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秋陽の中 19

「そろそろ店仕舞いするか」  気がついたらもう夜空には、大きな月が昇っていた。 「まん丸だな」  今宵は中秋の名月なので、すすきを使ったお月見アレンジメントを作ったら飛ぶように売れた。  瑞樹のアドバイスが良かった。  瑞樹とは定期的に電話でしゃべっている。  俺はスマホで文字を打つのが苦手で、瑞樹はそういうことも全部分かってくれて、たまに夜遅くにさり気なく電話をくれる。  こんなにまめで可愛い弟は滅多にいないよ。    一番下の弟、潤ももちろん可愛いが、瑞樹は更に可愛い。  すまんな、潤。だが、そういうお前だって同じことを思っているのだろう?    俺と潤は十歳も年が離れている。  そこを瑞樹が上手に中継してくれる。  瑞樹がいるから、バランスが取れている。  世の中の三兄弟って、きっと似たり寄ったりなんだろうな。  瑞樹の言葉を反芻した。 …… 「兄さん元気?」 「おぅ、瑞樹こそ元気か」 「うん、とても穏やかな日々を送っているよ。お店はどう?」 「秋のお彼岸が終わったばかりだから、今は暇だなぁ」  毎年のことなので仕方ないと思っていたが、最近の瑞樹は積極的に自分の考えを伝えてくれる。 「じゃあ広樹兄さんのお店でも、お月見にちなんだアレンジメントを売り出すのはどうかな? 月光のように淡いイエローのガーベラを仕入れて、月に見立てると面白いかなって」 「へぇ、なるほど。そうだな、せっかく月が綺麗な季節だ。すすきだけでなく、アレンジメントをお供えしてもらえたらいいな」 「うん! 兄さんになら絶対に出来るよ」  くぅ、可愛いことを。  そんなこと言われたら頑張りたくなるだろう。 「優美ちゃんは元気?」 「あぁ、お花が大好きな女の子だよ」 「華やかなだね」 「瑞樹も華やかだったぞ」 「え? いやだなぁ、兄さんは……もう」  高校時代、ニキビなんて一つもないすべすべな肌で、恥ずかしそうに俯く頬は薔薇色で可愛かった。  もちろん今もだ。  宗吾と出逢って、明るくなった。  芽生坊と出逢って、元気になった。  二人に出逢って、幸せになった。 「兄さんのアレンジメント、きっと素敵で喜ばれるよ。頑張ってね。応援しているよ」 「あぁ、俄然ヤル気が出たぞー」 「ふふ、お兄ちゃんのヤル気、こっちにまで届くよ」  甘えた声、可愛い声。  まるですぐ傍にいるように感じる。  東京と函館と距離はあるのに、心が近いからそう感じるんだ。 …… 「さてと、俺も戻ろう」  シャッターを下ろし、リビングに戻る。  手にはみっちゃんと優美のために作った『お月見のアレンジメント』を持って。 「これ、二人のために作ったんだ」 「わぁ、ガーベラがお月様みたいね。ヒロくんもお疲れ様。さっきね優美とお団子丸めていたの」 「おぉ、優美がそんなこと出来るようになったのか」 「粘土遊びだと思ってるわ」 「うれしいな、綺麗な奥さんと可愛い娘の手作りお団子か」  丸い白い団子を、ピラミッドのように積み重ねていた。 「へぇ、こんな風にするのか」 「これはみーくんがいる関東風よ」 「おぉ! 瑞樹と同じものか」 「ふふ、喜んでもらえた?」 「あ、悪いな……相変わらずのブラコンで」 「それも含めてヒロくんだわ」 「へへ」  家族で月を見上げた。  北国の月は清かに輝いていた。  同じ月を、俺の弟たちも見上げているのだろう。  そう思うと、心が和む。  弟たちは遠くにいるが、同じ物を見ることが出来る。  月までの距離は果てしないが、弟たちへの心の距離はとても近い。 **** 「良介くん、僕、実は賞をもらうの、生まれて初めてです」  賞品の入った大きな袋を抱きしめ、風太が涙ぐんでいる。  いつもぽわんとしている風太だが、旅行中はどこか涙もろく感情が揺れているようだ。  もしかして、緊張しているのか。  夜まで、まだまだ時間がある。  もっと心を解してやりたいな。  やっぱりこの後元町あんこストリートを予定して正解だな。  宗吾さんの企画力、やっぱり半端ないな。 「風太、それ開けてみたら?」 「え? いいんですか」 「それは風太のものだよ」 「は、はい!」  袋の中から出てきたのは…… 「わぁ、これ、これ!」  風太が取り出したのは、なんとお茶屋さんの看板息子のような衣装だった。  小豆色の着物にお団子柄の前掛け。  まるで風太のために誂えたかのような衣装だ。 「せっかくだから、これを着て元町あんこストリートを歩かないか?」 「なんと、なんと! そうしてもよろしいのですか」 「それは風太が自分の力で手に入れたものだ。みんなに祝福されて賞をもらったんだ、もっと自信を持っていいよ」 「はい、はい……皆さんお優しかったですね。あんこ好きの僕を受け入れてくれましたね。実は中学までは、周囲から奇妙な目で見られていたのですよ。そんな僕のあんこ好きを初めて認めて下さったのは、月影寺の翠さんと流さんでした。そして良介くんは……なんと一緒にあんこ屋さん巡りまで……あぁ、こんなに幸せでいいんでしょうか」  自分の頬を抓るこもりん。  そうか……風太はそんな風に寂しい思いや悲しい思いをしていたのか。  旅行に来て良かった。  風太が自分の過去をちゃんと語ってくれる。 「よーし、こっちだ」 「はい!」  風太をあんこパンマンミュージアムの売店に設置されている試着室に連れて行った。 「ここで着替えるんだよ」 「はい! 待っていて下さいね」 「ずっと傍にいるよ。だから……」  試着室の中は広く、大人が二人で余裕で入れる。  だから俺も一緒に入って、風太の身体をすっぽりと抱きしめてやった。 「いいか、よく聞いてくれ。風太にはもう俺がいるから寂しくない。俺もどんどん、あんこが好きになる! だからあんこ街道をまっしぐらでもいいよ。追いかけるから」 「なんと! 僕、あんこに負けないように、魅力を磨きますよぅ」 「あ? あぁ、そうか。そうだな。あんこ以上に甘くなって欲しいな」  額にチュッとキスをすると、風太が俺を見上げる。  クリクリと好奇心旺盛な瞳が輝いている。 「良介くんが大好きすぎて、くっついていたくなります。おもちみたいに」  ふわりと抱きついて、また風太からのキスを受ける。  だから俺は風太の顎を掴んで、もっと甘いキスをお返しする。 「あ……ふわぁ……はぁ……」  このままベッドに押し倒せる雰囲気だ。  ここが試着室なのが惜しいと思えるほど、可愛い声が聞こえた。  俺たちきっと今日こそ行けそうだ。  今宵、二人で天国に――  団子屋の看板息子のような出で立ちの風太と手を繋いで、元町を闊歩した。  薄皮のきんつばに、豆大福、どらやき、おはぎと食べ歩き。 「美味しいですね」 「こっちも美味しいぞ」 「はい! もぐもぐ」  あんこは正義、あんこは平和。  あんこは幸せの塊だ。  風太と食べるあんこは甘くて美味しくて、幸せがぎっしり詰まっている。  「良介くん、つぎはあっちに行きましょう」  看板息子風の風太が愛くるしくて、このままおはぎの入っていた曲げわっぱに入れて、お持ち帰りしたくなった。    その衣装、脱がしやすそうだ。  ついそんなこと考えて、ごっくんと生唾が。 「おぉ、良介くんはお目が高いですね」 「え?」 「あっちのお店のあんこは絶品らしいですよ。いざ出陣ー!」  店の暖簾には『花よりあんこ』    いやいや、俺は『あんこより風太』だ!  と叫びたくなった。  これもまた珍道中、楽しい旅の思い出になる。

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