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HAPPY HOLIDAYS 1
季節は駆け足で巡り、あっという間に秋から冬になっていた。
今日はもう12月20日だ。
あと5日でクリスマスを迎える。
今年はなかなか気温が下がらず12月に入ってもずっと暖かかったが、ここ数日でぐっと冷え込んできた。
日が暮れると吐く息も白く、身体が凍てついてくる。
僕はかじかむ手に、ふぅと息をかけた。
冬の寒さは北国育ちなので慣れているはずなのに、東京での生活も10年を超え、以前より寒さに弱くなった気がする。
花屋にとってこの時期は繁忙期の一つで、僕は連日有楽町駅近くの路面店の助っ人に入っている。
12月から年末まではクリスマスと年末の準備で忙しい。クリスマスシーズンに人気があるのはリースやスワッグなどの飾りなので、作り置きの準備のため12月に入ってからずっと残業が続いている。また年末はお正月に向けてのお飾りなどの販売準備もあり、ギリギリまでスケジュールは埋まっている。
年を重ねるごとに忙しさが増していくが、今年の年末年始は故郷、大沼で過ごせるので、それを励みに頑張っている。
「葉山くん、お客様の相手をして」
「はい!」
今日の僕の仕事はお客様のご希望のアレンジメントを、その場で作ることだ。今日だけでも一体何個のアレンジメントを作ったことか。流石に手が疲れてきた。仕事を上がれる19時まであと1時間、もう一息だ。
「いらっしゃいませ」
「あれ? 君は」
相手を見ると、とても仕立ての良いスーツに身を包んだ体格の良い男性だった。
「あ、桐生さん」
「へぇ、瑞樹くんとここで会えるなんて奇遇だな。あぁ、そうか君の職場は加々美花壇だったね」
彼は東銀座にあるテーラーの店主、桐生大河さんだ。
「はい、桐生さんのオーダーを受けられるなんて光栄です。どのようなものをお作りしましょうか」
「ありがとう。実は今日、弟の誕生日なんだ。だから真っ赤な薔薇でパッと飾れるアレンジメントを作ってくれないか」
「かしこまりました」
そうか、あの弟さんは12月生まれだったのか。
確かに彼には深紅の薔薇が良く似合う。
黒豹のようにしなやかで魅惑的な男性だから。
知った相手のアレンジメントを作ることになり、気合いが入った。
花も相手に寄り添うことで、魅力を増す。
「へぇ、瑞樹くんってそんな大人っぽい雰囲気のものも作れるのか。清楚で可憐なだけじゃないんだな。すごくいいぜ」
「ありがとうございます。弟さんのしなやかな雰囲気に寄り添ってみました」
「いいね。蓮は媚びないし靡かないから、こういう孤高の雰囲気がよく似合う」
褒めてもらえてほっとした。
「またいつでもスーツを作りにおいで。君みたいにスタイルの良い子にスーツを作るのは楽しいからね」
「ありがとうございます。また新調する時には、ぜひ」
彼を見送って、ふと思う。
いつか芽生くんにもスーツを作る時がやってくる。
大学入学、成人式、節目節目で、僕がスーツを購入してあげたいな。
芽生くんも来年には10歳になる。
10歳といえば1/2成人式だ。
月日が流れるのは早い。
今年はまだサンタさんを信じてくれているようだが、来年はどうだろう?
芽生くんには早く成長して欲しいような、いつまでもあどけない子供でいて欲しいような……これって、かなり幸せな悩みだな。
早く、サンタさんへのクリスマスプレゼントのリクエストを聞かないと、間に合わなくなるね。
よし! 今日こそ聞いてみよう。
帰り道は急ぎ足だ。
早く、一刻も早く、家に戻りたいから。
それほどまでに、僕の家は居心地がいい。
職場に戻り着替えていると、同期の菅野に声をかけられた。
菅野も同じくずっと出先だったので、お互いボロボロに疲れ果てていた。
「瑞樹ちゃん、お疲れー」
「菅野も今終わり?」
「あぁ、ようやくだよ。気をつけて帰れよ」
「うん、ありがとう。菅野もお疲れ様」
「お互い栄養補給しないとな。糖分が不足気味だ」
「くすっ、じゃあ、今日も可愛いあんこ君の所へ? 旅行以来ますます熱烈でいいね」
「まぁな、そのために風太の近くに引っ越したんだから。そういう瑞樹ちゃんだって愛の巣に戻るのが楽しみなくせに」
「うん!」
家に戻れるのは、連日20時を過ぎていた。
だから、この時期は必然的に宗吾さんに全部やってもらっている。芽生くんのお迎えから家事に夕食作りとやることは仕事以外にも山積みだ。
そのことが忍びないが、お互い出来る人が出来ることをやる。出来ない時は周りを頼ろうという暗黙のルールがあるので、申し訳ないという気持ちは伏せている。
玄関を開けると、パジャマ姿の芽生くんが走って出迎えてくれた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「芽生くん、ただいま」
芽生くんが目を閉じてくんくんしてくる。
なんだか、尻尾を振るワンちゃんみたいだな。
「くすっ、今日はなんだと思う?」
「このにおいは、えーっとバラ?」
「わ! 当たりだよ。だいぶ花の匂いを嗅ぎ分けられるようになったんだね」
「えへへ、すごい?」
「うん、すごいよ」
玄関先で喋っていると、黒いエプロンをした宗吾さんが顔を出してくれた。
「瑞樹、お帰り!」
「宗吾さん、ただいま」
「よーし、飯にするか」
「あれ? まだ食べてなかったんですか」
「あぁ、今日は先に風呂に入ったからな。今日は母さんがコロッケを差し入れてくれたから、一緒に食べようと思って」
「嬉しいです」
疲れて帰ってきても家族と会話が出来て、夕食を一緒に食べられる。
それだけで癒やされるよ。
今日も小さな幸せを見つけた。
こんな瞬間が僕の幸せだ。
その晩、芽生くんが僕と宗吾さんに白い封筒を渡してくれた。
「パパ、お兄ちゃん、これサンタさんにわたしてね」
「おぉ、プレゼントのリクエストか」
「うん、おそくなったけど間に合うかな」
「大丈夫だ。間に合わす!」
「あれ? パパが直接届けに行くの? ねぇねぇサンタさんってどこにいるの? 住所を教えてよー 切手をはらないと届かないよぅ」
「ええっと、おい、ちょっと落ちつけ」
流石の宗吾さんも鋭い質問攻めに、タジタジだ。
だんだん突っ込まれることが増えて、ばれてしまうのも時間の問題かもしれないが、それはそれでいい。
誰もが通り抜けた道だから。
芽生くんが経験する全てのことに意味がある。
そして僕たちはそんな芽生くんの成長を暖かく見守っていくよ。
あと5日でクリスマス。
僕の大切な家族にも、ハートフルなクリスマスがやってきますように。
心の中で故郷に思いを馳せ、芽生くんがすやすやと眠りにつくのを宗吾さんと見守った。
さぁ、今年のサンタさんへのリクエストはなんだろう?
宗吾さんと一緒に、渡された封筒をそっと開けてみた。
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