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瑞樹過去編 番外編『成人式』4

前置き 過去編は今日まで、明日から大沼のログハウスに戻りますね。 新年の話の途中で脱線してしまったにも関わらず、暖かく受け止めて読んで下さってありがとうございます。 変わらぬリアクションやスターも嬉しかったです。 (実は、どっと減ってしまうかなって案じておりました!) 我が家は15日まではお正月気分なので、まだまだお正月話を書かせて下さいね🍀 ****  俺はみっちゃんに見繕ってもらった『おしゃれカフェで巡る東京』というガイド本を見開いて、瑞樹にアピールした。 「ここのケーキが美味しそうなんだ。『中目黒』って場所にあるそうだが、どこだか分かるか」 「ええっと……東横線の駅だから、ここからだと渋谷までバスで出て電車に乗るのが近いかな」 「渋谷を通るのか。よし、今から買いに行くぞ。俺は東京には疎いから案内してくれ」 「う、うん、頼りになるか分からないけど」  おそらく瑞樹は年末から今日まで、この学生寮に閉じこもっていたのだろう。正月だというのに、おせちもお雑煮も食わずに、ひとりで侘しく飯を食っていたのだろう。  考えれば考えるほど、切ないな。  もっと甘えて欲しい。    もっと我が儘を言って欲しい。  なのに、瑞樹はいつも遠い場所に引っ込んでしまう。  あー、もどかしいな。  とにかく瑞樹を外に連れ出したくて、敢えて学生寮から離れた場所にあるケーキ屋に行こうと誘ってみた。 「じゃあ着替えてくるよ」 「いや、そのスーツのまま行こう」 「でも……」 「すごく似合っているから。モデルみたいに決まっているぞ」 「それは……お兄ちゃんの見立てがいいんだよ。これね、着心地が良くてびっくりしたよ」  それはそうだろう。  俺のお古ではなく、瑞樹のサイズで選んだものだから。    比較的安価なスーツだったが、品の良い顔立ちの瑞樹が着れば、テーラーで誂えたように見えてくる。  二人で路線バスに揺られて渋谷に出る途中、窓の向こうに広がる大都会に、俺はただただ圧倒された。函館は少し車を走らせれば、広い大地が広がっているのに、こっちは違うんだな。   どんどん灰色の空になっていく。  地上がビルに覆い尽くされていく。  息苦しくなって、思わず聞いてしまった。 「瑞樹はちゃんと息を出来ているのか」  瑞樹は無言で色素の薄い瞳で空を見上げた。    どこまでも広がる青空ではなく、四角い空を。    それからはにかむような笑顔を向けてくれた。 「……なんとかね」 「なぁ、瑞樹はちゃんと水を取って生きていくんだぞ」 「……えっ」 「どうした?」 「いや……その言葉が口癖の人がいて……」 「誰だ?」 「えっ……ただの同級生だよ」 「そうか、ただ……のか」  どこか腑に落ちないような、落ちるような。 「あ、兄さん、もうすぐ着くよ」 「おぅ」  そこから瑞樹にくっついて電車に乗り、無事に『中目黒』という駅についた。目黒川という川に寄り添う街並みに、どこかほっとした。 「へぇ、こじんまりして暖かい雰囲気の街だな」 「そうだね。ここは住みやすそうだね」 「瑞樹に似合っているよ」 「そうかな?」  そのままガイド片手に、目黒川近くにあるフランス·アルザス地方をイメージしたケーキ屋に無事に辿り着いた。 『グリーン・ガーデンカフェ』という店だ。  想像した通り、木の温もりと可愛らしい内装だった。  優しい雰囲気の店内に佇む瑞樹は、王子様のようにキラキラしていて、女の子たちがちらちらと盗み見しているのを感じた。  瑞樹は可愛い自慢の弟だと、つい叫びたくなる。 「お兄ちゃん、どれにしよう? どれも美味しそうで迷うね。でも……繊細なケーキだから、バスで揺られたら崩れちゃうかも……」  ケーキにまで優しい気遣いをする瑞樹に、ほっこりする。 「その心配はないさ、この店は3階建てで、3階がイートインスペースになっている」 「そうなんだ。こんな場所初めてでドキドキするよ」  彼女とデートで来たりしているのかと思ったが、そうではないらしい。  そんな存在はいないのか。    高校時代の彼女とは別れたらしいのは察してはいたが…… 「今日は下見だ」 「僕は……お兄ちゃんと来られてよかったよ」  ショーケースの中には、大きなホールのショートケーキがあった。 「瑞樹、ホールケーキでもいいんだぞ」 「え? こういうのは大家族で食べるものだよ。僕は何でもいいよ。お兄ちゃんが好きなもので」  うーむ、こんな時まで遠慮深いなんて。 「よし、じゃあ瑞樹は好きな飲み物を頼んで、先に席を取っておいてくれ」 「あ、うん。お兄ちゃんはコーヒー?」 「あぁ、いつも通りな」  瑞樹が上にあがったのを確認してから、店員さんに声をかけた。 「あの二人用のホールケーキなんて……ありませんか」 「ございますよ。プレートにメッセージも書けますが」 「あ、じゃあ『瑞樹、成人おめでとう』でお願いします」 「畏まりました」 「上で食べていきますので」 「そのようにご用意しますね」  注文を待っていると、一人の年配の男性が入ってきた。  銀縁の眼鏡をかけた生真面目な学者風の男性は、この可愛らしい店内とあまりにかけ離れていたので、気になった。 「ホールケーキを予約していた……ですが」 「こちらでございます。バースデーケーキにはキャンドルをおつけできますが」 「実は……今日は……妻の誕生日でね。その……年齢は……ちょっと」 「おめでとうございます。では末広がりの8本はいかがでしょう」 「……コホン、ありがとう」  へぇ、い光景だな。  真面目で堅物そうな親父さんが、照れくさそうに妻へのケーキを買いに来るなんて。  俺の父さんも生きていたら、こんな風に母さんにケーキを買いに来たかもしれない。  そんな淡い甘い夢を見たくなった。 「お客様、お待たせしました。こちらでいかがでしょうか」 「バッチリです」 『瑞樹、成人おめでとう』のプレートの横には、四つ葉のクローバーの絵が描かれていた。  それを持って、瑞樹が待つ3階に上がる。  瑞樹は目の前に置かれたホールケーキに眼を見開いて驚き、涙をにじませた。 「どうした?」 「だって……こんなサプライズ……聞いてないよ」 「そりゃ瑞樹を驚かせるために来たんだからな。嬉しいサプライズは何度でもいいだろう?」 「あ……うん、そうだね。そう思うよ。今日は本当に嬉しいことばかりだよ」 「よかったな」  良かった。  その一言が聞きたくて、やってきたんだ。  生きていて良かったと瑞樹が思っているのが伝わってきて、胸が熱くなった。 「改めて……瑞樹、成人おめでとう。これからも宜しくな!」 「お兄ちゃん、ありがとう。ケーキすごく美味しい。丸いケーキを食べられるなんて……本当に嬉しい。お兄ちゃん……ぐすっ」 「よしよし、泣いてもいいぞ」 「ごめん……でもありがとう」  瑞樹は、俺の前では涙脆いのを知っている。  だから我慢するな。  涙はこらえなくていい。  俺の前では――  それに今日の涙は、幸せな涙だろう。 「瑞樹、プレートにクローバーの絵を描いてくれたぞ」 「これって、幸せのクローバーだね」  瑞樹、どうかもっともっと幸せになってくれ。  苦労した分、幸せに。  兄として、それを切に願っている。                                                瑞樹過去編『成人式』 了 あとがき ケーキ屋に現れた年配の男性はもしかして…… この世でニアミスしていたなんて……🍀    

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