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冬から春へ 17

 潤が叫んだ。 「生きている! オレ、生きている!」  その言葉に呼応するように、俺の双眸から涙が溢れ出た。  ボロリと大粒の涙だ。  えっ、俺がこのタイミングで泣くなんて……  駄目だ!  慌てて手の甲でゴシゴシ拭った。  泣くもんか!  絶対に泣くものか。  泣いている暇があるなら、母さんを助けたい。俺が父さんの代わりになって、幼い弟を守りたい。  思えば、いつも泣く暇なんてなかった。 「ヒロくん、今はもう泣いていいのよ。それに、それは安堵の涙よ。心に留めないで開放してあげて」 「……みっちゃん」 「ヒロくんは昔から一人で抱えすぎる。今は私もいるのよ。ほら、少し抱えていた荷物を渡して」 「参ったな。みっちゃん……」 「もう、私が何年ヒロくんを見てきたか知ってる? ずっと好きだったのに……あなたは、ちっとも振り向いてくれなかったんだから」 「みっちゃん、ごめんな。ごめんよ。それは……」 「ふふっ、いいのよ。今、こんなに幸せなんだから」  明るく振る舞って、場を和ませてくれるみっちゃん。  君はいつもそうだった。  俺の踏ん張りに、頑張りに、光をあててくれた人。 「みっちゃん、ありがとう。俺さ、みっちゃんと結婚出来て最高に幸せだ」 「ありがとう。潤くんが無事で良かったわね」 「あぁ、潤は可愛い末の弟だ。何かあったらと気が気じゃなかった」 「良かった、本当に良かったわ」  みっちゃんの瞳にも、光るものがあった。 「これから後処理で大変だろうが、今の潤なら大丈夫だ」 「私もそう思うわ。潤くんはヒロくんに育てられたから粘りもあるし責任感もある。だからきっと大丈夫。家族を守るために努力を惜しまない人よ」 「あぁ、潤なら出来る。そう信じているよ」  信じよう。  信じることがすべてだ。  そこから道が開ける。 ****  芽生くんとの電話を終えて、僕たちも早く眠ることにした。  ベッドに横になると、宗吾さんに今一度感謝の言葉を伝えたくなった。 「宗吾さん、今日は本当にありがとうございます」 「ん? 瑞樹、どうした? 改まって」 「あの……菫さんたちのことですが……本当に宗吾さんのマンションに避難させてあげていいのですか」 「あぁ、もちろんだ。あそこは君の家でもあるんだ。家族が困っていたら助けてあげるのが道理だろう。俺の実家でもいいと思ったが、俺のマンションの方が日中誰もいないから落ち着けるんじゃないかと」 「そこまで考えて下さったのですね」  宗吾さんは本当にすごい。  僕だけだったら、こんなに簡単には動けない。  いつもいつだって、宗吾さんは僕を引っ張ってくれる人だ。 「宗吾さん、大好きです。宗吾さんと知り合ってから、僕は困難に負けなくなりました」 「それは瑞樹が日々努力し、前へ前へ進もうとしているからだ。今日は恐かっただろう。いろいろ思い出して辛かっただろう」 「……はい、恐かったです。恐くて負けそうになりましたが……宗吾さんがいてくれたので頑張れました。芽生くんも幼いながらに僕を心配しサポートしてくれて……それが伝わってきて……僕はこんな状況ですが幸せでした」 「そうか……良かったよ。おいで、手を繋いで眠ろう」 「はい」  僕は疲れ果てていた。  だから宗吾さんの腕の中で休みたくなった。 「瑞樹、頑張ったな、偉かったな……すごくいい子だ」 「あ、あの……そんな風に褒められるのは恥ずかしいです。子供みたいで」 「そうかぁ? 頑張ったら、大人でも褒めてもらえたら嬉しいもんだぞ」 「あ……はい。じゃあ……」  素直になって身をぐっと寄せた。  愛する人の温もりを感じたくて―― 「おっと、あまりくっつくな……ううっ」 「くすっ、そうくんは……我慢できて偉いです」 「ははっ、みーくんも言うようになったな。よし、この件が落ち着い暁には、がっつりしような」 「え! あ……はい」  身体ごと、すべてを求められるのが嬉しい。  でも……そんなことを自ら言うのは恥ずかしくて、火照った頬を宗吾さんの胸元に埋めてしまった 「明日から忙しくなるぞ。寝ないとな」 「はい、あの……」 「あぁ、瑞樹、お・や・す・み」  優しい口づけは、穏やかな眠りを誘う。  今日、僕が出来ることを最大限出来たこと。  明日から大切な人の役に立てること。  それが嬉しく感じるのも、すべて生きているから。  僕は生きていて良かった。  大切な弟を……  潤を救う手助けが出来て、嬉しい。        

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