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秋陽の中 11

 土曜日の朝、洗濯物を干しながら秋らしくなった青空を見上げていると、パジャマ姿の芽生くんが可愛い顔で近づいてきた。  ふふっ、また髪がぴょんぴょん跳ねていて、寝起きの宗吾さんにそっくりだね。 「お兄ちゃん、おはよう! 何を見ているの?」 「芽生くん、月を探していたんだよ」 「お月様? まだ朝だよ」 「そうだよね。今日は中秋の名月だから、夜になったら綺麗な月が見えるといいね」 「先生が言ってたよ。今日はお月見団子を食べるんでしょ?」 「そうだね、あとで買いに行こうか」 「やった! パパ起こしてきてもいい?」  時計を見るともう9時だ。そろそろいいかな? 「うん、お願い」    僕は急いで残りの洗濯物を干した。  今頃、菅野と小森くんは新幹線の中だろう。    菅野はあのジャケットを着て行ったのかな?  小森くんの服装とマッチしているといいね。  菅野が小森くんとの初旅行にかける情熱が初々しくて、応援したくなった。だから思わず小豆のブローチに願掛けしてしまった。  そこに菅野から1枚の写真が届いた。    新幹線の座席で撮ったようだ。 『瑞樹ちゃんのブローチしっかりしたよ。今、静岡通過、行ってくる!』 「わぁ! これはすごい。示し合わせたみたいにぴったりだね」  以心伝心、栗饅頭色のジャケットを着た菅野と小豆色のスーツで満面の笑みの小森くん。  二人を繋ぐのは小豆のブローチと小豆色のネクタイだ。  それにしても二人の小豆色のトーンが全く同じなので、驚いた。  嬉しいこと、楽しいことは宗吾さんと共有したい。 「宗吾さん、これを見て下さい!」  寝室に入ると、芽生くんが眠っている宗吾さんの上に跨がって必死に起こしている最中だった。 「パパぁ、もう起きて、起きてってば」 「芽生、まだ眠いー 寝かせてくれぇ」 「でもぉ、今日はピクニック行くんでしょ?」 「あと5分」 「パパの5分は50分だよぉ」  やれやれ、宗吾さんは相変わらず子供みたいだ。 「あ、お兄ちゃんー パパ言うこと聞いてくれないよー 手伝って」 「そうだね、宗吾さん、宗吾さん、これを見て下さい」 「んー 瑞樹まで、どうした? 今日は休日だぞ、もう少し眠ろうぜ」  わわ! ベッドに引き摺りこまれそうになって焦る。 「宗吾さん、駄目ですってば」 「もー パパってば、ねぼすけなんだからぁ」  二人がかりで戦っても結局負けて、僕達はベッドの中に引き摺りこまれてしまった。 「お兄ちゃん、パパにこちょこちょの刑だよ」 「うん!」  僕も童心に返り、芽生くんと宗吾さんの脇腹をくすぐった。 「ひゃはは! ひー やめれぇー」  なんとも色気のない声がして、苦笑してしまった。  こんな時、色気ムンムンの洋くんはどんな風に起こすのかな?  いや、洋くんが先に起きるなんてなさそうだな。  丈さんが朝食の準備をしてから、洋くんを優しく抱き寄せて……朝からそのままもう一度しちゃうとか。 「おーい瑞樹ぃ、一人で天国に行くなよー」  耳元で宗吾さんの声がした。  僕の妄想が筒抜けのようで真っ赤になった。 「も、もう、天国に行くのは菅野と小森くんですよ! 今度こそ、そうなるように願いを込めたんです!」 「へぇ、君がオーダーした小豆ブローチにかけた願いって、それだったのか」 「あ! 僕……また!」 「相変わらず、可愛いな」  僕らの会話は芽生くんにとって意味不明だろう。でも「あちち」なのはバレバレのようで、芽生くんが横でくすくす笑っていた。 「お兄ちゃんとパパは今日もあちちだね。なかよしっていいね」 「芽生は流石俺の子だ。理解があるなぁ」 「えへへ、だって二人とも好きだから、ニコニコ、うれしいよ」  芽生くんが僕の存在をすべて受け入れてくれている。  いつもそれが嬉しくて、その度に泣きそうになるよ。 「なぁ、今日は中秋の名月だろう? せっかくだから今日のピクニックは夕方から夜にかけてお月見をしながらはどうだ?」 「わぁ、またナイトピクニックするの?」  芽生くんのワクワク顔!  僕も一緒にワクワクしてくる。 「あぁ今回は家族だけでな」 「わぁい!」 「楽しみです」 **** 「わぁぁ菅野くん、景色がどんどん変わっていきますよ。でも速すぎて、くらくらしますよぅ」  風太は慣れない新幹線に緊張しているようだった。  俺のジャケットの端を、さり気なく掴んでいる。  あー そんな仕草が可愛いなぁ。 「風太、景色は現地でゆっくり楽しめばいいよ。あんまり見ていると目が回るぞ」 「あ、そうですね。じゃあ何をしましょう?」 「そうだな、そろそろあんこを補給するか」 「え?」 「そのお腰につけたきびだんご? 食べていいよ」 「わぁ! いいんですか。あのあの菅野くんも一緒に食べましょう。これはご住職さまからの真心ですから」  中から出てきたのは、一口サイズの羊羹だった。食べやすく持ち運びしやすいように、翠さんが別注したのだろうか。店頭では見かけない代物だ。 「月下庵茶屋の別注品か」 「はい、あのお店はご住職さまのご贔屓ですので特別に。菅野くん……ご住職さまも流さんも、薙くんも、丈さんと洋くんも、本当に僕に優しいです」  どうした?  風太の雰囲気が変わった。  少し大人びたことを言うようになったんだな。  何か心境の変化があったのか。  但し、それは悪い方ではなく、いい方向のようだ。 「どうした? 俺にも話してくれないか。何か素敵なことがあったんじゃないのか」 「菅野くんには何でも分かってしまうのですね。今日会ったらじっくり話そうと思っていたのですが、実は先日、僕のお母さんが初めてお寺に来てくれたんです。僕の様子を見に……」  風太の口から家族の話が出るのは珍しい。 「そうか、良かったな。風太が生き生きしているのをしっかり見てもらえたんだな」 「お母さん、とても喜んでくれました。嬉しそうなお顔をしてくれました。久しぶりの笑顔でした。いつも僕は心配ばかりかけて、いつも不安そうだったので、本当によかったなぁって……ぐすっ」  風太が泣いている。  悲しくて寂しくてじゃなくて、嬉しくて!  ヤバい! 俺までもらい泣きしそうだ。  風太の肩をそっと抱き寄せて、胸にもたれさせてやった。 「この、あんこちゃんのブローチ可愛いですねぇ」 「これは旅行が楽しいものになるようにと、葉山が願掛けしてくれたんだ」 「やっぱり皆優しいです。ぐすっ」 「風太……風太の可愛い笑顔にお母さんもホッとしたんだろうな。皆に愛されているのを見てほっとしたのだろう。いい旅行にしよう!」 「はい! お母さんにも菅野くんと行くって話しました」 「えっ、そうなのか」 「はい。僕がしたいようにしていいって、言ってくれました」  これは気が引き締まる。  旅行から戻ったら、お母さんに挨拶に行こう。  俺の大切な風太。  順番が逆になってしまったが、俺も誠意を見せたい。 「ぐすっ、おかしいですね。僕、嬉しくて泣いてしまいました。人の感情は不思議です。嬉しくても涙が溢れるなんて。あ……羊羹をいただきましょうか」 「あぁそうだな」  二人で新幹線の中で食べた羊羹は、最初は少し塩っぱく感じたが、噛みしめると、どんどん甘くなった。  俺たちの人生みたいだ。  俺も風太も辛い日々を乗り越え、辿り着いたんだ。    ようやく巡り会えた相手が、すぐ隣にいる。 「風太、俺たち、あんこみたいに甘い恋をしよう!」 「僕はあんこより甘い恋をしています」 「ありがとう……本当にありがとう。俺を好きになってくれて」 「僕こそですよ。僕を好きになってくれてありがとうございます」  新幹線はあんこより甘い恋を乗せて、一路姫路へ。  

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