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瑞樹過去編 番外編『成人式』

 前置き  こんにちは、志生帆 海です。  先日、私の娘が成人式を迎えたこともあり、無性に瑞樹の成人式の話を書きたくなりました。なので、今日だけは脱線して瑞樹の過去編を書かせて下さい。少し切ないですが、家族の愛を感じる物語に仕上げました。 **** 「瑞樹、じゃあ行くよ」 「うん、一馬、ご実家でゆっくりしてきて」 「……瑞樹は今年も帰省しないのか。それならば……いっそ俺の家に来ないか。俺の大学の友人として紹介するから」 「……そんなこと絶対に出来ないよ」 「そっか、やっぱ駄目か」 「……ごめん」 「いいって。瑞樹としばらく会えないの寂しいよ」 「んっ……大学も成人式が終わるまで冬休みだしね。だけど、僕は平気だから気にしないで」  そう言って一馬を九州へ送り出した。  僕は平気だ。    僕は大丈夫だ。  灯りがぽつりぽつりと消えていく学生寮で年を越し、ただ静かに一馬の帰りを待てばいい。  こんなの、いつものことだ。  ところが今年は成人式があるせいか、学生寮の同級生は年内にこぞって帰省してしまった。  例年より更に静まりかえった部屋で黙々と大学の課題に向き合っていると、猛烈に寂しい心地になってしまった。  人恋しい……  こんな風に願ってはいけない。  この世にひとり残された僕には、そんなことを言う資格はない。  そう必死に戒めた。  夜になって一馬から電話をもらった。 「もう学生寮には誰もいないそうだな。瑞樹もやっぱり函館に帰省した方がいいんじゃないか。故郷の親御さんだって成人式に息子の晴れ姿を見たいだろうに」 「……大丈夫だよ」 「心配だな。あっ、ごめん。親父が呼んでるから、また!」 「……うん」  電話の向こう側には、賑やかな家族の団欒、明るい笑い声が聞こえ、急に胸が苦しくなった。  一馬は僕の身体を温めてくれるが、心までは温めてくれない。  だからいつでも別れられるように、心の一線は越えてはいけない。  身体だけ、温めてくれればいい。  傍にいてくれる間は……  そんな風に勝手に一馬を位置づけて、一人で年を越した。  冬休みに入ってから何度か函館の兄と母から帰っておいでと電話をもらったが、頑なに……丁重に断ってしまった。  飛行機代もかかるし、葉山家の家族団欒の時間を邪魔したくない。  僕はご厚意で引き取られて育ててもらっているだけなんだから。  僕は駄目だな。  人一倍さみしがり屋のくせに、素直になれなくて。  僕はどうやって生きていけばいいのか、未だに自分自身のことが分かっていないんだ。恥ずかしいことに20歳になったというのに、心は10歳のまま迷子になっている。 「ふぅ、年が明けたらまたバイトが忙しくなるし、課題は今のうちに終わらせないとな」  立ち上がり本棚から重たい辞書を取り出すと、1枚の葉書が舞い降りてきた。 「区で開催される成人式の案内状……こんな所にしまっていたのか」  12月上旬、学生寮のポストに僕宛の葉書が1通届いた。  僕は東京進学と同時に住民票を移したが、住民票を未だに移していない一馬には届いていなかった。  だから僕はそっと本棚にしまった。  そのままひとりで年を越して、新年を迎えた。  一馬からの電話はなかったが、広樹兄さんから電話があった。 「瑞樹、明けましておめでとう! 暮れは忙しくてなかなか電話出来なくてごめんな」 「ううん、お兄ちゃんこそ、仕事お疲れ様。明けまして……おめでとう」 「瑞樹にお年玉を送ったらから受け取るんだぞ」 「え? 悪いよ」 「遠慮するなって! 俺はとっくに社会人だ。彼女もいないから小遣いも貯まってるしな、ははっ!」 「お兄ちゃん……ありがとう」  優しい兄は、静かな場所からいつも電話をかけてくれる。  僕を寂しがらせないように、いつも僕を大切にしてくれる。  その後、元旦の午後、僕宛に大きな小包が届いたので驚いた。  中身は真新しいスーツだった。 …… 瑞樹、これはお年玉だ。紳士服の赤山の吊しのスーツだが、俺のお古よりマシだろ? 今年は成人式だから、これを着て式典に行くといい。ネクタイとワイシャツも靴下も全部揃えておいたから何も心配するな。 ……  お兄ちゃんからの手紙に涙がこみ上げてきた。  こんなひねくれた僕なのに、こんなに大切にしてくれてありがとう。  どうやって報いたらいいのか分からなくて困っているよ。  そうだ……このスーツを着て思い切って式典に行ってみようか。  お兄ちゃんの気持ちを無駄にしたくないから。 「お兄ちゃん、僕……明日、成人式に行ってくるよ」 「そうか、行ってくれるのか。嬉しいよ。良かったよ」    成人式当日、僕は真新しいスーツを着込んで学生寮を出た。  顔見知りの学生寮の同級生は、揃って故郷に帰省中なので、一人ぼっちだ。    会場前の広場で、僕の居場所がないことに気づいた。  もしかしたら成人式に行く目的は、式典そのものよりも学生時代の旧友に会いたいと思う人が大半なのかもしれない。久しぶりに会う友人の少し大人になった顔を見て、あれこれと談笑するのは、きっと楽しいものなのだろう。  近況を報告し合い思い出話に花を咲かせる人だらけで、大賑わいだった。  もう……帰りたい。居場所がないよ。  せっかくの新しいスーツを用意してくれたのに、こんな僕でごめんなさい。  もっと堂々と明るく軽やかに、世の中を乗り越えていけたらいいのに……  何もかもがみすぼらしく寂しくて、このままUターンして帰りたくなってしまった。  だが兄さんの気持ちだけを支えに、歯を食いしばって会場に入った。  会場前の広場では一人で来ている人など僕以外いないと思ったが、会場内の隅っこにはちらほらと……いた。  皆、背筋を正して前を見据えている。  僕も頑張ってみよう。  そう思えたのは、その人達が放つ勇気だった。  兄さんが買ってくれたスーツに恥じないように、背筋を伸ばそう。  式典では、新成人応援ソングのミニコンサートがあり、どの曲も切なくも強いメッセージが込められていた。  特に「ありふれた日々が、なつかしくなる」という切ないフレーズからはじまる曲には、心を強く打たれた。今の状況を認めて生きていくという歌詞に込められたメッセージに心が揺さぶられる。大切に思っている人を大切に、これから誰か心から大切に思える人を見つけて欲しいというメッセージに、いよいよ胸が一杯になった。  涙をこらえ、会場を出た。  相変わらず再会を喜ぶ新成人でごった返していたが、僕はその間を器用にすり抜け、一目散に走った。  お兄ちゃんに一刻も早く電話をしたい!  感謝の気持ちをちゃんと伝えよう!       学生寮に息を切らせて戻ると、扉の前に大きな影があった。 「えっ……うそ……」 「瑞樹! 成人式おめでとう!」  人影は広樹兄さんだった。  前触れもなく突然、上京するなんて……驚いた! 「お兄ちゃん」 「へへっ、親族代表で瑞樹の成人祝いにお兄ちゃんが駆けつけたぞ! 葉山生花店の特製花束は母さんと絶賛反抗期の潤からだ」 「あ……」 「とにかく、冷えるから中に入れてくれるか」 「うん、もちろん」 「東京も案外寒いんだな」 「うん、今日は特に寒かったよ」  玄関先で大きな花束をもらった。 「ほら、花束を持って写真を撮ろう。母さんが見たがっていたぞ」 「お……兄ちゃん、お兄ちゃんっ」 「待て待て、まだ泣くな」  1枚の写真を撮った後、僕はお兄ちゃんにガバッと抱きついてしまった。 「あー よしよし、瑞樹、成人おめでとう! 一つ一つの出会いを大切に、明るく生きて欲しい。それが俺の願いだ」  お兄ちゃん、来てくれてありがとう。  お兄ちゃんの弟になれてよかった。 「お兄ちゃん、大好きだ」 「おぉ? 瑞樹からそんな言葉が聞けるなんて、はるばる来た甲斐があったぞ」 「ぐすっ、本当にありがとう」  ただ今は『ありがとう』と、この広い心の持ち主に伝えたかった。  今の僕はまだ未完成な人間だが、いつかお兄ちゃんを心から安心させられるように、毎日をもっと大切にしていこう。  それが成人を迎えた僕の誓い。                            『成人式』 了   後書き…… 今日のラストシーンは 敬愛するおもちさん(園瀬もち先生)のpixivに置かれている絵からのインスパイアでした。 https://www.pixiv.net/artworks/79227517 この中にある花束を持ったスーツ姿の男の子と抱きしめる男性の絵が 瑞樹と広樹みたいだなぁと前々からおもちさんにも話していて、妄想に使わせていただきました。

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