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冬から春へ 77

 潤が東京へ妻子を迎えに行っている間、不思議なことが続いた。  玄関のインターホンが、何度も鳴った。    宅急便だったり、いっくんの保育園の先生だったり……  贈り物が届く度に、俺とさっちゃんは胸が一杯になり、思わず目頭を押さえた。  潤たちを助けてくれる人の存在に、どこまでも暖かい気持ちになった。  愛は生きていく糧になる。 「勇大さん、これ、どうする?」 「いっくんとまきくんが、すぐに遊べるようにセッティングしておこう」 「そうよね。ダンボールのままじゃ味気ないものね」 「しかし驚いたな。まさかこんなに届くとは」 ****  宗吾さんと別れて会社に向かって歩き出すと、菅野の足音が背後から聞こえた。  元気な足取り、明るい雰囲気。  振り返らなくても分かる、彼は僕の大切な友人だから。 「瑞樹ちゃん、おはよ!」 「菅野、おはよう」 「あれれ? 目元がうるうる、さては寝不足だな」    いきなり図星を指されてドキッとした。  昨夜、宗吾さんに長い時間をかけて抱かれたのを、瞬時に見透かされたようだ。    僕は今までにないスローセックスを経験したばかりで、まだ身体の奥に、その余韻が残っている。 「えっ、いや、その……」 「あー もう瑞樹ちゃんは真面目だな。まぁ、そういう所が好きだぜ」 「うう、菅野はいつも鋭くて、嘘がつけないから困るよ」  以前は注目されるのが苦手で、いつも自分を隠そうと必死だった。  目立たないように、幸せになりすぎないように、自戒して生きてきた。  でも宗吾さんと出会って、宗吾さんからの広い愛に心を育まれ、僕は僕を取り戻せた。  それに菅野には縮こまらなくてもいい。  一歩退くのではなく、一歩近づきたい相手なんだ。 「へへっ、瑞樹ちゃんの信頼を勝ち取れて嬉しいぜ! そうだ、例の頼まれ事、姉貴から連絡があって、昨日、全部送ったってさ」 「ありがとう。そうだ、これ、送料とささやかなお礼」  鞄の中に用意していた封筒を渡すと、菅野に戻された。 「いらないよ。姉貴もどこかに寄付しようと思っていたことだし、瑞樹ちゃんのことを気に入っているから役立って嬉しいってさ」 「でも……」 「おーい、瑞樹ちゃん、こういう時はなんて言うんだ?」  子供みたいに諭されて、肩の力がふっと抜けた。 「ありがとう。恩に着るよ」 「へへ、親友の役に立てて嬉しいぜ」 「僕も菅野の役に立ちたいよ」 「あぁ、頼りにしているぜ。さぁ、行こう!」  良かった。  菅野に頼んだことは、僕から潤へのエールだ。  潤、頑張れ!  お兄ちゃんは心から応援している。    何もかも失った潤が、自分の力を振り絞り、素直に周囲の人を頼り、生活をどんどん立て直していく様子が心強かった。  潤の逞しい姿を、見られて嬉しかった。  10歳の僕は一度に大切なものを失って途方に暮れるしかなかったが、潤は僕が出来なかったことを見事に叶えてくれた。  だから、僕は大きな勇気と明るい希望をもらった。    僕もいつか僕たちの家を手に入れるよ。    最初から一緒に考えて、作り上げていく。  今の家が不満とかではないが、どうしても忘れられない。  無機質なマンションではなく、自然の中で土のにおいが近い場所で、息をしたいんだ。  故郷、大沼に想いを馳せて願う夢を、宗吾さんも後押ししてくれている。  潤の頑張りは、僕の背中を押した。 「実家に戻ったら通勤が大変になったよ。瑞樹ちゃんは近くていいよな」 「僕もいずれ……きっと引っ越すよ」 「そうか、潤くんの引っ越しにいい影響をもらえたようだな」 「また図星を指された」 「親友だからさぁ」  肩を並べて対等に歩ける同期であって、親友。  菅野には、これからも何でも話したい。   **** 「パパ、はやく、はやく、おうちはどこ? あっち? こっち? それともバスにのるの?」  行き先も知らないのに、いっくんが満面の笑みで俺の手を引っ張る。 「はは、待て待て。こっちだよ。軽井沢駅からすぐだ」 「わぁ、えきからちかいと、めーくんがあそびにきたときべんりだねぇ」 「そうだな、いっくんはいつも相手のことを考えていて偉いな」 「だって、ニコニコがすきだもん」 「そうだなぁ」  いっくんからは、教えてもらうことばかりだ。  いつもむっつり愛想が悪く不貞腐れた態度だった、オレの子供時代とは大違いだ。  心が洗われるよ。  商店街から1本脇道を入れば、新居に到着だ。 「ここだ! ここがオレたち家族の家だ。そして、いずれ、すみれの店になる」  玄関の横にショーウィンドウのある可愛い家が、マイホームだ。 「素敵! あっ、あそこ……お店の看板をかける場所があるわ!」 「あぁ、いずれ必要になるからな」 「潤くん、私の夢を後押ししてくれてありがとう」 「応援しているよ。さぁ、入ろう。父さんと母さんが待っているよ」  オレはポケットから鍵を取り出して、すみれに渡した。 「すみれ、ここで一緒に暮らそう!」 「うん、うん、うん! 潤くん、ありがとう。まさか私たちが一軒家を持てるなんて」 「全部、人との縁あってだよ」 「うん! 感謝してる。潤くんの勇気のおかげよ」  扉を開けて、オレたちは声を揃えて、大きな声を出した。 「ただいま!」

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