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HAPPY HOLIDAYS 3

 しんしんと降り積もる雪。  街へ食材の買い出しに行って戻ってくると、ログハウスの窓にオレンジ色の暖かい灯りが見えたので、目を細めた。  一人きりで世捨て人のように冬眠していた頃は、冬の間中ほとんど家に籠もっていた。だからこんな風に、凍てつく世界に佇むログハウスを客観的に見ることは殆どなかった。 「ただいま!」 「勇大さん、お帰りなさい。今日はクッキーを焼いたの。ホットミルクと一緒に食べましょうよ」 「お? 今日はチョコチップか」 「手を洗ってからよ」 「ははっ、さっちゃん、今日は何をしていた?」 「息子と孫にクリスマスプレゼントを用意していたの。子供達は1年でサイズアウトだし、息子たちは冬の間中愛用してくれるから、ボロボロになっていたわ」 「なるほぢ、今年もルームソックスだな」 「えぇ」 さっちゃんは窓辺のロッキングチェアに座って、編み物をするのが好きだ。  お菓子作りも編み物も得意で、正直こんなに家庭的な人だとは思わなかったので、新鮮な気分だ。 「暖炉に薪を足すよ、寒くないか」 「大丈夫よ。この家はとても暖かいわ」 「それは愛が満ちているからだな」  窓際の壁一面に、沢山の写真を飾っている。  写真フレームの中には、広樹たち家族、みーくんの家族、潤の家族。    そして、可愛い孫、いっくんと芽生坊の写真も大きく引き伸ばした。  それぞれの家族の愛が、写真から溢れてくるようだ。  みんな、いい笑顔だから。 「さっちゃん、クリスマス、俺と二人きりで寂しくないか」 「まぁ、何を言って? ここで勇大さんとゆったり過ごせるのが嬉しいわ。そうそう、広樹の所は、最近バイトを雇えるようになったそうよ。本当に新しい葉山フラワーショップが軌道に乗ってくれて良かったわ」 「……花に触れなくて、寂しくないか」 「愛に触れているから、寂しくなんてないわ。私は今とても幸せよ」  しんしんと降り積もる雪の中。  窓の外には雪化粧した木立が立ち並び、家の中には手作りのものが溢れている。  遠い昔に夢見た場所で、俺は今、過ごしている。 「さっちゃん、ありがとう」 「勇大さん、私こそありがとう」 「プレゼントの梱包を手伝うよ」 「えぇ、これは潤家族に……」 「おぉ、この白いのは槙くんの靴下か。豆粒みたいで可愛いな。いっくんのは、去年より確かに大きくなったな。そして、いっくんの好きな葉っぱ色は潤とお揃いか。で、菫さんはすみれ色だな」  靴下を並べると、家族の足跡のようで、彼らの賑やかな声が聞こえてくるようだ。 「こっちは広樹家族よ」 「広樹はミルクティー色で、みっちゃんはクリームイエロー、優美ちゃんはベビーピンクか。ここは、とても優しい色合いだな」 「広樹は本当に優しく包容力のある子だから」 「俺もそう思うよ。広樹のことが可愛くてしかたがないよ。ずっと、さっちゃんの支えになってくれて感謝している」  広樹は広い心を持った優しい男だ。  一番近くにいてくれるから心強いし、広樹にも、もっと甘えてもらいたいとも思っている。 「それで、これはみーくん家族にだな」 「まだ編みかけだけど、この家族はカラフルにしたくて」 「宗吾くんは何色だ?」 「宗吾さんは深いグリーンで、瑞樹はペパーミントグリーンよ。芽生はオレンジ。どうかしら?」 「イメージ通りだ」  こんな風に贈り物を準備し、クリスマスらしい包装紙で梱包していると、俺たちはまるで北国のサンタのような気分になってくる。 「クリスマスって、いいわよね」 「あぁ、楽しいな」 「みんなサンタさんね。お世話になった人へ、大切な人へ、いろんな所で、ギフトが飛び交っているのね」 「あぁ、世界中でな」 「ふふ、大人になっても夢見ることは出来るのね。私の脳内には小さなサンタさんでいっぱいよ」  ****  23日、お昼前に、芽生くんが元気なさそうな様子で学校から戻ってきた。  どうしたのかな? 目が少し赤いような…… 「……ただいま」 「どうしたの?」 「なんでもない」 「ん……暖かいココアを飲もうか」 「うん」  芽生くんにココアをいれてあげると、ふーふーしながら飲んでくれた。  少し心も解れてきたかな? 「……お兄ちゃん、あのね」 「ん? どうした」 「……ごめんなさい」 「どうして謝るの?」 「ボク……サンタさんにわがまま言っちゃった」 「え……?」 「この前のサンタさんへのお手紙……もう出しちゃった? あれ……取り消していい?」  どうしたんだろう?  犬を欲しがったことを後悔しているの?  子供らしい夢で、微笑ましかったのに。    もしかして……学校で何か言われたのかな?  ココアを飲み終えると……  重たい、重たい口を開いてくれた。 「あのね……おにいちゃんにだけ話すけど……サンタさんにはね『ワンちゃんがほしい』ってお願いしたの。でもね、学校で話したらみんなに言われちゃったんだ。ボクの家にペットなんて絶対に無理なんだって……お母さんがいないと、お散歩もお世話できないって。それにワンちゃんは生きものだから、サンタさんに簡単にお願いすることじゃないって……ボク、そんなつもりじゃなかったんだけど……とにかくごめんなさい。サンタさんを困らせちゃったよね。ボクは悪い子だよ」  芽生くんが、すごく落ち込んでいる。  ボクは芽生くんの横に座って肩を抱いてあげた。 「芽生くん、そんなことないよ。絶対にそんなことない」 「でも……とにかく……ごめんなさい」 「謝らなくていいんだよ」 「でも……お兄ちゃん……どうしよう」  芽生くんが目に涙をいっぱい溜めていて、切ないよ。 「……だって……悪い子には、サンタさん……こないんでしょう?」 「芽生くんは悪い子なんかじゃないよ。ボクの大事な可愛い芽生くんだ」 「ぐすっ、お兄ちゃん……だっこして」 「うん、おいで」 「ぐすっ、ぐすっ……」 ****  参ったな。  寝室から出られなくなってしまった。  芽生の悲しみに胸をえぐられた。  そうか、そんな風に取られてしまうものなのか。  お母さんがいないと駄目……  それは芽生にとって禁句だが、子供同士の世界は時に残酷だな。  相手に悪気があったわけではない。  素直な気持ちを直球でぶつけられただけだ。  母さん、こんな時どうする?  兄さん、こんな時どうする?  玲子と離婚したのは、俺の責任だ。なのに自力でどうしたらいいのか答えが見つけられず、迷走してしまう。  大きな溜息をついていると、瑞樹が寝室にそっと入ってきた。 「宗吾さん、あの……今日はみんなでお台場に行きませんか。お母さんや憲吾さんも誘って……元々みんなに見て欲しいものがあったので丁度いいかと……それに、みんなで寄りたい場所もあって」 「……そうだな。今日はそうしたい気分だよ」 「よかった。さっきの話……宗吾さんも聞いてましたよね。今回は正直……僕たちだけでは解決が難しいので……お母さんとお兄さんに相談してみませんか」 「瑞樹、ありがとう。君からそう言ってもらえるなんて……」  俺はつい意地を張って動けなかったのに……  瑞樹が俺をリードしてくれるのか。  いつの間にか、瑞樹は頼れる男になった。  そのことに心がぽかぽかしてきた。  よし、気持ちを切り替えて行こう。  クリスマスが、もうすぐやってくるのだから。    

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