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秋陽の中 13

「へぇ、日本全国でお月見団子って違うんだな」 「あれれ? なんと!」 「白くて丸いだけじゃないなんて、知らなかったなぁ」 「僕もですよぅ」   お月見団子と言えば白くて丸い団子がピラミッド型に積まれている物を想像していたが、手作り教室の講師の説明の話では全国共通ではないそうだ。  例えば名古屋では茶・白・ピンクのしずく型、中国・四国地方では串だんごがスタンダードだなんて初耳だ。 「菅野くん、迷いますねぇ、関西か静岡か」 「どっちも、あんこだな」 「はい! あんこは正義ですから」 「くくっ、その通りだ」  関西のお月見団子はしずく型の団子にあんこが巻いてあり、ボリュームが可愛いな。 「くぅ、迷います、あんこ……あんこ、あんこちゃんをいっぱい食べられるのは、ううう……ズバリ静岡です! あんこちゃん盛り放題!」  静岡の月見団子は『へそもち』とも呼ばれ、上が少しへこんでいる。その凹みに粒あんを入れて食べるそうだ。  その土地土地によって違うのが面白いな。  どんなカタチでも願いはひとつ、美味しさは共通だ。  俺と風太もそうありたい。 「よし、じゃあ俺は関西風を作ってみるよ」 「わぁ、じゃあ、どっちも食べられるのですね」 「そういうこと!」 「やったー やったー」  風太の笑顔のためなら、惜しむものはない。 「風太のためなら一肌脱ぐよ」  そう伝えると、風太が突然真っ赤になった。 「ぬぬぬぬぬ、ぬぐのですか」 「ん?」 「あ、いえいえ、なんでもないです」 「おお?」  もしかして……風太は風太なりに欲情してくれているのか。  これは明日……期待しても?  よし、この調子で今日はあんこ尽くしで盛り上げていこう!  今日はそれでいい。  だが明日は風太をいただくつもりだ。  俺たち進んでみないか。  もう一歩、いやもう十歩先に―― 「菅野くーん、美味しいですね」 「おっと」  風太がスプーン一杯にあんこをすくったら、ポトッと落としそうになった。 「わわわ、せっかくのスーツに汚しちゃうところでした。明日も着るのに汚したくないですよぅ」  しょぼんとする風太。  確かに風太には思う存分食べて欲しい。 「そうだ、売店に行こう」 「え? どうしてですか」 「着替えを買おう、汚してもいいように」 「あ、はい」  流石『あんこ博物館』だ。  あずきTシャツやあずきカラーのズボン。それからお月見にちなんで満月と三日月Tシャツまである。 「これとこれにしよう」 「わぁ、もしかして、もしかして」 「ペアみたいでいいだろう」 「うううう、うれしいですよ。一度してみたかったですよぅ」  満月と三日月。  姿は違っても同じ月だ。  俺と風太、個性はバラバラかもしれないが、好きという気持ちは同じだ。  そんな願いを込めて。 「菅野くん、僕、幸せです」 「まだまだこれからだよ」 「明日は天国ですものね」 「今日は天国に行くためのウォーミングアップだ」 「はい! あんこちゃんパワーで元気いっぱいですよ」 「ははっ、俺も」  その後、あんこソフトクリームにあんこ御前、日本全国のお月見団子バイキングと延々とあんこ街道をひた走り、お腹がはち切れそうだ。  あんこ博物館に別れを惜しみつつ、夜は『姫路城観月の夕べ』に足を運んだ。  ライトアップされた姫路城を眺めながらお月見を楽しむ会だ。  雲一つない夜空に浮かぶ満月は、圧巻だった。  人混みをさけ、静かなベンチに並んで座った。 「わぁ、お月様に手を伸ばせば届きそうですね」 「あぁ、そうだな。本当に綺麗な月だな」 「……北鎌倉でも見えるでしょうか」 「きっと見えているさ。みんな上を向いて月を見ているよ」 「月を見上げると、気持ちも上がりますね」 「それだけ?」 「え?」  そっと可愛い風太の唇にキスを落とした。  ちゅっと可愛いリップ音に、風太の頬がポンっと赤くなる。 「こうしたくならない?」 「とっても気持ちが上がりますよ」 「そうか、よかった。風太キスは好きか」 「好きです。甘いです。とってもとっても甘いです」 「もっと欲しい?」 「欲しいです」 「続きは部屋でな」 「はい」  とろんと眠そうな風太の手を引いて、ホテルに向かった。  今宵はライトアップされた姫路城が見えるホテルに宿泊する。  だが……きっと寝落ちしてしまうだろうな。  だがそれはそれでいい。  明日があるから―― 「かんのくぅん、好きですよ……明日はあんこよりかんのくん。むにゃむにゃ……」  満月のTシャツのままベッドに丸まった風太を、そっと抱き寄せた。  ごめんな、俺……もうそろそろ我慢できない。  明日、風太をもらってもいいか。  言葉には出さずに願うと伝わったのか、風太が可愛く俺に抱きついてくれた。 「かんのくぅん、おなじきもちですよぅ……」 **** 「すみれ、ただいま」 「ママぁ、ただいまぁ」 「お迎えありがとう。いっくんお帰りなさい。保育園楽しかった?」  いっくんは潤くんと手をしっかり繋いで帰ってきた。  息を切らせた薔薇色の頬が愛くるしい。 「これぇ、ママにおみやげー おつきさまでしゅよ」 「わぁ! 今日はこっちは雲が多くてお月様見えないから嬉しいわ」 「うん、だから、おおきなおつきさまをかいてきたの」  白い画用紙に黄色いクレヨンでぐるぐると丸い物体が描かれていた。 「パパぁ、これまどにはってぇ」 「おぅ、スペシャルなお月様だな」 「いっくん、ママね、月見団子も作ったのよ」 「わぁ、いっくんほいくえんでたべて、ママにもたべてもらいたいなっておもったの。みんなでたべたいっておもったの。ほんとなの?」 「うふふ、本当よ。ママもいっくんと食べたかったから」  槙はよく眠る赤ちゃんなので、時間があったのよ。  今まで季節の行事を楽しむ余裕なんて全くなかったけど、これからは積極的に楽しんでいきたい。  いっくん、今までごめんね。そしてこれからもよろしくね。 「パパもママもだいしゅき。いっぱいいっぱいだいしゅき!」  いっくんが満面の笑みで飛びついてきた。  いっくんが描いてくれた月はとても明るかった。  我が家を照らすのは、笑顔の月。  いっくんの笑顔を守っていこう、大切にしていこう。  潤くんとそう誓った満月の夜だった。

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