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瑞樹過去編 番外編『成人式』3
ポカポカ、ポカポカ、ここはぬくぬくして暖かいな。
うつらうつらしていると、すっかり忘れていた遠い昔を思い出した。
父さんと母さんと俺の3人で暮らしていた時のことを……
俺は潤が生まれる10歳まで一人っ子だったので、親の愛情をたっぷり注がれた子供だった。
あの頃の葉山生花店は元気溌剌な父さんが切り盛りしており、母さんにはゆとりがあった。
だから子供の相手をよくしてくれた。
学校や友人関係で寂しいことや悲しいことがあると、ギュッと抱きしめて撫でてくれた。
だから学校であった嬉しいことや悲しいこと、安心して何でも話せた。
最後は母さんの手作りおやつで、お腹も満たしてもらっていた。
心も体も満ち足りて、どこにでもあるような、平凡だが家族の愛に溢れた家庭だった。
ただ……あれは5歳の時だったか……友達にどんどんきょうだいが出来るのを目の当たりにし、俺も欲しいと強請ってしまった。
「そうね、広樹にもきょうだいがいたらいいわね」
「助け合っていけるしな」
父さんと母さんも賛同してくれたが、なかなか兄弟はやって来ず、結局10歳まで一人っ子だったが、毎日が幸せだった。
そしてついに……俺が9歳の時母さんが第二子を妊娠したことを教えてもらい、飛び上がって喜んだ。
ところが途中から雲行きがおかしくなり、潤の誕生と引き換えに、父さんがいなくなってしまった。
俺がきょうだいを願ったばかりに、潤は生まれながらに父さんのいない子になってしまった。
俺は10歳まで大切にしてもらったので沢山の優しい嬉しい思い出があるのに、潤は何も持ってない。今後も生まれない。
そのことが不憫で、悪戯も我が儘も多めに見て、つい甘やかしちまった。
母さんも同じ気持ちだったようで、かなり我が儘な子に育ててしまった。
それでも潤は心根の優しい子だと信じている。
その要素は十分ある。
見え隠れしている。
今は反抗期だが……きっと変わっていく。
そして瑞樹……
俺には母さんがいたが、瑞樹は一度に両親と弟を亡くした子供だった。
どうしたって放っておけなかった。
父さんがいなくなっただけでも、あんなにつらく寂しかったのに……一度に家族全員をだなんて辛すぎるよ。
だから、どうしても連れて帰りたっかった。
冷たい親戚に打ちのめされていた傷だらけの心に、寄り添ってやりたかった。
俺が両親から受けた温もりを分けてあげたかったんだ。
ふと、俺は誰かにもたれていることに気づいた。
「えっ!」
ガバッと顔をあげると、瑞樹がすぐ横に座っていた。
「あっ、お兄ちゃん、起きたの?」
「ご、ごめんな。俺みたいに図体のでかいのにもたれられて、重たかっただろう」
「ううん、嬉しかったよ」
すずらんの花のように、静かに微笑む瑞樹。
10歳で出会った頃は切ない表情しか見せてくれなかったが、少し変化した。そのことが嬉しかった。
「なぁ……瑞樹はどうして……そんなに俺に懐いてくれるんだ? 俺みたいなむさ苦しい兄に」
中性的な瑞樹とは真逆で、名前こそ「瑞樹」と「広樹」と似ているが、あとは似ても似つかない兄に、瑞樹はよく懐いてくれた。
「……お兄ちゃんが大好きだからだよ」
思いがけないストレートな返事。
「そ、そうか、照れるな」
「僕を二十歳まで育ててくれてありがとう。もう成人したから僕のことは……もう大丈夫だよ」
続く台詞にギョッとした。
まるで別れを告げられたような気分だ。
「どうしてそんな寂しいことを言う?」
「そんな……悪いよ。いつまでも……甘えるわけには……僕はなんとかやっていくから……」
切なく揺れる瞳。
儚く、このまま消えてしまいそうだ。
「んなことない! 瑞樹は俺の弟だ。ずっと俺の弟だ」
ガシッと肩を組んでやった。
折れそうに華奢な身体を支えてやりたくて。
瑞樹……この大都会でどうやって暮らしているんだ?
帰省もせず、一人で年越しをして……
どうして帰省しなかったと責めたい気持ちと、一人で頑張ったなと褒めたい気持ちが交差する。
聞きたいことが多すぎる。
だが……今の瑞樹が欲しい言葉はきっと……
「瑞樹もだいぶ逞しくなったな」
「えっ、本当?」
「あぁ、肩を貸してくれてありがとう」
「良かった。僕にも出来ることがあって」
嬉しそうに微笑む瑞樹の顔に、血色が戻っていく。
「あぁ、二十歳になった瑞樹、これからも宜しくな。頼りにしているよ」
「頼り? そんな風に言ってくれてありがとう」
せっかくの成人式だ。
二人でお祝いをしよう。
瑞樹をこの地上につなぎ止めるのが、俺の使命だ。
瑞樹が前を向いて明るく生きていけるまで、もう少し時間はかかりそうだ。
「よし、せっかくだからケーキでも買いにいくか」
「ケーキ? この近くだと……どこで売っているかな?」
「大丈夫だ、兄さんに任せろ」
空港で買った東京ガイドを見せてやると、瑞樹は可愛く笑った。
「頼もしいお兄ちゃんについて行くよ」
「おぅ! だが電車は瑞樹に任せるよ。空港からここまで迷子になりそうでさ……東京はまるで迷路だ」
「うん、そう思うよ。心が迷子になりそうだ」
ちらりと見える本音に、やっぱり切なさが募る。
「瑞樹は偉い! こんな大都会で頑張って……元気な姿を見られて安心したよ」
「良かった。兄さんを安心させられて」
その時になって、瑞樹の指がずいぶん荒れているのに気づいた。
「これ、どうしたんだ?」
「なんでもないよ」
気まずそうに手を隠す姿もいじらしい。
「ちゃんと話せ、兄さんには」
「……バイトで」
「なんのバイトだ?」
「レストランで……洗い場スタッフを掛け持ちしていて」
「なんで洗い場スタッフ? もっと瑞樹なら他のバイトがあるだろう」
「うーん、僕は人目に出るのが苦手で……」
「……そうだったな」
高校時代の事件が尾を引いているのだろう。
自然と自分を守ろうとしているのか。
「裏方はいいが帰りが遅くなるんじゃ……なんだか心配だな」
「くすっ、お兄ちゃんってば心配しすぎ……学生寮の友人と一緒にしているから、帰りもここまで一緒なので安心だよ」
「そうか、そうだ! 瑞樹の友人に挨拶しようと思って函館のお菓子を持ってきたんだった」
「……ありがとう。せっかくだけど誰もいないよ。みんな帰省しているから」
じゃあこの広い学生寮に、本当に瑞樹一人だったのか。
「瑞樹、寂しかったな。怖かったな。だがもう大丈夫だ。お兄ちゃんがついているから」
何度も何度も繰り返した台詞を届けてやると、瑞樹の方から抱きついてくれた。
「だから……お兄ちゃんが来てくれて……すごく嬉しかった」
瑞樹の本音を聞けて、安堵した。
来た甲斐があったな。
俺は瑞樹の永遠の味方だ。何があっても傍にいる。
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