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番外編 菅野×小森『春の嵐、その後で』
【前置き】
突然ですが、今日は本編ではなく番外編です。
リアルでお花見に行ったら、無性に春らしい話を書きたくなったので。
昨日『重なる月』にUPした番外編 菅野×小森『春の嵐、その後で』https://fujossy.jp/books/5283/stories/602911の続きを、こちらに置かせていただきます。
話が急に飛んでしまって申し訳ないですが、また本編に戻りますのでご理解下さいませ。ではどうぞ!
『春の嵐、その後で』つづき
****
今年の桜の開花は、例年より遅かった。
ようやく昨日満開になったと思ったら、今朝は春の嵐だ。
窓を叩く雨風に、思わず眉をひそめてしまった。
酷い雨だな。
「瑞樹、もう起きたのか」
「あっ……宗吾さん、おはようございます」
「おはよう」
「んっ……」
流れるように顎を掬われ、おはようのキスを交わす。
温もりを分かち合うこの行為が、僕は好きだ。
1日の栄養源と言っても、過言ではない。
『好き』をたっぷりチャージしてスタートしよう。
今日という日を――
「朝から土砂降りですね。休日で良かったです」
「そうだな。あ、だが午後からぐんぐん晴れて来るってさ」
「本当ですか。今は嵐なのに信じられません」
「人生と一緒さ! どんなに荒い波が立っても、やがて凪ぐように」
宗吾さんにバックハグされ首筋をチュッと吸われると、くすぐったかった。
「くすっ」
「くすぐったいか」
「少しだけ」
甘やかされている自覚はある。
そして、僕はあなたに素直に甘えられるようになった。
これは幸せな方程式。
「宗吾さんの言葉はいつも素敵です」
「よしっ、まずは珈琲を飲もう。今日は休みだろ? 芽生が帰宅する頃には晴れてくるから、花見に出かけないか。まだ今年はしていないし」
「いいですね」
ゆったりとした気分で宗吾さんと語らっていると、電話が鳴った。
昨日仕事で出向いた鎌倉のウェディング会場が嵐の影響で雨漏りし、装花の一部が台無しになったそうで、今すぐ菅野と一緒に駆けつけてくれと言われた。
「宗吾さん、すみません。休日なのに」
「いや、大変なのは君の方だ。品川駅まで車で送るよ」
「すみません。ホテルなのでスーツを着て行かないと……支度してきますね」
「あぁ、終わったら連絡をくれ」
「はい」
少しだけ、ほんの少しだけ名残惜しかった。
「瑞樹、元気を出せよ。午後にはきっと晴れるよ」
「あ、はい。そうですね。頑張ってきます」
「終わったら連絡してくれ。芽生と迎えに行くよ」
「嬉しいです。楽しみにしています」
……
「瑞樹ちゃん、こっちこっち」
「菅野!」
「花材は俺が持って来たから、すぐに取りかかれるぞ。頑張ろう」
「うん、宜しく」
菅野とペアで良かった。
阿吽の呼吸で作業出来るので、効率がいい。
お陰で仕事は順調に進み、お昼過ぎには終わった。
「あれ? 晴れてきたぞ」
「本当だ……宗吾さんの言った通りだ」
ぐんぐんと青空が頭上に広がっていく。
あぁ、気分爽快だ。
もやもやとした気持ちは吹っ飛んでいく。
「後は本社に戻って報告したら終わだな」
「さっきリーダーに連絡したら、報告は僕だけでいいって言われたよ」
「え?」
「つまり菅野はこの後フリーだよ。ここからだと北鎌倉まで近いよね?」
「ええっ、それって……」
「うん、そういうこと」
「いっ、いいのか」
「もちろんだよ。僕も少しは役に立てそうかな?」
「瑞樹ちゃーん、大好きだ」
むぎゅっと抱きつかれて、ふふっと笑ってしまった。
菅野って、広樹兄さんと同類かも?
「あーでも、瑞樹ちゃん一人で帰すのが心配だな」
「それなら大丈夫だよ。横浜駅まで宗吾さんと芽生くんが迎えに来てくれるんだ」
「あ、瑞樹ちゃんも会社に報告後はデートか」
「そういうわけじゃ……いや、そうかも……しれないな」
「じゃあ行かせてもらおうかな」
「うん。小森くんきっと喜んでくれるよ」
****
葉山の暖かい言葉に背中を押されて、俺は北鎌倉で下車した。
朝の嵐が嘘のような青空に向かって一気に走り出す。
気分爽快だ!
雨上がりの空は澄んでいるし、風太の無邪気な笑顔を思い浮かべると、自然と頬が緩むぜ。
月影寺の山門を見上げると、風太が熱心に箒で葉っぱを掃いていた。
小坊主姿でちょこまか動く姿が、小動物のようで愛くるしい。
「風太!」
「え? わぁ、わぁ、良介くんじゃないですか!」
「待て! 走るな。風太はそこにいろ。俺が行く」
「あ、はい」
月影寺は不思議な寺だ。
一歩足を踏み入れると、ほっとする。
「今日お会い出来るとは思いませんでしたよ。今日は本社でお仕事だと聞いていたので」
「急遽仕事場が鎌倉に変更になったんだ」
「わぁ! 素敵な偶然ですね。やっぱりご住職さまの仰る通りでした」
「なにが?」
「悪いことにあとには良いことが起こるって」
そっと手をつないで母屋に向かうと、流さんが出てきた。
「おー 小森、早速良いことがあったようだな」
「はい!」
「こんにちは!」
「やぁ、菅野くん。ちょうど母屋の中庭の桜が満開だから縁側で見たらどうだ?」
「ありがとうございます」
「桜餅を持っていってやるよ」
「わぁい! わぁい!」
風太と縁側に腰掛けると、真正面に見事な枝振りの枝垂れ桜が咲いていた。
「例年だと枝垂れの方が先に咲きますが、今年はソメイヨシノと同時になったんですよ。倍、華やかですよね」
「あぁ、春霞で風景がピンク色に見える」
「ですよねぇ」
風太がちょこんと縁側に腰掛けたので、そっと手を繋いだ。
風太の左手と俺の右手を繋ぐとドキドキした。
ん?
今日はいつもより更にドキドキするな。
なんでだ?
その原因が分かった。
「ふ……風太……今日の衣装って……いつもとちょっと違う?」
「実は朝の嵐で僕の部屋が雨漏りし、びしょ濡れになって……今日着る物がなくなってしまったのです。でもご住職さまが僕が15歳の時に着ていた衣を大切に保管して下さっていたので、それを着ているのですよ。僕……あの日から、こんなに背が伸びたのですねぇ」
だからなのか。
丈が短くて、風太の可愛い生足が丸見えだ。
ドキドキ、落ち着け、俺の心臓。
着ているものは15歳の時のものだが、中身は俺が抱いた風太だ。
春風に誘われるように、ひらひらと捲れる衣に、胸が高鳴っていく。
俺、きっと今、あの桜のように薄紅色に頬を染めている自覚はある。
あ、風太の頬も同じ色だ。
俺たち、一緒だな。
気持ちが揃っている。
「良介くん、僕たち桜に溶け込んでいるみたいですね」
「あぁ、桜色って幸せな色だな」
「はい、手を繋いで、こんな風にお花見するのが夢でした」
「俺もだよ」
「良介くんのおかげで、夢が叶って幸せです」
「これからもずっと叶えていこう。俺は風太といるのが幸せだから」
春、春爛漫。
風太が好きな気持ちが、どんどん花咲いていくよ!
春の嵐の後の穏やかな日々を楽しもう!
豊かな出逢いと幸せな時間を大切に――
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