクルーズをしてムードを高め、一度『あんこパンマンミュージアム』であんこ休憩をしてから、一気に六甲山の夜景観賞、それで六甲山麓ホテルに宿泊はどうだ? あそこならクラシカルなムードで非日常感はばっちりだ」  脳裏には二人がスーツを着て、夜景の見えるクラシカルなホテルでディナーをし、真鍮の鍵を握りしめて客室に入って行く後ろ姿が見えた。 「いいですね」 「よし、俺が行程表を作るよ。ホテルの空き情報なども調べておく」 「宜しくお願いします」 「きっと喜んでくれるよ」 「宗吾さん……」 「ん?」 「ありがとうございます」  僕から宗吾さんの頬にくちづけをした。  僕の企画を膨らませてくれたお礼をしたくて――  大好きな気持ちを伝えたくて。 「瑞樹、こっちにも欲しい」 「はい」  目を閉じて、そっと唇を重ねて、甘い吐息を交感していく。  幸せな気持ちで眠りにつこう。  今日も宗吾さんと――   ****  その晩、僕はドキドキして眠れませんでした。  お母さんが、まさかここまで来てくれるなんて、思いもしませんでしたから。   「お母さん、ありがとうございます」  お布団の中でそっと口に出してみました。  何度でも伝えたい言葉ですよ。  中学生の頃……僕がいつもお母さんを困らせていると気付いてから、僕は家の中でどこにいたらいいのか分からなくなってしまいました。  僕が少し風変わりだから……  だからごめんなさい。  そんな気持ちばかりで、お母さんの温もりをすっかり忘れていました。  幼稚園の頃、お友達が出来ず……いつもひとりぼっちだった僕は、お母さんとふたりで過ごしていましたね。  お母さんは僕を抱きしめ、僕を心から愛してくれました。  そして今も愛してくれていたのですね。  お母さんごめんなさい。  そしてありがとうございます。  今日……今の僕を……ありのままの僕を抱きしめてくれたのが伝わってきて、本当に嬉しかったです。  白い封筒を見つめると、笑顔を零れます。 「お誕生日にお洋服を買いなさい」と言ってくれました。  このお金で、僕は菅野くんとの旅行に着て行くお洋服を買いたいです。  そうしても、いいですか。  お母さん…… 「もう風太の好きにしていいのよ。あなたを信じているわ。風太の幸せが一番大切なのよ」  お母さんが残してくれた優しい言葉が、何度も聞こえるようです。  

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