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HAPPY HOLIDAYS 5

 僕の胸元に顔を埋めてしくしくと泣く芽生くんをギュッと抱きしめて、それからゆっくり優しく、何度も背中を撫でてあげた。     泣かないで。  元気を出して。  何かいい方法があるよ。  皆の力を合わせてみようよ。  僕たちはひとりじゃないのだから。  そう何度も唱えあげると、幼い頃、僕もこんな風に母の膝に乗って泣いたことを、ふと思い出した。  あぁ、そういうことか。  薄れゆく記憶を、芽生くんが留めてくれているのだ。僕は芽生くんを通して、大切な記憶を取り戻している。 「芽生くん、今から車でお出かけしようか」 「ぐすっ……どこに行くの? ぐすっ……」 「んー お兄ちゃんね、芽生くんに見て欲しいものがあるんだ。あと、おもちゃ屋さんにも行きたくて」 「お兄ちゃんの見てほしいもの、見たいな。おもちゃ屋さんって、あ、もしかして、いっくんにクリスマスプレゼントを選びに行くの? それならボクもお手伝いできるよ。だってボクはいっくんのお兄ちゃんだもん。いっくんが好きなもの何でも知ってるよ」  芽生くんの目が再びキラキラ輝き出した。 「ありがとう。それは頼もしいな。いっくんには、もちろんだけど、お兄ちゃんはね、芽生くんにクリスマスプレゼントを買ってあげたいんだ」 「わぁ、ほんとう? ボクにもいいの?」 「もちろんだよ!」 「わぁー うれしい」 「じゃあ支度しようね」 「うん! えへへ、泣いちゃったからお顔、洗ってくるね」  僕が思いついた事を宗吾さんに話すと快諾してくれた。     そんなわけで、僕たちは揃ってお台場にやってきた。  お台場の大型商業施設の1階に大きなトイショップがあるのを、甥っ子さんがいる菅野から教えてもらった。  店内は、それぞれの年代にあったおもちゃを買い求める親子連れでごった返していた。 「あのね、いっくんはね、かわいい色が好きなんだよ」 「なるほど、何が良いかな?」 「ブロックはどうかな? ボクが前にあげたのは赤ちゃん用だったよね。あれはまきくんにゆずって、いっくんにはもう少しだけ小さいのがいいかも。あ、これ! 『雲の上のお城』だって、いっくん好きそう」 「なるほど夢一杯だね。芽生くんは何がいいかな」 「うーん、ボクは……思い浮かばないなぁ……」  やっぱい、まだ犬の事が気になっているのかな?  いっくんのおもちゃは張り切って選んでくれたのに、急に声のトーンが下がってしまった。  これはやはりお母さんや憲吾さんに相談して、思い切って僕の考えも伝えてみよう。  ひとりじゃ出来ないことは、ふたりで。  ふたりで出来ないことは皆で解決しよう。  それがいつの間にか僕のスタンダードになっていた。  全部一人で抱えて我慢していた僕はもういない。 「瑞樹、兄さんたち遅いな」 「そうですね」 「電話してみるよ」  宗吾さんが電話すると、なんとペットショップにいるそうだ。そこはおもちゃを見た後、思い切って皆を誘って寄ってみようと思っていた場所だ。  急いで向かうと、お母さんが可愛いアプリコット色のトイプードルの子犬を抱っこしていた。  そこから、とんとん拍子で、お母さんの家で犬を飼うことになった。 「芽生、わんちゃんのお世話、沢山お手伝いしてくれる?」 「わぁ……する、するよ! おばあちゃん、約束するよ」 「一緒にお散歩も行ってくれる?」 「もちろんだよ」 「芽生、この犬はうちで飼うが、芽生の犬でもあるんだぞ。滝沢ファミリーの犬だ」 「憲吾おじさん、ほんと? みんなのわんちゃんなの?」 「そうだ。だから、芽生もしっかりトイプードルの育て方を学んでおいて欲しい」  憲吾さんって、すごいな。  芽生くんを対等に扱ってくれる。  それってすごく嬉しいことだね。  ほら、芽生くんの顔がどんどん輝きを増していく。 「はい! おじさん、ボク、約束は必ず守るよ。ワンちゃんはボクと同じで、命があって生きているんだもん。大切にするよ」 「そうか、それを聞けてよかったよ。宗吾、私たちが旅行に行く時や長時間出かける時は、そっちで預かってもらえるか」 「もちろんだよ。こっちにも犬グッズをそろえておくよ」 「助かるよ」  その後、芽生くんはおもちゃではなく、マンションで預かる時用の、犬用のおもちゃやベッドをクリスマスプレゼントに欲しいと強請ってくれた。  サンタさんへのお手紙は、その晩もう一度届いた。 …… サンタさんへ この前わんちゃんがほしいってお願いしたのですが、じつはボクたちみんなでワンちゃんを迎えることになったんです。だからボクにはトイプードルの育て方がわかりやすく書いてあるご本をください。おべんきょうしたいです。 あと、トイプードルのぬいぐるみもほしいです。 …… 「芽生のやつ、こんなお願いをしたのか」 「憲吾さんの影響でしょうか。知識と経験、両方を兼ね備えていくのはいいことですよね。それにしても、ぬいぐるみもなんて、芽生くんらしくてほっこりしますね」 「よーし、早速ネットで検索してどっちも頼んで置くよ。そうだ、瑞樹、君はサンタさんに何を願う?」 「え、ボクは子どもではないので……」 「君みたいに清らかな心の持ち主には、きっとクリスマスプレゼントが届くと思うが」 「宗吾さんはずるいです。いつもは……なのに、こんな時、とてもかっこいい」 「はは、いつも格好いいだろ?」 「うーん、それはどうでしょうか」 「こらっ」 「くすっ、ボクは……宗吾さんと愛し合いたいです」 「ぶほっ、ストレートだな」 ****  24日、軽井沢でもクリスマスの夜を迎えていた。  いっくんはお布団に入っても、ずっともぞもぞしている。 「いっくん、そろそろ眠らないと、サンタさんがこないぞ」 「パパぁ、あのねぇ、サンタさん、ちゃんとここがいっくんのおうちだってわかるかなぁ?」 「大丈夫、表札も出ているし分かるよ」 「いっくん、しんぱい。ちゃんと、まきくんのおもちゃとどくかな? まきくん……まだちいさいからみえないかも」 「だいじょうぶ。いっくんが『このこがぼくのおとうとのまきくんです』って名札作ってくれたじゃないか」 「うん! パパぁ、いっくんはパパにあえたから、もうね、なにもいらないんだぁ。だってパパがいちばんだもん。サンタさんにもいつもおねがいしていたんだよ。パパがほちいでしゅって」 「……いっくん」    ギュッと温もりを寄せてくれる小さな身体を抱っこしてやると、切なくもなる。  とても嬉しいが、やっぱり子どもらしく我が儘も言って欲しい。  おもちゃも欲しがっていいんだぞ。  いっくんはまだ……小さな、小さな子どもなんだから。 「そうだ、いっくん、パパと明日おもちゃやさんに行かないか」 「えぇ? いいの?」 「あぁ、いっしょにおもちゃを買いに行こう。町一番大きなおもちゃやさんに」  いっくんがびっくり顔になった。  お? 反応があったな。 「行くか?」 「いいの? いっくん、それね、してみたかったの……みんなね……クリスマスには、パパにおもちゃかってもらうっていってたの」  ……そうか。いっくんがしたかったのはそれだったのか!  うぉー なんか無性に嬉しくなってきたぞ。 「よーし、いっくん、約束しよう」 「うん、パパぁ、ありがとう」  クリスマスイブの夜。  サンタクロースはきっとやってくる。  優しい気持ちと、夢と希望を抱く力を贈りに――

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