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秋色日和 37

 いっくんと遊んでいるうちに、日が暮れてきた。  この手狭なアパートに、いつまでもくまのように図体のでかい俺がいては、むさ苦しいだろう。 「そろそろ帰るよ」 「父さん、また来て下さい」 「あぁ、何度でも来るよ。潤、引っ越し上手くいくといいな。いい物件が見つかるといいな。困ったことがあったら俺たちにちゃんと相談するんだぞ。一人で困っている時間は勿体ないからな」 「はい、父さんに必ず相談します。ありがとうございます」 「よし、頑張れ!」  3人目の息子にエールを送った。  応援できる人、励ませる人が、この世にいるって幸せだな。  俺たちも一緒に頑張れる。  玄関でしゃがんで靴紐を結んでいると、ぴたっと背中に温もりを感じた。 「ぐすっ、ぐすっ……」  あぁ、濡れた声がする。  いっくんが俺の背中にくっついて泣いているのだ。 「ほんとに、もう……かえっちゃうの、おじーちゃん」 「いっくん、またくるよ」 「ん……ぐすっ、ないたらね、いけないんだけどね、でもね、いっくん、しゅごくさみしいの」 「いっくん、素直な気持ちを教えてくれてありがとう」  俺は振り返って泣きじゃくるいっくんを、もう一度だけ抱きしめてやった。  この小ささが愛おしい。 「おじいちゃんもおばあちゃんも、いっくんにあえてうれしかったよ。また来るよ。そうだ、今度は北海道にも遊びにおいで」 「うん、うん、おじいちゃーん、おばーちゃん、いっくんね、ほんとうにうれちかったよ。またきてね。ゆびきりしてぇ」 「ははっ、しよう、しよう」  折れそうな細い小指に、約束をした。  この場から離れるのが名残惜しいのは、さっちゃんも一緒だった。  新幹線の中で、さっちゃんがポロポロと泣いてしまった。 「ど、どうした?」 「私……今、幸せ過ぎて……私が泣いたら潤がびっくりすると思って我慢してたのよ」  きっと、さっちゃんはずっと泣けなかったのだろう。  泣いている場合ではなかったのだ。  もう泣いてもいいのに、潤の前でも。  数年前までの潤の様子は、俺は実際に見たわけではないので分からないが、相当やんちゃだったようで、さっちゃんと二人の兄を散々困らせたとも……  だからその時の癖が抜けないのかもしれないな。 「今の潤を君もしっかり見ただろう?」 「えぇ、えぇ……あの子あんなにしっかりしていたかしら? いっくんの最高のパパで、すみれさんの優しいダンナさんで、まきくんにそっくりで……もうなんと言っていいのか……」 「もっと信頼してあげればいいのさ。潤が一番喜ぶことはそれだ」 「そうね、私、強がる癖が抜けなくて……もう大丈夫なのね」  そっと肩を抱いてやる。  手を繋いでやる。 「もう大丈夫だ。それにさっちゃんには俺がいるだろ?」 「勇大さん……」  新幹線は一路東京へ。 「銀座で買い物をしよう。さっちゃんにも何か買いたいな」 「勇大さんって不思議な人」 「ん?」 「山奥のくまさんだと思ったのに都会にも詳しくて……」 「元々は……東京で生まれ育ったんだよ」 「え?」 「俺も両親が早く死んだから、函館の祖父と暮らすようになったんだ」 「そうだったの?」  まぁ、遠い昔の話だ。  もうあまり記憶には残っていないことだが、銀座という街だけは馴染みがあるのは何故だろう? 「なんて、格好つけたかったんだ、さっちゃんの前だからさ」 「なんだか、私ご機嫌になってきたわ」 「それが一番だ、上機嫌でいれば、いいことが回ってくるさ」 ****    今年の小学校の運動会も、無事に閉会した。 「そろそろ芽生がここに戻ってくるな」  兄さんがそわそわし出す。 「そうですね。一緒に帰れるから」 「よし、ご褒美を準備せねば」  兄さんの鞄がパンパンなのは、去年からだ。 「去年喜んでもらったから、張り切ってしまったよ」 「兄さん、いい感じだな」 「ん?」 「張り切った兄さんって、いい感じだ」 「そ、そうか」  照れ臭そうにまた眼鏡を端を指で上下する様子が、兄なのに可愛いと思ってしまった。  さてと、来たな。  芽生が頬を染めて、こちらに向かって駆けてくる。 「おじさーん、終わったよぅ」  兄さんがニヤッと笑って、大きな白い袋をサッと取り出した。  ははっ、これは毎年恒例になるな。  芽生には、もう、そうなっている。  兄さんも優しくて温かい家族の思い出を作れる人になった。  俺も負けられないな。     

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