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秋陽の中 17

   海風が吹き抜ける白いベンチで、風太と語り合った。  ベンチに置いた手と手、今も軽く触れている。  そんな些細なことが嬉しかった。  風太と触れ合うと、ドキドキするんだ。  まるで初恋のように。  いや、ある意味初恋なのかもな。 「僕、ちゃんと良介くんと呼べるようになって嬉しいです。これからはいつも良介くんって呼んでいいですか」 「当たり前だよ! めちゃくちゃ嬉しい! しかしサプライズだったよ。そんな素振り見せてなかったのに、一体いつの間に習得したんだ?」 「旅行が決まってからですよ、『恋の達人』流師匠に教えを仰いだのです。厳しい修行でしたが、なんとか耐え抜きました」  流さんか、なるほど。    確かに彼は『恋の達人』だ。  こんな短期間によくぞここまで風太を育てあげてくれた。  感謝!! 「ご住職さまにも教えていただきました。とても大切なことを」 「どんなことだ?」 「それはですね、誕生日は祝ってもらうだけじゃなく感謝する日でもあると……だから僕は、この僕を好きになってくれた菅野くんに喜んでもらいたいと考えました。僕達がもっと仲良くなる一歩を。それはまずお名前です。僕を風太と呼んでくれるのに、いつまでも菅野くんでは歩み寄れません」  不思議なことを言うんだな。 『誕生日は感謝する日』  そんなこと初めて聞いた。  誕生日は親や親しい人から祝ってもらる自分だけの特別な日だ。プレゼントをもらったり、ケーキを買ってもらたり、いろいろ周りからしてもらえる受け身な日だと思っていた。 「良介くん……僕も最初はご住職さまの仰ることがよく理解出来ませんでした。するとこう教えて下さいましたよ」 …… 「小森くん、誕生日は感謝する日なんだよ。小森くんが生まれた日はお父さんとお母さんが頑張った日なんだよ。それを忘れてはいけないよ。この世に自分が、どうして、どうやって生まれてきたのかを……」 …… 「なるほど、そうか……もっともなことなのに、忘れがちだな」 「はい。そこで僕はお母さんに電話してみました」  へぇ、最近風太の口から「お母さん」という言葉が頻繁に出る。  いい傾向だな。 …… 「お母さん、僕ですよ」 「まぁ風太なの? 嬉しいわ。もうすぐお誕生日ね」 「そのことですが、僕が生まれた日のことを教えてくれますか」 「まぁ、どうしたの?」 「知りたいのです。どうやって僕がこの世に生まれてきたのか」 「あなたは丸二日かかってやっと生まれてきたのよ。破水から始まったのに陣痛がなかなか来なくて、でもお腹はずっと痛くて死にそうだったわ」 「死にそうな思いをして生んでくれたのですか」 「お産は命がけよ。でもあなたに会いたかったから頑張れたの」 「お母さん、ありがとうございます」 「まぁ、ふうちゃんってば」 「ふうちゃん?」 「小さいころの呼び名よ。可愛いでしょ」 「とってもかわいいです。ああのあの、お父さんも大変でしたか」 「もちろんよ。何も出来なくて無力だと嘆きながら、私の腰をずっと揉んでくれて、ふうちゃんがこの世に生まれた時は一緒に泣いてくれたわ」 ……  風太の話に感動してしまった。  俺は風太とずっと一緒に生きていきたい。    だから出産や親になることは縁遠いだろうが、俺にも親がいる。  今こそ、親に感謝する時なのかもな。 「風太、俺も両親に聞いてみるよ。俺が生まれた日はどんな日だったのか。どうやって生まれてきたのかを知りたいんだ」 「最近……ずっと遠い存在だと思っていたお父さんとお母さんが近く感じます。感謝したらもっともっと近く」 「風太をこの世に生んでくれたお父さんとお母さん、俺も大事にしたいよ」  なんだかプロポーズみたいなことを口走っているぞ。  照れ臭いが、あんこの話だけでなく、こんな深い話も出来るようになって嬉しいよ。 「そうだ! 良介くん、僕……実は今日のために、とっておきの物を持ってきたんです。正確には流師匠から僕たちに役立つから持って行けと言われまして」 「え? なんだろう」  流さんオススメ?  恋の師匠の流さんからの役立つって、も、もしかして、まさか。  いや、考え過ぎか。  でも向こうも今日、俺たちが初めてだって知っているし……  まさかまた役所に届ける書類とかじゃないよな?    ぬか喜びにならないように確認せねば! 「それは夜、使う物なのか」 「もちろん使いますよ。鞄に入っているんです。見ますか」 「え?」  なんだか具体的には分からないが、どうやら俺と風太の初夜に役立つものらしい。  じゅ、潤滑油?  それとも大人のおもちゃの類いか。  初心者向けにもいろいろあるとは聞いた。  誰から教えてもらったかって?    それはあのお盆の月影寺で、洋くんが妖しい微笑みと共に……  彼、あんなに綺麗な顔で、案外際どい発言をするんだよな。  照れまくったが、まさか俺が使うことになるとは!  喉がごくんと鳴る。 「じゃーん、これですよう!」 「……なんだ……双眼鏡じゃないか」 「えへへ。これはすごいんですよ。遠くがよく見えるのです。さぁ海を見ましょう」  風太がすくっと立って双眼鏡を覗く。  真顔であちこち覗いている。 「おーい、何を探しているのか」 「いませんねぇ」 「何がいないんだ?」 「たいやきくんですよ」 「はぁ?」  まさか……泳げ……たいやきくん……? 「お腹にあんこちゃんがどっさり入った鯛がいるそうです。見つけたいですねぇ」  至って真面目、大真面目な風太が可愛いよ! 「くくっ、そうでなくちゃ、風太じゃないよな」 「なにか言いましたか。見つけたら釣り上げて良介くんに捧げますね」 「待ってるよ、待っている間に、ここが欲しいな」  冗談めかして風太の唇をトンっと指先でノックすると…… 「良介くん」  風太はニコッと微笑んで、むぎゅっと唇を押しつけてくれた。 「わ!」  周囲には人はいなかった。  みんなランチ付きの乗船を選んでいるから当然か。  俺たちはこの後『あんこパンマンミュージアム』で食事をするので、ここでは食事なしだ。    だからこの時間、甲板は貸し切りだ。 「甘いですね。キスって甘いです」 「あぁ、もう一度、もう一度してくれないいあ」 「もちろんですよ。良介くーん、大好きですよぅ」  甘い、甘い、甘いキス。  あんこより甘いキスが何度もやってくる。  あぁ、満ち足りた気持ちだ。  好きって気持ちが膨らんでいく。  風太のことをもっと知りたくなる。  全てを見せて欲しくなる。  

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