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冬から春へ 28

「もしもし」 「あ、北野さんですか。オレです。潤です!」 「おぉ、潤っ、本当に無事なんだな?」 「はい、この通りピンピンしています!」 「良かった! 皆も心配していたぞ」    職場に電話をかけると、北野さんが出た。  彼は職員でありながら空間プロデュースの会社を経営し、イングリッシュガーデンのレストランや売店の内装デザイン、シーズン毎に開催されるイベントコンセプトの企画提案をするマルチな人だ。  オレは彼に気に入られ、最近は彼専属で働いていた。だから今のオレにとって直属の上司とも言える人だ。   「……すみません。要らぬ心配をかけて」 「馬鹿、謝ることじゃないだろ。本当に良かったよ。休み明けには、また元気に働きに来てくれよ」 「でも……オレ、何もかも失ってしまって……作業服もつなぎも……何もかも……ないんです」  話しながら、急に不安が募り、弱音を吐いてしまった。  オレは本当にすっからかんだ。  何もかも失って、会社に着て行く服すらない状況だ。  母さんがクリスマスに編んでくれたマフラーも靴下も、正月に買ってくれたセーターも、兄さんが選んでくれたスーツも何もかも焼けてしまった。  大切にしていた物は、何もこの手に残っていない。 「おいおい、そんなこと気にするな。すぐに新しいものを支給するから安心しろって。それに俺と同じ色のつなぎにしてやろうと思っていたから丁度いい。俺たちはチームだから、おそろいが目立っていいだろう?」 「え、そうなんですか」  こんな風に言ってもらえると有り難い。  必要とされていることを実感できる。  北野さんの優しい心遣いに、心がじんわりと温かくなった。  電話を切ると、一部始終を聞いていたお父さんが話しかけてくれた。 「ふむ、潤は人情味のある職場に勤めているんだな。安心したよ」 「はい、とても親切で優しい人ばかりです」 「いいことだ。物を失ってしまっても親切や優しい思い出は色褪せないから安心しろ」 「ですが……オレ……こんなに親切にしてもらっていいのか分からないです。オレは今まで何もしてないのに、今は何も持っていないのに!」  あの事件を起こすまで傍若無人に生きてきたオレだから、分からないことばかりだ。  お父さんにぶつけるように気持ちを投げると、オレの頭をくしゃっと撫でてくれた。 「簡単なことさ。潤が誰かに親切にすればいいんだ。誰かに優しくすればいい。それなら出来るだろう? 今の潤ならきっと出来るさ!」 「はい」 「よしよし、お前はいい子だ。優しさを循環させていこう」  成人してからこんな風に甘やかしてもらったことがないので、照れ臭くなった。だが同時に嬉しくもなった。  お父さんって、こんなにあったかくて、頼もしい存在なんだな。  知らなかったよ。 「潤、今からお母さんと服を買いに行きましょう。とりあえず普段着や下着、パジャマ、日用品がいるでしょう」 「あ、うん」 「お父さんは不動産屋に行ってくるよ。手分けしよう」 「あ、はい!」  あぁ、心がぽかぽかだ。  皆がオレを心配し、オレを大切にしてくれる。  オレがすべきことは感謝すること。  まずは、そこからスタートしよう。 **** 「あ、いっくん、『あ』もかけるかも!」 「ほんと?」 「だって、『め』とにてるよ~」 「そうだよ。よく気付いたね」 「えへへ、めーくんのおかげでしゅよ」  いっくんが、上手に『あ』を書いた。 「すごい! それでいいんだよ!」 「えへへ、めーくんせんせのおかげでしゅよ」  首を横に向けてニコッと笑ういっくんに、ボクもニコニコだよ。  いっくんが小さな手をのばして、ボクの手をにぎにぎしてくれた。  わぁ、いっくんの手、ぷにぷにだ。  傷一つない手に、急に泣きたくなっちゃった。  ボク、どうしたんだろ? 「本当にいっくんが無事でよかった」 「いっくんもよかったよぉ」  その晩、ボクはパパとお兄ちゃんのベッドにぱふっと潜り込んだよ。  一緒にねるの久しぶり。 「今日からボクの部屋はいっくんたちに使ってもらうから、しばらくおじゃましまーす! あ……お兄ちゃん、せまくない? ボク大きくなったけど大丈夫かな?」 「まだまだ大丈夫だよ」 「ほんと?」 「うん、」  お兄ちゃんにくっつくと、パパがボクにくっついてきたよ。 「よし、パパは芽生にくっつくぞ」 「わー パパってば~ 暑いよ」 「そんなことないぞ、おーい、パパにもくっついてくれよ」 「うん!」  パパとお兄ちゃんの間は、安心安全地帯だよ。 「パパ、あのね……いっくん、ずっとここにいてくれるの?」 「どうだろう? 新しい家の準備が整うまでだから……家が決まり次第かな」 「そっか~ あーあ、きっとあっという間なんだろうなぁ。ね、お兄ちゃん」 「うーん、あっという間かもしれないけれども、毎日を丁寧に大切に過ごせば沢山の思い出が生まれるよ。思い出はずっと心に残るんだよ。二人の信頼関係も深くなるし……っと、ちょっと難しいかな?」  お兄ちゃんが優しく見つめてくれる。 「ううん、分かるよ。こういう時間のことでしょ?」 「ありがとう。芽生くん」  優しく優しく今日も抱きしめてくれる。  だからボクは寂しくない。  楽しい夢を見られる。  明日が楽しみになるよ。  ありがとう。   だいすき!

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