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冬から春へ 25

 ドアをあけると、ボクのベッドでいっくんが丸まっていたよ。  まるで捨てられた子犬みたいに、くるんとしている。  汗びっしょりなのに青ざめた顔。  こんなに苦しそうないっくんのお顔、見たことがないよ。  いつもニコニコ笑顔のかわいい男の子だったのに……  すごく、こわかったんだね。    昨日の火事を思い出しちゃったんだね。  パパがいなくなってしまうと思ったんだね。  ボクはすぐにいっくんにかけよって、抱っこしてあげたよ。   「いっくんにはボクが、おにいちゃんがついているよ」  最初はふるえて「えーん、えーん」と泣いていたけど、ボクに気付いてくれたら、胸元にくっついて、涙をボクの胸でふいてくれた。  あ、これって……ボクがお兄ちゃんにするのと同じだね。 「めーくんなの? めーくぅん、あいたかったぁ!」 「いっくん、ボクもだよ!」 「えへへ、めーくん、めーくん、めーくんだぁ」    かわいいなぁ。    こんなにボクをしたってくれるなんて、いっくんはすごくかわいい。  ボクには兄弟がいないから、いっくんと出会えてうれしかったよ。  とってもとってもしあわせだよ。 「聞いた? 今日からしばらくいっしょに住めるんだって」 「うん! いっくん、しゅごくうれちいよぅ」 「えへへ」 「えへへ」  ボクがいるから、もう大丈夫。  でもまたこわかったこと思い出しちゃうかもしれないね。  そんな時は、ボクがまたすぐに抱っこしてあげるよ。 「また泣いちゃったら、また抱っこしてあげるから大丈夫だよ」 「ほんと? いーの? めーくん、ありがと」 ****  芽生くんといっくんの会話を廊下で聞いて、思わず泣きそうになった。  まるで今の芽生くんは、昔の広樹兄さんみたいだ。  夜な夜な悪夢にうなされる僕を、根気よく抱きしめてくれたお兄ちゃん。 …… 「瑞樹……大丈夫だ。怖い気持ちは全部吐き出せ」 「僕……吐き出しても吐き出しても……またこみ上げてくるんだ。あの光景を……ううっ……こわいよ」 「瑞樹、大丈夫だ。また怖い夢を見たら、兄さんがすぐにこうやって抱っこしてやるからな。一緒に眠れば怖くないからな」 「おにいちゃん……」 …… 「瑞樹、どうした?」  ポンと肩に手を置かれたので振り向くと、宗吾さんが心配そうに僕を見つめていた。 「あ……昔を思い出していました。広樹兄さんが今の芽生くんのように僕を根気よく励ましてくれました。芽生くんは、まだ9歳なのにすごいですね」 「それはいつも瑞樹が芽生にしてくれるからだよ。芽生が落ち込んでいる時、寂しい気持ちになっている時、君はいつも寄り添って抱きしめてくれるだろう。君は広樹から愛情をかけてもらい、芽生は君から愛情を注がれて……だから今、芽生がしていることは、君が培った愛情なんだよ」 「そんな、僕はそんな……」  宗吾さんに両肩を掴まれて、優しく揺さぶられる。 「瑞樹、いいか。君はもっと自分に自信を持て!」 「ですが、いいのでしょうか……」 「あぁ、瑞樹を根気よくフォローし続けた広樹も喜ぶぞ」 「あ、はい」  宗吾さんの言葉にはパワーがある。  あなたのおかげで、僕はいつも大空に羽ばたける。 ****  兄さんたちの車を見送った後、オレは警察官から依頼されていたので火事現場に向かった。  昨日から何度も何度も繰り返される質問。  消火中から鎮火後も消防隊員や警察官が代わる代わるオレの所にやってきて「名前、住所、電話番号、生年月日、火事の発見時間と発見時に何をしてたか、どこにいたのか、どうして火事に気付いたか」などと同じ質問ばかり。  昔のオレだったら「オレが放火したとでも思ってんのかよ。オレが善意でしたことにケチつけんなよ!」とぶち切れていたよなと思わず苦笑してしまった。  今のオレは違う。  すみれの夫で、いっくんとまきの父親だ。  堂々としていよう。  兄さんを巻き込んでしまった事件から、まずは冷静になることを覚えた。  それを実践するのみだ。 「葉山です」 「早速ありがとうございます。葉山潤さん、あなたが火事の第一発見者で間違いないですか」 「はい」 「何度もすみませんは。今一度確認しても?」 「はい、なんでも聞いて下さい。協力します」  同じような質問は、事実を確かめるための原因調査だ。  冷静になれば、相手の立場、自分の置かれている立場も見えてくる。  最後まで答えると、感謝された。 「ありがとうございます。葉山さんの早期の通報は火事の拡大防止に有効でした。あなたの通報により全焼しましたが、尊い人命を守ることが出来ました。ご協力ありがとうございました」 「少しでもお役に立ったのなら良かったです」  だが……一人になると寂寥とした心地になってしまった。  焼け焦げた残骸に、ため息がもれる。  何一つ残っていない。  本当に家財一式失ったんだな。  一からだ、本当に一からのスタートだ。  思い出は心にあると言っても、やっぱり寂しい。  今、家族が傍にいないから余計にそう思うのか。  すみれとの結婚式の写真、いっくんの運動会の写真、槙が生まれた時の写真……全部消えちまった。  荒涼たる胸の内で冷たい北風に吹かれていると、背後からふわっとマフラーを巻いてくれる人がいた。 「えっ……」  この温もり、この安心感は――

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