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秋陽の中 12

「風太、早速だが『あんこ博物館』に行くぞ」 「はい! エイエイオー! ですよぅ」 「ははっ、勇ましいな」  『あんこ博物館』は姫路駅から高架沿いを東に15分程歩いた所にあるそうなので、新幹線下車後、俺たちは脇目も振らず直行した。  少し歩くと道の至る所に、小豆色の文字で書かれた博物館への誘導板が見えた。  あと200メートル  あと100メートル  ここを曲がるとすぐ!  風太の目がキラキラ輝き出す。  ゴックン、ゴックンと生唾を飲み込む音もする。  風太は心の底からあんこが好きなんだなぁ。    ここに連れて来てあげて良かった。    大好きな人の笑顔が一番だ。  さぁ角を曲がると、真正面に『あんこ博物館』が見えてくるはずだ。   「菅野くん、あ、あれ!」 「ん?」    博物館の入り口でお出迎えしてくれているのは、オリジナルキャラクター『小豆ちゃん』だ。(事前下調べしておいて正解だな) 「な、なんと、あれは!」 「あれは『小豆ちゃん』というキャラクターだよ」 「おぉぉぉぉ……実在していたのですね」  風太の瞳がうるうるしている。  なんて純粋なんだ。 「よし、小豆ちゃんと記念撮影するか」 「でも人間が近づいたら驚かせてしまうかも。ああん、こんな時は僕が『小豆くん』に変身出来たらいいのに」  ただの被り物のキャラクターで、中見は人間だと言ってしまえばそれまでの話だが、風太の夢は壊したくない。  そんな時のために俺はちゃんと手を打っておいた。ギリギリで間に合うか分からなかったが、ダメ元で頼んで正解だ。 「風太、あのさ、流さんから何か預かってきたんじゃないか」 「え?」 「その風呂敷包み。着いたら開けるように言われなかったか」 「あ! そういえば……これ何でしょう?」 「開けてみて」 「はぁい!」  風呂敷の中には、小豆を模した大きな被り物が入っていた。  これは流さんお手製だ。 「これで風太は『小豆くん』になれるぞ」 「おぉぉぉぉぉ」  また地響きのような声を出して、よほど嬉しいんだな。 「すごいですよ。ど、どうして?」 「流さんのハンドメイドだよ。きっと風太が欲しがると思って」 「か、被ってもいいですか」 「もちろん」  小豆色のスーツに、小豆の被り物。  全身小豆になった風太は嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。 「やったー! やったー!」  まるで、いっくんや芽生坊と同レベルのはしゃぎよう。やっぱり葉山の言う通り、風太はエンジェルズの一味なのかもな。 「菅野くん、僕『小豆くん』になれましたよぅ」 「そうだな。似合っているよ」 「写真を一緒に撮りましょう」 「俺が『小豆ちゃん』と一緒に撮ってやるよ」  すると風太がブンブン頭を振った。 「僕は菅野くんとツーショットがいいですよぅ」 「え? だって『小豆ちゃん』と撮りたかったんじゃないのか」 「僕のペアは菅野くんです。『小豆ちゃん』には悪いですが、僕は菅野くんが好きなので……それに……あの……こんな素敵な贈り物、もしかして菅野くんが流さんに頼んでくれたのでは?」  正確には流さんと共同で考えたアイデアだ。 「風太の誕生日だから旅行中に何かサプライズをしたい。何が喜ぶか」と真剣に相談があったので、心を一つにして一緒に考えたんだ。  流さんの得意分野で、風太が一番喜ぶ物と言えば、やっぱりこれだろ! 「二人で考えたんだ」 「お二人が協力して? 僕のために? あぁ、やっぱり嬉しくて泣いてしまいます」 「風太、あんこに涙は似合わないから笑ってくれ。笑顔で写真を撮ろう」 「はい!」    その後小豆のカタチの入場門を潜って、まずは工場見学をした。  ここでは、小豆があんこになるまでの過程を見られるそうだ。  工場内には『平和な豆、幸せの味、小豆』と垂れ幕があった。  どっかで聞いた台詞だな。  ほっこりするよ。  きっと風太のあんこ好きと同じくらい、この博物館を作った人もあんこが好きなんだろうな。  好きなものは大切にした方がいい。  好きな気持ちは、心を明るく前向きにしてくれるから。  元気が出るから。  工場内では製あんの工程をツアーガイドが案内してくれた。  色や形、大きさがそれぞれ違う世界の多種多様な70種類以上の小豆の現物も見ることが出来た。  想像以上にアカデミックでスケールが大きい。小豆のルーツや栽培方法、小豆との暮らし、あん作り方法と、何から何まで小豆絡みで、風太の興奮は冷めることはない。  ずっと好奇心旺盛な子供のように目を輝かせて、生き生きしている。  風太といると生きているっていいなと思えるよ。 「菅野くん、ずごいです! あーん、すごすぎますよぅ。そうか! ここが天国なんですね」    パーッと明るい笑顔を向けられて頷きそうになった。  危ない、危ない。 「え? いやいや、まだ、ここじゃない」 「そうなんですか。でもぉ、見渡す限りあんこちゃんですよ? ここを『天国』と呼ばすして、何と呼ぶのでしょう?」 「ええっと、ここは『満腹』と呼ぶのさ」 「ここは『満腹』? じゃあ『天国』はもっとすごいんですね」 「あぁ……明日、俺、頑張るよ」 「ええっと僕も協力して頑張ります!」 「ははっ」  かみ合っているのだか……どうなのか。  なんとも気が抜けるような、いや、明日に向かってまっしぐらなのか、と、とにかく頑張ろう。 「風太、『小豆調理体験』を申し込んであるんだ。日本全国のお月見団子から好きな土地を選んで、実際に作れるそうだ」 「わぁぁ、あんこ沢山のがいいです」 「だな!」 **** 「宗吾さん、ナイトピクニックの夕食はどうします? 何か作って持って行きましょうか」 「瑞樹ぃ、俺、この時期になると、どうしても食べたいものがあるんだ」 「何でしょう?」  宗吾さんはスマホを操作して、僕に表示画面を見せてくれた。 「ズバリ、これだ! 絶対にこれがいい!」 「ええっ!」  ギョッとした。  ファンシーなうさぎの被り物?  どうして、そんな物を検索して?  食べたいってどういう意味だろう?  もうハロウィンの準備を?    いや、うさぎの着ぐるみは持っているのに。  頭の中がこんがらがってくる。 「あ、あの……僕では身体の空腹は満たされません。芽生くんもいるのに外だし無理ですってば! そもそも……したことないし……」 「え? なんのことだ? ん? あぁ悪い! 表示が切り替わっていた」 「え?」 「おいおい、いくらなんでも外ではしないよ」  また引っかかった。  盛大な誤解をして、真っ赤になるよ。 「ななな、何を言ってるんですか」 「オレが食べたかったのは、ジャックドナルドの『お月見ハンバーガー』でウサギじゃないよ」 「でも……検索してましたよね?」 「お! 興味を? こっちも食べたい! こっちは夜のデザートに」 「駄目ですってば!」 「ははっ」 「くすっ」  いつものようにじゃれ合って、休日を楽しもう。  こんな風に笑い合えることが、奇跡。  有り難いことなんだ。  夜にはみんなで美しい月を見上げよう。    同じ月を僕の大切な人が見ていると思うと、それだけで幸せになる。  お父さん、お母さん、夏樹……  雲の上からも月は見えますか。  僕らよりもっと近くに見えますか。  それは、いつか教えて下さい。  その日まで、僕はこの地上から月を見上げます。  大好きな人達と肩を並べて、同じ月を愛でます。 あとがき **** アトリエブログに小豆色のスーツ姿のこもりんの写真のせますね。

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