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HAPPY HOLIDAYS 19
耳を澄ますと微かに聞こえるのは、雪道を走る車の音。
「勇大さん、この音って、もしかしたら」
「あぁ、さっちゃん、きっともうすぐ到着するぞ」
ここは静かな場所だから、今とても待ち遠しい気持ちで一杯だから……
特別に聞こえる音があることを、俺たちは知った。
「玄関に出てみましょうよ」
「そうだな。出迎えてやろう」
喜び勇んで玄関の扉を開け、ログハウスの玄関先に立ってみたが、まだ何も見えなかった。
だが確実に近づいてくるのが分かった。
幸せの音が聞こえる。
ここに間もなく俺たちの幸せがやってくる。
やがて、よく見慣れた葉山フラワーショップのバンが、雪化粧した木立の間に見え隠れしてきた。
「まぁ、あの車は……やっぱり広樹が空港まで迎えに行ってくれたのね」
「あぁ、広樹は懐の広い優しい男だからな」
「勇大さん、あの……いつも広樹のことまで褒めてくれてありがとう」
「何を言うんだ? 広樹は俺の息子だ。そしてさっちゃんと亡くなった旦那さんとの愛情がギュッと詰まった可愛い息子だ。だから当たり前だよ」
「えっ」
「前々からちゃんと言おうと思っていたんだが……さっちゃんは俺に遠慮することはない。亡くなった旦那さんのこと、俺にもっと話してくれ。彼が息子にしてあげたかったこと、俺が引き継いでいきたい」
さっちゃんは驚いた顔で、俺を見上げた。
さっちゃんは、この年齢になってようやく巡り会った大切な女性だ。
だから彼女の過去も今も未来も、大切にしたい。
****
もうすぐ、もうすぐ着くよ。
ボクのおじいちゃんとおばあちゃんのお家に。
ボクは空港からずっと車の窓の外を見ていたよ。
あのね、景色が全然ちがうの。
東京とは!
雪ってきれいだなぁ、静かだなぁ。
「芽生くん、ずっと外を見ているんだね」
「うん、きれいだなって。お兄ちゃん、もうすぐ着く?」
「うん、あの角を曲がったら見えてくるよ」
「わぁ」
あれ? えんとつの上に誰かいるよ?
赤いお洋服を着ているよ。
お家の前にはソリがとまってるよ。
もしかして、もしかして……あの人は、あわてんぼうじゃなくて、のんびりやさんのサンタさん?
目をゴシゴシこすってみると、そこにはサンタさんじゃなくて、赤いセーターを着たおじいちゃんと白いセーターを着たおばあちゃんがなかよく立っていたよ。
「お兄ちゃん、おじいちゃんのお家にもサンタさんが来たんだね」
「え?」
「プレゼントを届けに来たんだよ」
お兄ちゃんはいつもボクの言葉を信じてくれる。
だから優しく、うなづいてくれるよ。
「そうだね。何が届いたのかな?」
「えっとね、あ、きっと……」
「あ……もしかして?」
「うん、そうだと思うよ」
「えっと……僕たちかな?」
「そう! ボクもそう言おうと思った」
信じている人に信じてもらえるって、うれしいね!
タイミングが合うとうれしいね。
ボクはちゃたが飛びつくみたいに、お兄ちゃんに抱きついちゃった。
「えへへ、お兄ちゃんと心がいっしょでうれしいなぁ」
「うん、僕も嬉しいよ。芽生くんからはいつも幸せの香りがするよ」
ボクたちの様子を、パパとヒロくんがニコニコ見ているよ。
「さぁ芽生、もう着くぞ」
「わぁ、おじーちゃん、おばーちゃーん」
ボクには、手を広げて待っていてくれる人がいる。
やっぱり、ちゃたの気持ちがよく分かるよ。
ぴょんと飛びつきたくなるほど、うれしい!
「芽生くん、待っていたぞ」
「芽生くん、ドーナッツ作っておいたわよ」
「わぁい!」
ボクはおじいちゃんに高く、高く抱き上げられたよ。
みんながよく見える!
ボクのおじいちゃんとおばあちゃんは、お兄ちゃんのお父さんとお母さん。
お兄ちゃんのお兄ちゃんはボクのおじさん。ヒロくんはおじいちゃんとおばあちゃんの息子だよ。
みんなが、みんな、つながっているんだね。
****
久しぶりの北の大地。
ここは僕の故郷。
車を降りて思いっきり深呼吸してみた。
クリスマスから新年まで働き詰めだったので、この瞬間が待ち遠しかった。
「瑞樹、美味しい空気を一杯吸い込んで、いい表情だな」
「宗吾さん、ありがとうございます」
「やっぱり瑞樹は北国の男だな。雪がよく似合うよ」
じっと甘く熱く見つめられて、頬が火照る。
「あ、あの……」
「悪い、あまりに君が綺麗でさ。さぁ挨拶に行こう」
「はい」
芽生くんを抱き上げているくまさんとお母さんの元に揃って挨拶に行った。
「お父さん、お母さん、明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。新年から可愛い息子たちと孫に会えてうれしいよ。まるでサンタさんからプレゼントをもらった気分だ」
「あ、サンタさんなら、さっき見ました」
「え?」
「あ、えっと……一瞬、お父さんの赤いセーターがサンタクロースに見えたんです」
「はは、これはさっちゃんの手編みのセーターだぞ。いいだろ? そうか、俺がサンタクロースなら、また髭を伸ばすか」
「お父さん、それ、いいですね」
すると広樹兄さんが嬉しそうに会話に加わった。
「広樹もそう思うか。それにしても広樹は髭が似合っているよな。よーし、俺も息子とお揃いにするぞ」
「あ……ぜひ!」
「みーくん、どう思う?」
「えっと……お兄ちゃんとくまさんは髭が似合うと思っていたので、賛成です」
「はは、みーくんのお墨付きをもらえたぞ。よかったな」
「はい!」
お父さんが広樹兄さんと肩を組んで笑っている。
その光景が眩しくて嬉しくて。
僕は広樹兄さんに、何度も何度も救われた。
兄さんは僕が寂しい時、いつも駆け寄って抱きしめてくれた人だ。
成人式の時は、飛行機に乗って駆けつけてくれたんだ。
だから、僕の大事な兄さんにはもっともっと幸せになって欲しい。
「お兄ちゃん、送ってくれてありがとう」
「あぁ、また来るよ。滞在中は沢山可愛がってもらうんだぞ。芽生坊と一緒にな」
「くすっ、僕はもう子供じゃ……」
「瑞樹、お父さんとお母さんには甘えていいんだ。俺も甘えるからさ」
「あ、うん、じゃあそうしようかな」
「そうだ、それでいい」
今までにない会話。
甘くて優しくてふわふわした会話に、胸が高揚してきた。
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