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秋陽の中 14
宗吾さんと芽生くんとジャックドナルドの『お月見ハンバーガー』買い込んで、運河沿いの公園までやって来た。
「すっかり暗くなってしまったな。ごめんな」
「いえ、大丈夫ですよ」
「パパ、おっけーだよ。ナイトパーティーだもん」
実はあれから宗吾さんに急な仕事が入り、すっかり出掛けるのが遅くなってしまったのだ。夕方から日没を眺める予定だったが、公園に到着した時点で、辺りはすっかり暗くなっていた。
「よーし、この辺りでいいか」
「いいですね」
「ワクワクするよぅ」
芝生にレジャーシートを敷くと、すぐに宗吾さんがごろんと仰向けになった。
「あぁ疲れた。休日の仕事は身体に堪えるな」
「お疲れ様です」
「お月見のために頑張ったよ。夜になると風が涼しくて気持ちいいな。やっと秋めいてきたようだ。今年の夏は暑かったし長かったからバテたな」
大の字で両手両足をぐんと伸ばし、バタバタしている。
くすっ、宗吾さんはどこでも寛げる人だな。
一方、芽生くんはワクワクした表情で空を見上げている。
背伸びして可愛いね。
今はどんなに背伸びしても、まだまだ僕には届かない。
でもいつか抜かされてしまう日が来るだろう。
芽生くんは宗吾さんの遺伝子が濃そうだから、きっと大きくなるよ。
「あれ? あれれ? お兄ちゃん、お月様どこ?」
「えっ、あれ?」
いつの間にか雲が広がっていたのか、空は真っ暗だった。
星も月も、急にどこかへ行ってしまった。
目を懲らすともやもやと黒い煙のようなものが、夜空を覆い尽くしているのが分かった。
月は分厚い雲の向こうにいる。
「さっきまで見えていたのに残念。雲に隠れてしまったね」
「えー つまらないよぅ! お月見なのにお月様が見えないなんてさ」
芽生くんが、ぷぅと頬を膨らませてしまった。
来るまでの道すがら綺麗に月が見えていた分、余計にがっかりしてしまったらしい。
立ち止まってみれば良かった。
宗吾さんも僕も、出掛けるのが遅れた分、つい目的地までの道を急いでしまった。
こういう所はお互いに反省だ。
「あーあ、つまんないなぁ」
「……芽生くん」
「つまんない。つまんないよ」
「芽生、これは自然現象だ! 潔く諦めろ」
「う……ん」
確かに宗吾さんの言う通りだけど……
宗吾さんも疲れているせいか、少し突き放した言い方だった。
あぁ、芽生くん……
こんな時、僕はどんな風に君に声を掛けてあげたらいいのかな。
すぐには答えが見つからないよ。
「そうだ、芽生くん、お兄ちゃんと月を探しに行ってみない?」
「わぁ、行きたい!」
「宗吾さん、少し散歩してきてもいいですか」
「そうだな。芽生、さっきはキツい言い方してごめんな。瑞樹と行ってこい」
「ううん、大丈夫だよ。お兄ちゃん早く行こうよ!」
機嫌を取り戻した芽生くんが、僕の手を引っ張って歩き出す。
「すべりだいの上からなら見えるかも!」
だが、月は待てど暮らせど出てこない。
ここが家だったら画用紙に月の絵を描いてお月見をしたり、天井の丸いシーリングライトを月に見立ててと……発想の転換を誘導出来るのに。
困ったな。
すると芽生くんの方から口を開いてくれた。
僕の手をギュッと握り直して、もう一度夜空を見つめながら。
「お兄ちゃん、そっか、どうしても月が見えない日もあるんだね」
「うん、そうだね」
「……会いたくても……どんなにお願いしても……会えないことがあるんだね」
「うん」
そうだね。
どんなに会いたくても会えない人は確かにいる。
それを僕は知っている。
「ボクにも出来ることがあったよ」
「何かな?」
「えっとね、あの雲の向こうに月がでていること想像するよ。今日はそれでいいよ」
「芽生くん……がっかりしたんじゃ……」
「月には会えないけど、僕にはお兄ちゃんもパパもいるからさみしくないよ」
「そうか、そうだね。お兄ちゃんもだよ。月は見えなかったけれども、芽生くんとこうやって夜のお散歩が出来て嬉しいよ」
「うん、ボクも同じ!」
芽生くんがブンブンと繋いだ手を振ってくれる。
来た道を戻ると、僕達以外にもお月見をしようと集まった人たちがレジャーシートを敷いて寛いでいた。
親子連れ、若いカップル、高校生の友人同士、熟年のご夫婦。
月のない夜だったが、明るい光があちこちに存在した。
「お兄ちゃん、みんな楽しそうだね」
「うん、そうだね。みんな心に月を描いているんだろうね」
「うん! そっか今日はみんながお月様なんだね。あーお腹すいたよー もうもどろうよ」
芽生くんが僕の手を引いて走り出す。
景色が動き出す。
僕も一緒に走り、風を斬った。
「パパぁ、ただいま」
「おう、ちょうど良かった、芽生、上を見ろ!」
「あー お月様!」
雲が途切れ、お月様が顔を出してくれた。
一瞬の邂逅。
美しい月は確かに存在した。
「あー また雲にかくれちゃう」
「あぁ、だが月はちゃんといるから安心しろ。瑞樹も見たか」
「はい!」
「俺たちは、ちゃんといるから安心しろ」
「あ……はい」
僕へのメッセージを惜しまない宗吾さんが大好きだ。
僕たちは輪になって『お月見ハンバーガー』を頬張った。
「たまごがおいしいね」
「うん、久しぶりに食べたよ」
「パパの大好物だ」
もぐもぐ、パクパク
美味しく食べている時って、無言になってしまうね。
「今頃、皆もお月見をしているのでしょうね。菅野たち……どうしたかな?」
ふと漏らした言葉に宗吾さんが反応して、スマホで調べてくれた。
「お! 西の方では月がよく見えているらしいぞ」
「そうなんですか」
「ほら、スマホのニュースに上がっていた」
「あぁ、本当だ。姫路城と満月ですか」
「へぇ、次に中秋の名月と満月の日付が一致するのは2030年の9月12日なんだってさ。つまり7年も先だ」
「7年も?」
7年か……
ここまでの7年、この先の7年。
先のことを考えるのが、こんなにワクワクすることだったなんて。
二人に出逢わなかったら、気が付けなかっただろう。
7年後、芽生くんは16歳?
まだ想像できないが、とても楽しみだ。
「これからも満月でなくても、月が見えなくても、お月見はしたいな」
「そうですね。こうやって秋の夜空を三人で見上げたいです」
「定期的に君の家族にも報告したいんだ。今はもう……幸せに暮らしていますと」
「宗吾さん……」
そっと囁かれる。
耳元で……
「好きだよ、瑞樹」
****
風太の寝顔を見つめていると、何かを忘れている気がした。
あれ?
俺、初旅行に舞い上がって、明日のことに気を取られて、何か大事なことを忘れてないか。
ハッ! ヤバい!
あんこに洗脳されて、肝心な言葉を忘れていた。
9月29日は風太の誕生日なのに、まだ面と向かって『おめでとう』と言えていない。
「風太、目を覚ませ! まだ間に合う」
「むにゃむにゃ……むにゃ……あんこちゃんまってぇ」
だ、駄目だ。
こうなったら、せめて夢の中に届けよう。
「風太、ハッピーバースデー! 愛してるよ」
眠っている風太のベッドに潜り込んで、抱きしめて。
あどけない寝顔をひとしきり見つめ、それから可愛い唇にキスをした。
「風太、愛してるよ、ずっと愛してる。来年も再来年も、ずっと一緒に誕生日を迎えよう」
ありったけの気持ちを込めてキスをすると、風太は寝ぼけ眼であどけなく微笑んでくれた。
「むにゃ、むにゃ……りょーすけ……くぅん」
「!!」
今、俺の名を呼んでくれのか。
これは不意打ちのサプライズ。
泣きそうな程、嬉しいこと。
あぁ、明日が楽しみだ。
俺たちもっともっと歩み寄ろう!
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