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冬から春へ 70

「瑞樹、そろそろ俺は眠るよ」 「あ、ごめんなさい。明日も早いのに、こんな時間に電話をして」 「おいおい、瑞樹はまた……いいか、俺が眠るのは、瑞樹が出掛ける準備をしないといけないからさ」 「兄さんってば」 「可愛いんだよ。昔から瑞樹は可愛すぎる弟なんだ」  兄さんからの愛情がたっぷり届く。    北海道と東京と離れていても、抱えきれない程の、胸一杯になる程の愛情だ。  胸のつかえがスッと下りた。  入れ替わるように暖かい空気が、流れ込んできた。  広樹兄さんの広い広い心に癒やされた。 「兄さんに話したら、元気になったよ」 「おぅ! これからも困ったことがあったら、俺に電話をするんだぞ」 「うん、ありがとう」  電話を切って時計を見ると、もう0時近くだった。  この時間になっても連絡がないのは、終電を逃してしまう可能性が高い。  広樹兄さんのアドバイスが、いよいよ現実味を帯びていく。 「取りあえず、着替えておこう」  連絡が来たら、すぐに出発できるように。  外はまだ寒いので、白い厚手のセーターを洋服ダンスから出していると、電話がかかってきた。 「もしもし?」  聞き慣れた宗吾さんの声に、安堵する。 「宗吾さん、今、どちらです?」 「瑞樹、悪い、連絡出来ずに……付き合いで飲みにいって、そのまま終電に乗りそびれた」  電話の向こうで、宗吾さんが頭を下げているような気がした。  そんなに恐縮しないで下さい、大丈夫ですから。  僕は宗吾さんを信じています。    広樹兄さんに言われた言葉を思い出した。  会いたいなら、僕が迎えに行けばいい。  帰ってくる間、一緒にいられる。  少しでも二人の時間を作れる。 「大丈夫ですよ。そうだと思っていました。あの、今から迎えに行ってもいいですか」  僕の提案に、宗吾さんは些か驚いた様子だった。 「え? だが子供達がいるのに……君が真夜中に家を空けるわけには」  そうだった。  潤が来たことを、まだ知らせていなかった。    宗吾さんの責任感がある所も好きだ。 「潤が来てくれたので、大丈夫です」 「え? そうか、ついに家族を迎えに来たのか」 「はい、だから僕が車で迎えに行けます」 「……俺は今、日比谷公園の入り口にいるよ」 「了解しました。待っていてくださいね」 「ありがとう」  僕はそっと家を出た。  正確には出ようとしたら、玄関先で呼び止められた。 「兄さん、こんな時間に出掛けるのか」 「潤……」 「あ、もしかして宗吾さんを迎えに行くのか」 「うん、そうしたくて」 「それは喜ぶだろうな」 「そうかな?」 「そうに決まってるさ。留守番は任せてくれ」  潤、頼もしいよ。  潤がいてくれるから、今宵は飛び出せる。 「ありがとう。行ってくるよ」 「気をつけて」 「うん!」  夜中に一人で車を運転するのは緊張したが、ゴールに宗吾さんが待っているので、怖くなかった。  日比谷公園の入り口って、何カ所かあるな。  どの辺りだろう?    速度を落として確認すると、すぐに視界に宗吾さんの姿が飛び込んできた。 「瑞樹、ここだ! 俺はここにいる」 「宗吾さん、お疲れ様です」  僕は慌てて車を停めて、宗吾さんの元に駆け寄った。 「助かったよ。終電逃して、タクシー乗り場も長蛇の列で、しばらくここで時間を潰そうと思っていたんだ。ハクシュン!」  宗吾さんは鼻の頭を赤くして、明るく笑っていた。  僕は隣りに座って、彼の手にふぅーと息を吹きかけてあげた。 「外で待つのは寒かったでしょう」 「そうでもないさ。電話を切ってから、ずっとドキドキしていた。瑞樹が迎えに来てくれるなんて嬉しくてさ」 「今日……仕事で何かラブルがあったのですね。大変でしたね」 「え? どうして分かった? 顔に出したつもりはないのに」  宗吾さんが驚いた顔をして、僕を不思議そうに見つめた。 「感じます。どんな些細なことでも……宗吾さんの心が疲れているのが」 「参ったな……いや、嬉しいよ。瑞樹、俺……君に弱みをみせてもいいんだな」 「はい。僕の肩にもたれて欲しいです。これからは」 「ありがとう」  助手席に座ると、宗吾さんが僕の頬を両手で包み、正面から覗き込んで来た。  その動作に、僕は思わず顔をそらしてしまった。 「瑞樹、どうした?」 「あの、髪型がいつもと違うので……その……」 「あぁ、これか。急なピンチヒッターでステージに立つ必要があって……素のままじゃ無理だから気合いを入れたのさ」  オールバックの宗吾さんを見たのは、久しぶりだ。  あの日、バス停で僕に近づいてきた姿を思い出してしまう。 「その……出会った時みたいで……」 「あぁ、そうか、あの頃の俺は……よし、これでどうだ?」  宗吾さんが自ら固めていた髪を崩した。    あの日のように……  長い前髪が目にはらりとかかると、男らしくセクシーだ。 「どうだ?」 「あっ、その方が好きです」 「だよな、だから俺はいつも髪を下ろしている。あの日から」  胸が一杯になる。  出会った当初のときめきが蘇ってくる。  あの頃から僕はずっと宗吾さんが好きだ。    そのことを再認識した。 「大好きです。宗吾さん」 「俺もだ。一刻も早く君に会いたかった」  優しい抱擁。  僕の胸はドキドキしっぱなしだ。  恋人のままだ。  あの日からずっと――

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