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秋色日和 41

「これは、みーくんのものだよ。最近になって、このスタイのことを思い出したんだ」 「嬉しいです。僕には……こういうものは、もう存在しないと思っていたので」 「良かった。一つでも残っていて……沢山あったんだ。澄子さんは、みーくんをお腹に宿していた間、ずっと君のことばかり考えていたからね。みーくんはみんなの待望の赤ちゃんだった。俺にとってもね」  滲む視界の向こうは、もう暗黒ではない。  暖かい日だまりの世界だ。  僕が愛し、僕を愛してくれる人の笑顔が見える。  気づくと……宗吾さんと芽生くんが、僕を支えるように両脇に座ってくれていた。 「瑞樹、良かったな」 「お兄ちゃん、よかったね。これ、お兄ちゃんが赤ちゃんの時のなんだね。そっかぁ、お兄ちゃんも、こんなに小さかったんだね」 「うん、これ……お兄ちゃんが生まれた時のものなんだよ」  これを母はどんな気持ちで用意したのか。  きっとお腹の中にいる僕に話しかけながら作ってくれたのだろう。    色褪せたスタイを通して、僕は母の愛をしみじみと受け取った。    宗吾さんが、お父さんとお母さんをリビングに誘導する。 「お父さんとお母さん、一緒に朝ご飯を食べませんか」 「ありがとう。実は朝食まだなんだ。なんだか、同じ東京にいると思うと待ちきれなくて、こんな朝から押しかけてすまんな」 「とんでもないです。瑞樹にとって最高のご褒美になりましたよ」 「そう言ってくれると心が軽くなるな。宗吾くんは心が広いいい男だ」 「ありがとうございます」  顔を洗うと、鏡の中の自分と目が合った。  薔薇色の頬は、僕が今どんなに幸せなのかを物語っている。  そのまま洋服に着替えてリビングルームに向かうと、くまさんと宗吾さんが お揃いのデニムのエプロンをつけてキッチンに立っていた。 「おぅ、瑞樹、今、ホットケーキを焼いているからな」 「みーくんは座ってろ」 「あ、あの、じゃあ洗濯物をやってきます 「みーずき、お母さんがやるから、あなたは座ってなさい」  ベランダにはお母さんと芽生くんがいて、芽生くんがせっせと渡す洗濯物を、お母さんがどんどん干していた。  ああぁぁ……それ宗吾さんのパンツ!  1枚、2枚、3枚も連続で……  昨日は単に運動会で汗をかいたからですよ!  そう叫びたくなったけど、それもまた変なので耳まで赤くなってしまった。  続いて僕のパンツも隣に干されていく。  ひぃ、恥ずかしい。  いや、ここで照れる方がもっと恥ずかしいか。 「みーくん、出来たぞ~」 「あ、はい!」  変な汗をかいていると、くまさんに呼ばれたのでキッチンを覗くと、くまの形のホットケーキが出来ていた。 「えぇ? そんな型なんてありました?」 「いや、こうやってやるのさ。フライパンにスプーンで生地をすくって、小さい丸を3つ落とし鼻の部分は爪楊枝で伸ばして顔をつくるんだ。更に鼻の部分が隠れるように少量の生地をかけて、あとは目と鼻の上に顔の輪郭部分を流して耳の部分を付けてひっくり返せば……ほら、どうだ?」 「すごい。ちゃんとくまに見えます」 「実はこれは澄子さんが考えたんだ。当時の大沼には洒落た物など売っていなかったし、ネットショップも今のように発達してなかったから、なんでも自分たちで工夫して、これはみーくんが喜ぶだろうと発案したのさ」 「そうだったのですか。そこまでは……ちょっと思い出せません」  残念ながら記憶にはなかった。  するとくまさんは快活に笑っていた。 「はは、それもそうだろう。みーくんが『くましゃんはたべちゃだめー』って可愛く泣いてさ、それでただの丸になったんだ」  なるほど、僕の記憶に丸いホットケーキしかないのは、そういうことか。 きっとそれほどまでに、僕はくまさんに懐いていたんだろうな。 「だけど、今日は復活してみた。澄子さんが何度も試行錯誤した可愛いくまだったからお披露目したくなった」 「はい、可愛いくまさんです」  そこに芽生くんがやってきて、目を輝かせていた。 「わぁー くまちゃんだ! おじいちゃん、すごい! すごい!」 「美味しそうです」 「よし、宗吾くん、あとは任せた」 「了解っす」 「そうだ、君には蜂蜜をまた持ってきたぞ」 「やった! あれは重宝していますよ」 「……ひとりで食べ過ぎはよくないぞ」 「ははっ、そうですね」  宗吾さんとくまさんが仲良く話す光景も、僕にとっては宝物だ。  ふとお母さんの優しい視線を感じた。  目が合うとニコッと幸せそうに笑ってくれた。 「瑞樹、幸せに暮らしているのね」 「お母さん……お母さんもすごく幸せそうです」 「うん、もったいないほど、大事にしてもらっているの」  苦労をかけた、苦労したお母さんだからこそ、幸せになって欲しかった。  見渡せば、部屋のあちこちで笑顔が浮かんでいた。  あぁ……僕はもうここから離れられない。  それほどまでに愛おしい時間、人、空間。 「お母さんが幸せだと僕も幸せです」 「それは私の台詞よ。瑞樹、あなたの幸せが私の幸せよ」 「お母さん、すべてを受け入れてくれてありがとうございます」 「息子ですもの、息子の幸せを願うのが母なのよ」 「お母さん、僕のお母さん……」  おやつには、お母さんの揚げたてドーナッツをみんなで食べて、お別れをした。  別れ際は、やっぱり少し寂しかった。  しょぼんとしていると、くまさんが頭をよしよしと撫でてくれた。 「みーくん、そろそろ大沼にも遊びにおいで」 「瑞樹、待ってるわ」 「えっ……でも」  玄関先で二人に抱き寄せられて、僕は猛烈に故郷が恋しくなった。  北国育ちの僕にとって、北の大地はやはり定期的に帰りたくなる場所なんだ。    すると宗吾さんが、僕の心をぐっと持ち上げてくれた。 「瑞樹、年末年始は大沼で過ごすのは、どうだ?」 「えっ……宗吾さん……でも……いいんですか」 「あぁ、俺も雪が恋しいよ」 「嬉しいです。僕も……雪が恋しいです」 「やった‼ おじいちゃんとおばあちゃんちにいけるんだね」  別れは寂しくない。  次の楽しみへのカウントダウンのスタートだと思えば。  今年の秋も充実していた。  宗吾さんと芽生くんと出会ってから、僕の日常は毎日ぽかぽかだ。  秋色日和という言葉はないが、そう名付けたいほど色鮮やかな日々だ。 「待っていて下さい。今度は僕が行きます」 「あぁ、楽しみにしているよ。もうすぐ11月、そしてあっという間に12月だ。楽しいクリスマスを東京の家族と過ごして、それからこっちにおいで」 「はい、そうします。お父さん、お母さん、本当に……本当にありがとうございます」  日々、感謝。  優しい言葉を交わし合って、次へつなげていこう。  この世で僕が結べたご縁を大切に過ごしていこう。  秋から冬へ、季節が巡っていく――  寒い冬も、僕にとっては小春日和。  今の僕には、家族がいるから――                         『秋色日和』 了 『秋色日和』も今日でおしまい。41話にもなりました。読んで下さってありがとうございます。明日からはクリスマスの物語になります。よろしくお願いします。  

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