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HAPPY HOLIDAYS 39

 雲の下に見えるのは、懐かしい大沼の雪原。  遙か彼方の地上の光景を見つめていると、涙がこみ上げてきた。  今、泣いては駄目よ。  あの光景に、雨は似合わない。  ぐっと涙を堪えていると、大樹さんが肩を抱いてくれた。 「どうした、澄子……泣きそうだぞ」 「大樹さん、あそこを見て」  私が指さす方向には、赤い帽子が三つ。  雪原を駆け回り、元気良く仲良く遊んでいる子供達がいた。  一人は、さっき神様の粋な計らいで5歳の姿に戻って地上に舞い降りた夏樹。  もう一人は……瑞樹の愛しい人の息子。  そして瑞樹、私の地上に置いてきた息子よ。  もう抱きしめてあげられらない、恥ずかしがりやさんの可愛い坊や。  みーくんだわ。  あの日、地上に置いてきたあなたの寂寥とした顔が忘れられない。  新緑の緑はどこまでも眩しいのに、心細そうに震えていた。  あなたの目の前から私たちが先にいなくなるなんて想像したこともなかったから、何も教えてあげられなかった。    ずっと守ってあげたかった。  あまりに突然で、心残りだけが募っていく。  別れ難い。    逝かないといけないのは分かっていても、いつまでも傍にいてあげたかった可愛い息子。 「おにいちゃん、おにいちゃんといっしょにいたい。いやだ。はなれたくないよぅ」と泣き叫ぶ夏樹を抱いて、私たちは空へ旅立った。    息子を笑顔にすることも、抱きしめてあげることも……  さよならも……ありがとうも……言えず……  ただ別れることしか出来なかった。 「皆、地上で笑っているな」 「うん、とても楽しそう。瑞樹も夏樹も坊やも」 「あぁ、そうだな。もう二度と見られないと思っていた光景だ」 「……兄弟が仲良く遊ぶ姿見たかったわ」 「……あの日も家に帰ったら見られると当たり前に思っていた光景だ」 「えぇ……ずっと別れは寂しく、瑞樹が幸せになったと知っても昇華しきれない想いがあったけれども……もう大丈夫ね」  瑞樹の心からの笑顔。  夏樹の弾ける笑顔。  そこに混ざって可愛く笑ってくれる坊や。    なんて不思議な光景なのかしら。  夢と現実が交差しているわ。 「澄子、地上での別れは辛かったが、瑞樹と一緒に過ごした時間は俺たちの宝物になるな」 「そうね。誰もがいつかはここにやってくるのよね。遅かれ早かれ……だからまた会えるのよね。永遠の別れじゃなかったのね」 「あぁ、そうだ」 「絶対に忘れないわ。私の可愛い子、また会う日まで笑顔を絶やさないで……あなたが夏樹に向けてくれた笑顔、夏樹があなたに向けた笑顔。絶対に忘れないわ」  青年の姿で、夏樹は再び天上の世界に戻ってきた。  そして双葉くんに抱きついて、甘い微笑みを浮かべていた。  その微笑みは、今の瑞樹に通じるものがあって、心が和んだわ。  もう見られないと思っていた、夏樹の5歳の姿をもう一度見せてもらえて嬉しかったわ。  ここは天上のランドスケープ。  いつかまたここで、皆で会いましょう。    さよならは、もういらないのね。  ありがとう……  感謝の心を、上と地上で伝え合っていきましょう。  瑞樹と過ごせた10年間の思い出を大切に、私はここで生きていくわ。   ****  興奮した様子で部屋に戻ってきた僕を、皆が温かく出迎えてくれた。  本当にさっき見た夏樹の姿は夢だったのか  まだ記憶に鮮明に残っている。  あの子の可愛い笑顔で埋め尽くされている。  この記憶を守っていこう。  いつでも、この笑顔を思い出せるように。   「外は寒かったでしょう。さぁ、ホットミルクを飲みなさい。まだ病み上がりなんだから」 「お母さん、ありがとう」 「ん?」 「僕に赤い帽子を編んでくれて、ありがとう」 「まぁ、そんなに何度もお礼を言われるほどの事では……」  お母さんは恥ずかしそうに微笑んでいた。  僕はその手に、手を重ねた。 「この手のおかげで……僕は幸せになれたよ」  いつもあかぎれだらけで痛々しかった母の手は、今はしっとりと潤っていた。  ふっくら優しい手には、確かな幸せが宿っていた。    それがまた嬉しくて涙いてしまいそうだ。 「お母さんに幸せが沢山舞い降りてきますように、今年も素敵な一年になりますように」  ここまで育ててくれて、ありがとう。  これからは一緒に幸せになろう。  宗吾さんと芽生くんのことと、両手を広げ受け止めてくれて、くまさんと再婚したお母さん。  お母さんの幸せを願わずにはいられない。 「瑞樹、あなたにはいつだって会えるわ。今年も沢山会いに行くし、会いにいらっしゃい」 「うん、お母さん、お父さん、ありがとう。お兄ちゃんとみっちゃんもありがとう」  そろそろ東京に戻る時間が迫っていた。   「宗吾さん、いつもありがとうございます。芽生くん、ありがとう。今年もよろしくお願いします」  一年の始めに見た夢は、どこまでもどこまでも幸せな夢。  降り積もる雪のように、僕の哀しい記憶にそっと蓋をしてくれた。  雪解けの後は、一面に笑顔の花が咲く。  そんな希望のある夢だった。  

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