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秋色日和 38

「コホン、芽生、よく頑張ったな」 「おじさん、ボク、おもいっきりがんばったよ」 「あぁ、私にもしっかり伝わってきた。さぁこれはご褒美だぞ」 「わぁ、ボク、ずっと楽しみにしていたの。おじさん、今年もありがとう!」  去年より背が少し伸びた芽生が全力を出し切った満足げな笑顔で、兄さんから大きな白い袋を受け取った。  その一部始終が、映画のワンシーンのように感動的だった。  兄さんがサンタに見えるぞ。  逆光のせいか、思わず目を細めてしまう程の眩しい世界だ。  あぁ、いい光景だ。  去年と同じ会話が、目の前で繰り広げられている。  そのことが、今日はしみじみと嬉しかった。  優しい世界が今も変わらないでいてくれる幸せを、しみじみと噛みしめていた。  人は時に些細なことでいがみ合って、それまでせっかく築き上げてきた関係を呆気なく壊して決別してしまうことがある。兄弟でも友人でも親子でも起こりうることだ。  俺も何度かそういう目に遭った。もちろん相手が悪いのではなく、きっかけを作ったり、折り合いをつけられなかった俺にも非がある。  お互いは歩み寄るのではなく、離れて行く状態さ、寂しいよな。  本当に人間関係は時に難しい。  だから思うんだ。  今、目の前に広がる優しい世界を大切にしたいと。  これは瑞樹と過ごすようになって学んだこと。  彼は大切な家族を失った経験から、新しい人間関係を築くことに臆病になっていた。だが本当の君は人に愛され、人を心から深く愛すことが出来る人。  そんな君を『ひとたらし』と表現するのは、聞こえが悪いのだろうか。  瑞樹は、いつも優しい笑顔で人と接し、周囲への細やかな気遣いが出来て、優しく頷いて相手の話を聞ける聞き上手だ。  彼のチャームポイントはあげたらきりがないが、とにかく相手の固く閉ざした心を開かせる力を持っている。  それから相手によって態度を変えないのもいい。    そんな君だから芽生も懐き、母さんは我が子のように可愛がり、堅物の兄さんの心だって解してくれたんだ。  鋭い兄さんはもう気づいているようだが、瑞樹は本当に魅力的な男なんだ。  強さで靡かせるのではなく優しさで靡かせるのだから、やっぱり人たらしだよ。  そんな君に、俺はぞっこんだ。  おっと、この表現は古いか。 俺、離婚してから母さんと話す機会が増えたせいか、古くさい言い回しの影響を受けまくりだ。  芽生も然りだ。でも『おばあちゃんっ子』っていいよな。いろんな言葉を知るのは、けっして悪いことじゃない。 「宗吾、いい顔をしているわね」 「母さん、今年も来てくれてありがとう」 「こちらこそありがとう。宗吾の家族にはいい影響をもらっているわ」 「そうかな?」 「ねぇ宗吾、今日もしみじみと思ったけれども、瑞樹って本当にいい子ね。あんなにいい子と巡り逢えて、あなたは幸せね」 「あぁその通り、俺は今、最高に幸せだよ」 「私も憲吾も同じ気持ちよ、改めてありがとう」  母さんと並んで、芽生と兄さんが話す様子を見つめた。今日のリレーや徒競走、ダンスの寸評なのか、兄さんが細かく解説しながら褒めている。ははっ、兄さんらしいな。    瑞樹は嬉しそうに目を細めて、一眼レフでその光景を撮影していた。  まるで雲の上の家族に見せるかのように夢中だ。  きっと伝わるよ。  瑞樹が嬉しければ、いい風が吹く。  爽やかな風は天高く舞い上がり、俺たちの感動を届けてくれるだろう。  そんなロマンチックな妄想が出来るようになったのも、全部君の影響だ。 「宗吾さん、お疲れ様です」  はにかむような瑞樹特有の笑顔が眩しくて、俺は手で写真を撮るジェスチャーをした。  すると、瑞樹はくすぐったそうに笑う。 「自分が撮られるのは慣れていませんよ」 「んなことない。お父さんが言っていたぞ。皆、ちっこい君を撮影するのに夢中だったと」 「え? そうなんですか。そ、それは赤ちゃんの時の話ですから」  照れまくる様子が可愛くて、俺は瑞樹のカメラを取り上げてシャッターを構えた。  あの日、君はこのファインダー越しに、俺を見つけてくれた。  今日は俺が君を撮ろう。  そして雲の上の家族に届けよう。  あなたちの息子の笑顔を―― **** 「芽生くん、そろそろ帰るよ」 「お兄ちゃん、ちょっと待ってね」 「ん?」  芽生くんは自分のリュックから何かを取り出した。  お気に入りの巾着に、何を詰めてきたのかな? 「あのね、今日はボクから贈り物があるんだよ」 「なんだろう?」 「なんだ、なんだ?」 「えへへ、メダルなの。ボクの運動会に来てくれて、いっぱい応援してくれてありがとうのメダルだよ!」  芽生くん、いつの間に。  厚紙でメダルを作り、リボンをテープでとめて首にかけられるようにしていた。  あ、あのリボン。  この前100均で買ってあげたものだ。  「何に使うのかはナイショだよ」と言っていたが、これだったのか。 「おばーちゃん、ずっと見てくれて、いっぱい応援してくれてありがとう」 「まぁ芽生ってば」  母さんは少し涙ぐんでいた。 「けんごおじさん、ご褒美をありがとう。おじさんのカエル跳びかっこよかったよ! 「そ、そうか。照れ臭いな」  兄さんはポーカーフェイスを必死に保とうと努力していたが、デレデレだ。 「おばさんとあーちゃん、来てくれてありがとう。あーちゃんの運動会はいつかな。ボク、応援にいくね」 「まぁ、ありがとう。幼稚園はまだ再来年よ」 「もうすぐだよ」 「そうね」  美智さんとあーちゃんにはお花の形のメダルだった。  可愛いなぁ。  そして僕たちの所にやってきてくれた。 「パパ、お兄ちゃん、今年もおいしいお弁当を作ってくれてありがとう。いっぱい応援してくれて元気でたよ。二人とも大好きだよ」  ハート型のメダルをかけてもらって、宗吾さんと破顔した。 「よく考えたな」 「これね、実はいっくんと相談したんだ」 「え? いっくんと」 「うん、いっくんがありがとうのおみやげわたしたいっていうから、考えてあげたの」 「そうだったんだ。じゃあ今頃、軽井沢でも」 「えっとね、くまさんのはつくれたみたいだよ。でもいっくんはいっぱいつくるのむずかしいから、パパとママとまきくんには、ぎゅっとするんだって」  いっくんが甘えた顔で両親や弟にくっつく様子を想像して、ほっこりした。 電話でナイショ話をしていたのは、この計画だっただね。 「あのね、お兄ちゃん」 「どうしたの?」 「おうちに帰ったら、ボクもしてあげるよ」 「えっ、いいの?」 「うん、お家にかえったら……してもいい?」 「もちろんだよ」  まだまだ可愛い芽生くんだ。  運動会、本当にお疲れ様。  きっと家に帰ったら、どっと疲れが出るだろうね。  今日は早く眠ろうね。  僕たちくっついてギュッとして――

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