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秋色日和 40

前置き こんにちは、志生帆 海です。 大変お待たせ致しました。実に約20日ぶりの更新になります。 3月10日の春庭で発刊予定の『幸せな存在』5周年記念本の原稿集中のため、『幸せな存在』の定期更新をお休みさせていただきました。尚、他サイトになりますが……エッセイhttps://estar.jp/novels/25768518 では、お休み期間もコメディタッチの小話などは書いていました。『月影寺との桃尻話』よかったら辿ってみて下さいね。エッセイでは今後、同人誌情報なども都度開示していきます。2月上旬にはBOOTHを開いて予約を受け付ける予定です。 昨日でようやく原稿脱稿への目処が立ったので、今日からまた再開させていただきます。 この作品は日常に散らばる小さな幸せを拾い集めていく癒やしの物語です。『幸せな存在』小学生編は、大きな事件や出来事はあまり起こらないので、時に単調になったり、同じテーマの繰り返しになることもありますが、1話1話丁寧に綴っています。 毎日のように更新を続けられのは、読んでくださる方の存在のおかげです。いつもペコメやスタンプで嬉しい反応を、スターで糧になる応援をありがとうございます! 今日は久しぶりなのでウォーミングアップになります。またコツコツ頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします。 前置き長くなり申し訳ありません。 では本編です。 **** 「さぁ、中へどうぞ」 「入ってもいいのか。君たちの寝室なのに?」 「もちろんですよ。お二人は瑞樹のご両親なんですから」 「そうか、ありがとう」  宗吾くんに促されて、さっちゃんと一緒に家族の寝室に入らせてもらった。  中央にドンと置かれたキングサイズのベッドで、ペパーミント色のパジャマ姿に包まれたみーくんがスヤスヤと丸まって眠っていた。  忍び足でそっと顔を覗き混むと、安心しきった寝顔だったので安堵した。  みーくんはもう30歳になったというのに10歳は若く見える。可憐で愛らしい顔立ちの寝顔には、赤ちゃんの頃の面影が残っていて、懐かしさがグッと込み上げてきた。 「ねぇ、勇大さん、起こすのが躊躇われるほど可愛い寝顔よね」 「あぁ、本当に可愛い子だ。よし、さっちゃん、先にあれを」 「そうね」  俺たちは暗黙の了解で頷きあった。  ここにやってきたのには理由がある。  みーくんに、時を駆け抜けた虹色のフラッグを届けたくて。  みーくんが生まれた時に部屋に飾ってあったスタイを模した、色のフラッグを、なんと、さっちゃんが作ってくれたんだよ。  俺たちは、それを届けに来たんだと。 「そーっとだな」 「えぇ、そーっとね」  寝室の壁の端から端へ七色のフラッグを連ねたガーランドを設置した。  みーくんが目覚めたらすぐに目に入る場所を選んで。  あぁ、ここは、まるで大沼の君の生家のようだ。   懐かしい澄子さんと大樹さんの気配をすぐ近くに感じる。もうこの世では会えないはずなのに。  あの日大樹さんと肩を並べて見守ったベビーベッドの写真はないが、俺の脳裏の記憶は鮮明だ。  いいか、よく聞け。  みーくん、君はもう一人じゃない。  地上では君を愛す人に囲まれ、雲の上の両親からも見守られている。  そんな想いを込めて見つめていると、みーくんが寝返りを打った。  そろそろ起きそうだな。  まずは虹色のフラッグを見つけて欲しくて視界から姿を消し、その反応を見守った。  長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開く。    目覚めの瞬間に立ち会えて嬉しいよ。  みーくんはしばらくぼんやりして、焦点を合わせているようだった。    やがてはっと驚いた表情を浮かべた。 「えっ……」 ****  目覚めると何かカラフルなものが見えた。  ぼんやりした視界に飛び込んできたのは、七色のフラッグだった。  あんな物、家にあったかな?  それとも僕はまだ運動会の夢の中なのかな?  さっきまで見ていた夢を反芻した。  夢の中で僕は小さな子供だった。体操服のゼッケンには4-1と書いてあり、僕はリレーの選手として小学校の校庭を全速力で走っていた。 「頑張れ! 瑞樹」 「瑞樹、ファイト」  あっ、またお父さんとお母さんの声が聞こえる。  声はもう二度と思い出せないと思っていたのに、今日は鮮明に届く。  でも振り返らないで、バトンを繋ぐためにそのまま走り抜けた。  無事に上級生にバトンを渡して、息を整えた。 「瑞樹、上を、空を見上げてご覧!」 「お父さん……?」  お父さんの声がする。  この声はくまさん、僕の二人目のお父さんの声だ。 「あっ、虹色のフラッグがある!」 思わず叫ぶと、至近距離で僕の顔を覗き込んでいたくまさんと目が合った。 「みーくん、おはよう」 「えっ……お父さん! それにお母さんまで……軽井沢にいるんじゃ?」 「今日は、みーくんに会いに来たのさ」 「……僕に? どうして?」 「俺たちの息子なんだから、会いたくなるに決まっているだろう」  なんて、なんて、甘くてふわふわとした言葉のなのか。  もう僕は……30歳を過ぎた大人なのに、子供みたいにくまさんの広くて大きな背中にくっついてしまった。 「ははっ、そう来るか。みーくんといっくんやっぱりは似てるな」 「嬉しくて……お父さん会いたかったです。お母さんも会いたかったです」  ホームシックなのかな? 切ないくらい恋しくなってしまった。 「瑞樹、素敵なエピソードを勇大さんから聞いて、お母さん、虹色のフラッグを作ってみたのよ。どうかしら?」 「素敵です。あの……なんだか懐かしくて……いつか見たような気がしてます」 「そうか、今日はみーくんに澄子さんからのメッセージを伝えに来たんだ」 …… 昔から『虹は幸せのしるし』と言うし、私は『No rain, no rainbow』という言葉が好きよ。出産は終わりではなく始まりよ。生きていると色んな事があるでしょう。もしもこの子が困難にぶつかってしまっても、どうか希望の光を探して前に歩んで欲しくて……この子の誕生のお祝いに七色の虹のスタイを作ってあげようと思うの。 ……  くまさんから伝えられた母の言葉は、まさに今の僕への餞のようなメッセージだった。 「みーくんが生まれた時、ベビーベッドの周りにはスタイがフラッグのように飾られ虹が架かったようだった。その下でみーくんは澄子さんに添い寝してもらっていた。その神々しい光景を大樹さんと目に焼き付けたのさ。いつかみーくんに伝えようと、大樹さんと約束していたのさ」 「そうだったのですね。あの、一つだけ気になって……」 「なんだい?」 「あの……オレンジ色のフラッグだけ形が少し違って、色もかすれていませんか」  指さして改めてオレンジ色のフラッグを見つめて、はっとした。  まさか、まさか。 「あれって……フラッグじゃなくて……スタイですか。赤ちゃんの」 「そうだ、みーくんのスタイだ。澄子さんの手作りのスタイが時を超えてやってきたのさ」  母の手作り?  僕が生まれる日を待ち望んで作ってくれたものが現存するなんて――  瑞樹は泣いてばかりと言われるかもしれないが、やっぱり嬉しくて、涙で視界が滲んでしまった。  手を伸ばすと、お父さんがフラッグからオレンジ色のスタイを外して、 渡してくれた。  もうだいぶ色褪せていたが、確かな愛がそこにはギュッと詰まっていた。  

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