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冬から春へ 78

 ベビーベッドがようやく完成した。 「さっちゃん、やったな!」 「勇大さん、ありがとう。手作りのベビーベッドなんて初めてよ」  一階のリビングの壁際に設置すると、まるで初めから、そこにあったかのようにしっくりと溶け込んだ。  我ながらいい出来だ。  大樹さんと一緒に作ったみーくんのベビーベッドを思い出す。    小さなみーくんがベッドの中から俺を見上げ、楓のような手を一生懸命伸ばしたくれたことも、柵にギュッと掴まって俺を何度も呼んでくれたことも……  まるで昨日のことのようだ。  あの日からいろんな事があった。  良い事だけは続かなかった。  二度と立ち上がれない衝撃に、俺は打ちのめされた。  失意のどん底で藻掻いていた時は、ただただ幸せな一家を壊してしまったことへの申し訳なさと、もう大樹さんがいない喪失感に苛まれ、余計なことをした自分への罪悪感に埋もれていた。だから、たった一人生き残ったみーくんのことを考える余裕もなく何年も穴蔵から出られなかった。    現実逃避した最低な人間だった  こんな俺が幸せになる資格なんてないと思っていたのに……  みーくんと再会してからの日々は、あたたかく幸せで満ちている。  いつまでも後悔に塗れているのではなく、今、目の前のことに感謝していこう。  さっちゃんとの結婚を機に、俺には更に二人の息子が出来た。  広樹は家族思いの心の広い男で、惚れ惚れする。  だが逆にずっと自分のことを後回しに生きてきたのが、手に取るように分かるので、その部分を解してやりたい。  大沼に戻る前に、函館に立ち寄って顔を見よう。  もっと男同士の会話をしたい。  末っ子の潤の過去は、詳しく知らない。  だが潤が何かを深く後悔して生きてきた男なのは察している。  ここ数週間一緒に暮らして、潤の生き様を見せてもらった。  潤がどんなに家族を愛しているか。    潤がどんなに二人の兄を慕っているか。  潤が俺を父親として見て、何かにつけて助言を求めてくれたのも嬉しかった。  人は人と接することで成長する。  それを実感している。 「さっちゃん、明日に備えて少し眠った方がいい」 「勇大さんは?」 「俺も休むよ」 「よかった。あなたは少し自分を後回しにしちゃうので、心配よ」 「……そうだな。これからは自分も大切にするよ」 「私もずっとそうだったの。でもこれからは……」  大切なものを失った大きな穴は、こうやって二人で埋めていこう。  これからは自分の幸せも忘れない。 「さっちゃんは、俺にとって幸せな存在だ」 「私もよ」  翌日、二人で5時前に目が覚めた。 「もう起きちゃったわ」 「俺もだ。俺たち遠足前の子供のようだな」 「ふふっ、こんなワクワクした気持ち久しぶり。ねぇ、保育園の先生が昨日届けてくれたいっくんの絵は、額縁に入れて飾るのはどうかしら? 家にあった絵は全部焼けてしまったから」 「いいな。額縁ならベビーベッドを作った時の端材で簡単に作れるよ」 「勇大さんって、なんでも出来てかっこいいわ」 「そ、そうかな?」  大好きな人に褒められたら、俄然やる気が出るもんだ。 「本当に沢山の贈り物が届いたわね」 「あぁ、みーくんの親友のお姉さんからもなんて驚いたな」 「えぇ、それに宗吾さんのお兄さんとお母さんからの贈り物もあったわ」 「今回のことで潤家族が素直に周囲に甘えられた分、周りも手を差し伸べやすかったのかもな」 「そうね、すみれさんもほっとしているでしょうね。いっくんと二人で誰にも甘えられなかった分、これからは……」  額縁を壁に飾っていると、キッチンからいい匂いがしてきた。  振り返れば、もうそこに潤一家が住んでいるかの如く部屋が飾り付けられていた。  そしてテーブルには出来たてのオムライスが並んでいた。  一瞬目を擦った。    ここはまるで……  俺が大樹さんたちと暮らしていた大沼の家のよう。  大好きな人が大好きな人と暮らす家。  それが出来上がっていた。  そこにインターホンが鳴る。  玄関に駆け寄ると「ただいまぁ!」と可愛い元気な声がした。  さぁ、この家の住民が帰ってきたぞ!  ここから始まる物語がある―― **** アトリエブログに潤の新居のイメージ画像があります。 合わせて読んで下さると、嬉しいです。 https://fujossy.jp/notes/35994

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