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冬から春へ 56

「んっ……」 「瑞樹、止まらなくなるな」 「あ…でも、もう……駄目です」  宗吾さんはキスがうますぎる。  宗吾さんのキスは甘すぎる。  だから……  短い口づけにも、感情をあっという間に持って行かれてしまうよ。  あぁ……深い愛情がどんどん流れ込んでくる。   「だよな。次はいつ抱けるかな?」 「あ、すみません」    そうか……  菫さんといっくんがいる中で流石にそこまでは無理なので、宗吾さんを我慢させ、待たせてしまっていることに、今更気付いた。 「馬鹿、謝るな。俺こそ負担をかけるようなことを言ってごめんな」 「いえ、僕も…その日を楽しみにしています」 「瑞樹のその気持ちだけで嬉しいよ。言葉で伝えてくれてありがとうな」  大切な人、愛する人と、身体を繋げて一つになりたいと願うのは、そこに愛があるからだ。  それは人として素直な心の現れなのだから、僕も素直に伝えていこう。 「僕こそ、求めてもらえて、幸せです」 「俺は今でも……君とキスする度に感動しているよ。何しろずっと憧れの君だったから」 「そんな……」 「ずっと手の届かない、触れてはいけない相手だと思っていた」  一馬と付き合っていた頃、坂道のバス停で、毎朝、僕を見かけていたと聞いていた。  玲子さんと離婚して、幼稚園児の芽生くんを抱え、一人で子育て奮闘していた頃の話だ。 「あの……宗吾さん、幼稚園のお弁当作りって懐かしいですね」 「あぁ、あの頃、俺の家事能力はゼロに等しかったから、必死だったよ。動画で調べて、可愛い弁当にも挑戦したかったが、流石にそこまでは時間がなかったな」 「あ……キャラ弁というものですか」 「そうそう、みんな器用だよな。ん、待てよ。瑞樹なら手先が器用だからいけるんじゃないか」 「無理ですよ。流石に……ハサミを持つのは得意ですが、包丁は難しいです」 「だよな、まぁ何事も無理なくが一番だよな」 「はい、出来ることを丁寧にですね」  雑談をしながら、もう一度だけと抱き合った。 「よし、瑞樹補給をしたから、スーツに着替えるか」 「あの……汚しそうなので着替えは後にしましょう」 「そうだよな。まぁ、菫さんは瑞樹の姉さんだしいいか、パジャマでもいいか」 「はい! その方がいいかと」 「了解!」  宗吾さんとの日々は、とても穏やかだ。  お互い、意見を出し合って、相手の話に耳を傾け、相づちを打つ。  そんな風に過ごすことで、どんどん信頼関係が深まり、愛情も強くなっていく。  僕は幸せだ。  僕にとっては、何も起きないいつも通りの日々が一番幸せだから。  この時間がどうかずっとずっと続きますように。 ****  興奮して早く目覚めちゃったわ。  まだみんな寝ているけど、キッチン使わせてもらおう。  冷蔵庫の中からブロッコリーと卵とミニトマトとウインナーを取り出した。  一度作ってみたかったのよね、可愛いデコ弁というものを。  会社のお昼休みに、たまに動画を見て憧れていたの。  カラフルで可愛い手作りお弁当を息子に作ってあげたいと……  毎回は無理でも、出来る時には挑戦してみたいと思っていたの。  今日こそ、それを実現させる日なのね。  期待で胸が高鳴っているわ。  さてと調理スタートよ!  デコ弁を作るための型やグッズは、ここにはないけれども、ちゃんと出来る!  自分を信じて、工夫していこう。  ブロッコリーを茹で茎の部分をスライスして、それを包丁でハートの形に切り出して……  私は元アパレルメーカーのパタンナーなので、頭の中のイメージを型にしていくのは得意よ。 「うん、可愛く出来た! これならちゃんとハートに見えるわ」    鼻歌を口ずさみたい気分で、次々とハートの形を作り出していると、人影が…… 「わぁ、グリーンのハートだなんて、すごいですね。型がなくても出来るんですね」 「瑞樹くん、おはよう。宗吾さんもおはようございます。台所使わせてもらっています」 「おはようございます。あの……僕もお弁当作りのお手伝いをしたいのですが」 「大歓迎よ」  なんだかくすぐったい気分だわ。  いつも一人でキッチンに立っていたので、こんな申し出は、嬉しいものね。 「じゃあこのミニトマトを半分に切ってもらえる?」 「うん!」 「宗吾さんはゆで卵を作って下さい」 「了解」  キッチンがキラキラ明るく思えるわ。  こんなにお弁当作りって、楽しいものだったのね。  可愛い我が子のため、大事な人のために出来ることがあって、それを実行できるって、実はとても幸せなことなのね。 「さぁ、お弁当に盛り付けていくわよ」  ご飯を敷き詰め、卵やブロッコリーとウインナーを敷き詰めて、森を表現してみた。そしてご飯の上にはハート型にしたブロッコリーの茎を4枚。 「見ててね」 「あっ……四つ葉のローバー!」 「そうなの。名付けて『しあわせ弁当』よ」 「すごい。すごい……とても可愛いです」 「ふふ、瑞樹ちゃんの分もあるからね」  瑞樹くんって可愛いなぁ。  純粋で透明感があって、キラキラしている。  なんでも感動してくれるのね。  そして恥ずかしがり屋さん。 「あ、ありがとうございます。あの……僕、とても嬉しいです」 「菫さん、俺も同じにしてくれるのか」 「宗吾さんの分も、もちろん。今日はみんなお揃いのお弁当ね」  賑やかに過ごしていると、窓から朝日が差し込んできたわ。  部屋がオレンジ色に染まっていく。  元気いっぱいに咲く花畑にいるみたい。  そこに可愛い足音が聞こえたわ。  私の天使の足音! 「ママぁ、ママぁ、いっくんのおべんとうできたの?」 「出来たわよ、見る?」 「ううん、いっくんね、ようちえんで『わぁっ』って、いいたいの」 「くすっ、じゃあ、あとのおたのしみね」 「うん! ママぁ、ママぁ、はやおきしてくれてありがとう。おべんと、つくってくれてありがとう」 「いっくんてば」 「ママぁ、だいしゅき」  いっくんが私の足にくっついて、じゃれてくる。  こんなに甘い顔を見せてくれるなんて。  いっくんの心はどこまでも清らか。  この子の優しさを守ってあげたい。    私ひとりではなく、みんなで力を合わせて――  もう肩肘を張らずに、私は生きていく。  これからは優しさを素直に受け止めて、優しさでお返ししていこう。

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