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冬から春へ 41
「そうと決まったら、今から家を見に行こう! 親御さんにはそっちに直接来てもらえばいい」
「ばっ、ばあちゃん、本当にオレでいいのか」
トントン拍子に進みすぎて、夢を見ているようだ。
「あぁ、ようやく手放す踏ん切りがついたよ。いつまでも思い出にしがみついていては、良くないって思えるようになったのだから善は急げだ。潤が助けてくれた命を大切にするよ。だから潤たちが、あの家で幸せに暮らしてくれたらうれしいよ」
ばあちゃんの娘さんが、事情をざっと説明してくれた。
ばあちゃんはおしどり夫婦だったダンナさんを6年前に亡くしてから塞ぎ込んでしまい、夫婦の思い出が色濃く残る自宅に住むのが辛いと、あのアパートを借りて住むようになったそうだ。
しかし、オレがすみれと出会う少し前に膝を悪くして、階段の上り下りが辛くなったので長野県松本市に住む娘さんが一緒に住まないかと誘ったが、頑なに断っていたそうだ。
それが今回の火事で踏ん切りがついたらしい。
娘さんも離れて暮らすのが気がかりだったろうし、ばあちゃんと一緒に暮らしたかったので良い機会のようだ。
二人の表情は明るかった。
「あの……実家は老朽化しているので、気に入らなかったら、母のことは気にせず、遠慮無く断って下さいね」
「いや、好条件過ぎて……申し訳ないほどです」
「大通りから少し外れていますよ」
「それがいいんです。慎ましく過ごしたいので」
住所を聞くと、場所はだいたい分かった。軽井沢駅から商店街を10分ほど歩いた所で、商店街の1本裏の通りになる。
でも駅から近いし、希望通りの一軒家だ。
「さぁ、着いたよ」
「ここですか」
昭和レトロな建物で白い壁は黒ずんでいたが、堅牢な造りだった。
一目で気に入った。
しかも驚いたことに1階部分は店舗だった形跡がある。
ガラスのショーケースまであるぞ!
「ばあちゃんは、何かお店をやっていたんですか」
「あぁ、小さな洋裁店を自宅の1階でしていたのさ。こう見えても服を作るのが得意だったんだよ。そうそう私が愛用した足踏みミシンも置いたままだよ」
「ところが娘の私はお裁縫は大の苦手で跡も継げず、なのでもし奥様が使われるななら、どうぞ」
娘さんは苦笑していたが、オレは身を乗り出してしまった。
「あの、オレの奥さんは洋裁が得意なんです」
「へぇ、菫ちゃんはアウトレットの店の店員さんじゃないのかい?」
「実は、洋裁の専門学校を出ていて」
「そうだったのかい。それは縁があるねぇ」
「はい!」
ばあちゃんと家の前で話し込んでいると、タクシーで、父さんと母さんがやってきた。
「潤!」
「お父さん、お母さん、ここです」
「あれは、潤のご両親かい? いい人達そうだな」
「はい!」
胸を張って言える。
オレの大切な自慢の両親だと。
お父さんはクマのように大きくて頼もしいし、母さんは料理上手で働きものだ。
父さんがニット帽をさっと取って、挨拶してくれた。
「はじめまして、潤の父です」
続いて母さんも、深々とお辞儀をした。
「私は潤の母親です。息子家族が大変お世話になっております」
二人の行動と言葉に、オレは二人の息子で、とても愛されていると感じた。
「いやいや、お世話になったのは私の方だよ。あなたの息子さんは私の命の恩人なんだ。火事で住んでいたアパートが跡形もなく燃えちまって……私は幸いなことに娘が迎えに来てくれたので大丈夫だが、いつも私を気にかけてくれた潤一家の行く末が気になってね。そこで差し出がましいかもしれないが、私が住んでいた家を使うのはどうだろうと提案したんだ」
父さんと母さんが顔を見合わせ、頷いてくれた。
「ありがとうございます。ここは駅からも近いのに静かで、しかも一軒家で商売をなさっていた形跡もあって……息子が探した求めていた家そのものです。本当に息子に貸していただけるのですか」
「潤が気に入ったのなら、すぐにでも」
間髪を入れずに答えてしまった。
「気に入りました!」
「そうか、よかったよ」
お父さんが確認してくれる。
「ここを若い家族が住みやすいように改装してもいいですか。それから、いずれ商売をしてもいいですか」
「あぁ、好きに改装して使っていいよ。娘も了解している」
「それはありがたい話です。潤、どうする?」
「あの、すみれに一度電話をしてもいいですか」
「もちろんだよ」
すみれに話してみよう。
この先は、すみれが必要だ。
俺たち家族の家の話だから、最後はやっぱりすみれと決めたい。
若い頃……
オレの人生なんだからオレの好き勝手にしていいだろうと、ルールを守らず暴走ばかりしていた。無鉄砲な行いのせいで、周囲が苦労していたのも知ろうともせずに。
もうそういうのは嫌なんだ。
「いいね、それがいい。私もなんでも話し合ったよ。夫婦なんだから、どんどん話してみるといい」
「そうですね。そんな風にありたいです」
****
「さてと、これで完成だ。明日から着ていけるぞ。そうだ、いっくんにも何か作ってあげよう。おつかいのご褒美だ」
大河先輩に顔をのぞき込まれて、いっくんはびっくりしていた。
「いっくんにも? いっくんにも作ってくれるの?」
「あぁ、何がいいかな?」
「でも……いっくん、おかね……もってないよ」
「ははっ、お代はこれでいいよ」
大河先輩はいっくんがポケットにいつの間にか詰め込んだ葉っぱを取り出して、余裕の笑みを浮かべていた。
大河先輩のこういう所が好きだわ。
研修時代も私を笑わせてくれて、いつも元気をくれた。
「わぁ、はっぱしゃんすきなんでしゅか。えっとね……このハンカチがほちいでしゅ」
いっくんがレジの前に並んでいたハンカチを指さして、頬を染めた。
「ん? これでいいのか。どうしてハンカチなんだ?」
「あ、あのね、ママがえーんえーんしたら……ふいてあげたいの」
「いっくん!」
「参ったな。菫の子供は天使か」
「いっくんってば、もう……あなたはなんて可愛いの」
私はもう一度いっくんを抱きしめた。
するといっくんも抱きついてくれた。
「ママぁ、しゅきだよぅ。パパがいないあいだ、いっくんがまもってあげるからね。きれえなハンカチがあるから、なみだもふいてあげられるよ」
ぐすっ、もう……この子はなんていじらしいの。
いっくん、いっくん、いっくん。
ママ、あなたにもっと甘えてほしい。
もっともっと甘えていいのよ。
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