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冬から春へ 24
「ただいま!」
玄関で大きな声を出すと、パパが来てくれたよ。
「芽生、お帰り! 昨日はありがとうな」
あ、こういうのっていいな。
昨日はかわいそうな思いをさせたとか悪かったと言われるより、ありがとうと言われると、ボク、がんばれたんだって胸をはれるよ。
お兄ちゃんもさっき同じ言葉を言ってくれたんだよ。
パパも、いっしょだね。
パパとお兄ちゃんって、本当になかよしさん!
ボクはそれが、とってもうれしいよ。
「いっくんたちはどこ?」
「すみれさんたちはとても疲れていたから、今は芽生の部屋で昼寝をしているんだ。もう少し待てるか」
「もちろんだよ。じゃあ宿題を先にしちゃうね」
「そうだな、それがいい」
あ、パパ、青いエプロンを手に持っている。
もう夜ご飯を作るのかな?
ママがいなくなったあとパパとエプロンをかいにいったの覚えているよ。パパはね、何もできなかったから最初はおばあちゃんに特訓してもらったんだよね。手を火傷したり切ったりして大変そうでハラハラしたよ。
パパは、すごいんだよ。
はじめはお腹がぐーぐーなっても、いつまでもごはんが出来上がらなくて大変だったけど、今はささっと作れるんだよ。
「パパ、今日は何を作るの?」
「夕食はハンバーグだが、その前におやつを作るよ」
「おやつ!」
「芽生もパンケーキが好きだろ?」
「好き! いっくんも好きだよ」
「よしよし、今日は生クリームと苺をのせたスペシャルだ! 母さんが苺を沢山買ってきてくれたからな」
あ! パパ、また食いしんぼうさんのお顔している。
「瑞樹ぃ、君も好きだよな?」
「はい、苺は好物ですよ」
「よしよし、お、そうだ、君のは練乳かけにするか」
「え! いえっ、今は皆と同じで」
「くくっ、『今』はな」
「あっ、もう!」
くすっ、もうすっかり、いつものパパとお兄ちゃんだ。
ボクにはよくわからないけど、こういう時のパパは、おばあちゃんが言うには『悪いお顔をしている』って言うんだよ。お兄ちゃんははずかしがりやさんだから、ほっぺがピンク色になっているし、もうアチチだなぁ。
二人がいつも通りで、それがうれしくて、ボクもまた笑顔になったよ。
えへへ、やっぱりみんなそろっているのが一番だね。
そうしたら、うしろで「くすくす」って女の人の声がしたよ。
「あ! すみれさんだ!」
「芽生くん、お帰りなさい。今日からしばらくここに住ませていただくことになったのよ。それで芽生くんのお部屋を借りても大丈夫かしら?」
「もちろんだよー ねぇねぇ、今どうして笑ったの?」
「あ、ごめんなさい。芽生くんのお父さんと瑞樹くんのやりとりが微笑ましくって。これが潤くんの言っていた『溺愛』なのね」
「デキアイ?」
「だいすきってことよ」
すみれさんにも、ボクのパパとお兄ちゃんが仲良しに見えるんだね。
それがうれしくて、またニコニコ!
「あ、そうだ。あのね。すみれさんにお願いがあって……」
「何かしら? 私でお役に立てるといいけれども」
「えっとね、ボクのコート、ファスナーがこわれちゃって……全然しまらないの」
「それは大変ね。見せて」
すみれさんがボクの白いダウンコートのファスナーを丁寧に見てくれたよ。
少しむずかしいお顔……
もう、ダメなのかな?
心配だな。
「あのね……これ……もうなおらない? お兄ちゃんが買ってくれた大切な宝物なのに」
「そうだったのね。えっとね、このテープの部分が破れてしまっているの……芽生くんにも分かるかな? これは部品を取り替えるのではなく全部取り替えないと無理なのよ。つまり手術をしないといけないから少し私に預からせてくれるかしら? よい先生を知っているので修理してもらってくるわ」
「え? いいの?」
「もちろんよ。早速お役に立ててうれしいわ」
すみれさんと話していると、お兄ちゃんがポンと肩に手を置いてくれたよ。
「芽生くん、よかったね。時間はかかっても解決しそうだね。焦らずに待とうね」
「うん! よかったぁ」
お兄ちゃんのやさしい手。
お花のにおいがする、きれいな手。
すぐには解決しなくても、時間をかけると解決することもあるんだね。
そういう時はあせったらいけないんだね。
またひとつ知ったよ。
「えーん、えーん」
「ぐすっ、ぐすっ」
ボクの部屋から泣き声がしたよ。
「あ、二人とも同時に起きちゃったのね」
いっくんとまきくんの泣き声だ!
「すみれさん、ボクもお手伝いするよ」
「あ……じゃあいっくんをお願いできる?」
「まかせて!」
****
ぐすっ、こわいゆめ、みちゃった。
まっかなひがね、いっくんたちをおそうの。
すぐにパパが、たたかってくれたよ。
いっくんのことも、ママのことも、まきくんのことも、まもってくれたよ。
だから、いっくん、いきてるよ。
でもパパがいないの。
どこをさがしてもいないの?
ここ、まっくらだよ。
こわいよ。
こわいよー
パパぁ……
パパぁ……
めをあけるのがこわいよ。
ほんとうにいなかったら、どうちよ?
パパぁー‼
「ぐすっ、ぐすん……ぐすっ」
「いっくん! 大丈夫だ! 目を開けても大丈夫だよ」
「え……」
このこえって、めーくんなの?
いっくんをだっこしてくれるのは、ぼくのやさしいおにいちゃん。
「いっくんにはボクが、おにいちゃんがついているよ」
「めーくんなの? めーくぅん、あいたかったぁ!」
「いっくん、ボクもだよ!」
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