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冬から春へ 16

「どうした? 芽生、まだ眠れないのか」 「あ……ううん、おじさん、だいじょうぶだよ、もう眠るとこだよ」 「……そうか、じゃあ電気を消してもいいか」 「うん」  あのね……本当はね、お兄ちゃんの声が聞きたくなっちゃったの。  ここには、おばあちゃん、おじさん、おばさん、あーちゃん、ちゃたもいて、とってもにぎやかなのに、すこしもさみしくなんてないはずなのに。  お兄ちゃんが出かける時に抱っこもしてもらったのに……  ボク、どうしたのかな?  おふとんに入ったら、急にお兄ちゃんのぬくもりが恋しくなっちゃった。  それから、いっくんの声も聞きたくなっちゃった。  いっくん、大丈夫だった。  無事だったというのは、頭の中ではちゃんと分かっているのに……  ボク、どうしたのかな?  早く眠らないと、おじさんに心配かけちゃう。  早く、早く眠らないと。  目をギュッとつぶると、やっぱり声が聞きたくなっちゃった。  真っ暗なの、こわいよ。  お布団の中で、ギュッと丸まっていると、おじさんの優しい声がしたよ。  おじさんは前はもっと恐かったのに、今はね、すごくていねいで優しいんだよ。  ボクを子供扱いしないで、ちゃんと見てくれるよ。 「芽生、まだ起きているか」 「あ……ごめんなさい」 「いいんだよ。よし、一度起きよう」 「え?」 「こっちから瑞樹に電話してみよう」 「え? いいの?」  おじさんからの言葉にびっくりしちゃった。 「当たり前だ。両親にお休みの挨拶をしないとな」 「あ、そうなの! それ……したかったの」 「そうだよな。それから部屋の電気を真っ暗にして悪かったな」 「あ……うん、ほんとうはすこし明るいのが好き」 「よし、素直に言えたな」 「ううん、おじさん、気にかけてくれてありがとう」  ボクは憲吾おじさんのことが、どんどん好きになるよ。  落ち着いていて、周りのことをよく見ていてすごい。  おじさんが電話をかけようとしたら、電話が鳴ったよ。 「ふっ、どうやら向こうも同じことを考えていたらしいな」 「え?」 「瑞樹からだ」 「ほんと?」 「芽生の声が聞きたくなったようだ」 「そ、そうかな?」 「そうだ。芽生は宗吾と瑞樹の大事な子供だからな」  ボクは、パパとお兄ちゃんの子供。  おじさんからそう言ってもらえるのは、すごくうれしいよ!  みとめてもらえるのって、うれしいね。  おじさん、ありがとう。 「もしもし!」  電話に出ると、お兄ちゃんの声より先にいっくんの声が聞こえたよ。 「めーくん!」 「いっくん! いっくん、いっくん!」 「めーくん、めーくん、めーくん」  ボクたちは名前を何度も何度もひたすら呼び合ったよ。  なんだろう?  どんな言葉よりも、名前を呼んだらお返事をもらえるのが、うれしかったよ。  いっくん、ボクのかわいい弟。  ボクはいっくんと出会えたから、お兄ちゃんになれたんだよ。  はなれていても、いつもいっしょ。  いっしょに大きくなると約束したんだよ。  どっちが欠けてもやだよ。  お兄ちゃんは……なっくんと、こんな気持ちだったのかな?  約束した人との別れって、想像できないほどさみしくて、こわいんだね。  お兄ちゃんはそれをのりこえてきたんだ。  ボクはお兄ちゃんを通じて、いろんなことを知っていくよ。  ボク、もっともっと成長するよ。  お兄ちゃんを支えられるほどに。  いっくんとの電話に後、お兄ちゃんの声がしたよ。 「芽生くん、さっきはバタバタでごめんね。お兄ちゃん、芽生くんの声が聞きたくなって電話をしたんだよ」  お兄ちゃんはボクが欲しかった言葉をくれる。  だから大好き。  ボクのさみしさをもっていってくれるのが、お兄ちゃんだよ。 「お兄ちゃん、いっくんと話せてよかったよ。それからボク……お兄ちゃんにおやすみって言いたかったの」 「芽生くん……僕もだよ。僕も同じ気持ちだよ」 「おやすみなさい。お兄ちゃん」 「おやすみ、僕の芽生くん」 ****  俺はさっきからずっと部屋の中を腕組みしたまま、うろついていた。 「ヒロくん、落ち着いて」 「ごめん。みっちゃん」 「いいのよ……さっき瑞樹くんから連絡があって潤くん一家の無事は分かっても、やっぱり直接声を聞きたいわよね」 「そうなんだ。声を聞くまで落ち着かないもんだな」 「分かるわ」  火事のニュースは、こっちでも流れた。  見覚えのあるアパート、軽井沢市内。  慌てて花の入ったバケツをひっくり返しちまった。  急いで潤に電話したが繋がらず、心臓が止まりそうだった。  潤、潤、どうか無事でいてくれ。  もう俺から大切な人を奪わないでくれ。  父さん、どうかどうか、弟を、潤を守って下さい。  天国に逝ってしまった父さんとの最期の約束。   「広樹……生まれたばかりの潤をどうか頼む」  呼吸器をつけた父の振り絞る掠れた声が耳から離れない。  こっちにいる時は、散々悪さをして学校にしょっちゅう呼び出され、手を焼くことも多々あった。  瑞樹に対するぞんざいな態度が気になったこともあった。  正直……父との約束を放棄したくなることもあった。  だが、潤は……あの事件をきっかけに生まれ変わった。  一人で軽井沢に居残り、一からやり直し、ようやく幸せを掴んだ所だ。  絶対にこんな所で終わらせない。  潤、頑張れ!  やがて電話が鳴る。  表示は瑞樹だったが、俺には分かっていた。  潤からのコールだと。 「兄さん、連絡が遅くなってごめん。心配かけてごめん。オレ、生きてる!」 「潤、よく頑張ったな。家族をしっかり守ったな。生きていてくれてありがとう!」  

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