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マイ・リトル・スター 20

「パパぁ、えきまでおむかえにいきましゅか」 「今日は兄さんたちは車で来るんだよ」 「わぁ~ くるまなんて、すごい」 「うちも……車が欲しいな」  だが当分無理だ。  家を購入するために、マイカーのために貯めていた貯金も使っちまった。  破格で譲ってもらった家だが、俺にとっては大金で30年ローンを組んだ。  頑張って働いて、コツコツ返していこう。  そのためにも仕事を頑張ろう。  高校を卒業して進学せずに建設会社に就職したのは、勉強が嫌いだったのと、自分が遊ぶ金が欲しかったからだ。  誰かのために。    そんな気持ちはサラサラなかった。  苦労をかけた母さんや兄さんたちには何もせず、ただゲーセンやパチンコに通い、煙草と酒に浪費した。  馬鹿だな。  今、あの頃使ってしまった金があれば……  菫やいっくん、槙のために有効に使えたのに。  母さんや兄さんたちに贈り物ができたのに。  後悔に苛まれていると、いっくんがキュッと小さな手で俺の拳を握ってくれた。  まだまだあどけない楓のような手。 「いっくん、くるまなくてもいいよ。パパとおててつないであるくのしゅきだもん」 「うっ……いっくんは優しいな」 「パパがやさしいからだよ」  函館で自分勝手に生きていた頃は、俺を優しいなどと言う人はいなかった。  いつだって優しいのは広樹兄さんと瑞樹兄さんで、俺は手の掛かる悪ガキだ。自分でそんなレッテルを勝手に貼り付けて、肩で風を切って生きてきた。 「パパ、いっくんはいまがしゅきだよ。パパもそうだよね?」 「あぁ、そうだよ」  この子のためにも、後悔は手放そう。  今に集中していこう。  自分が自分をコントロール出来る今を大切にしていけば、過去に後戻りしたり、過去に引っ張られることも、少なくなっていくだろう。  そしてあの頃出来なかった事は、これからしていけばいい。  後悔の種を少しずつ拾って、今を生きて行く。  それがオレの生き方だ。  菫の夫として、いっくんと槙の父として、  大沼にいる両親の息子として、広樹兄さんと瑞樹兄さんの弟として――  オレに繋がる人との縁を大切に生きよう。 「パパ、このおうちにおとまりしてもらえるのうれちいね」 「そうだな、今までは狭くて泊ってもらえなかったもんな」 「みんないっしょにいられるの、うれちいね」 「あぁ、嬉しいよ」  オレはいっくんを抱き上げて、窓の外を見た。  通りから1本奥まった場所にある家だが、並びには美味しいジャム屋さんやパン屋さんがあるせいか、人通りもある。  ここで菫が店を開くのも夢ではない。  どのようなコンセプトの洋裁店がいいのか。  宗吾さんと瑞樹兄さんに、菫はいろいろ相談したいようだ。  夢に向かって歩む奥さんを、心から応援している。  オレも仕事でもっとスキルアップしたい。    イングリッシュガーデンの仕事は、性に合っている。  土に触れ、花を咲かせ、土壌を改良して……  薔薇のために尽くすのは、やり甲斐がある。  菫もオレも夢を、夢と希望を持っている。 「いっくんね、おおきくなったらはっぱはかせになりたいな」 「いっくんならなれるよ。パパが応援するよ」 「だから、いっくんにいっぱいおしえてね。はっぱのこと」 「あぁ、パパも沢山学ばないとな」  学ぶことが大っ嫌いだったオレが、夜な夜な分厚い辞典と睨めっこしている。 「いっくんもおべんきょうする」 「いっしょにがんばろう」 「あい!」  満面の笑みのいっくん。  オレ、幸せだよ。    いっくんに巡り会えて幸せだ。 「ふふ、いっくんとパパはなかよしね」 「ママとまきくんも、だいしゅきだよ」 「ありがとう。ママも大好きよ」 「えへへ」  菫が槙を抱いて近づいてきた。 「あ、潤くん、そろそろお昼の用意をしない?」 「ありがとう。手伝うよ」 「お昼は芽生くんといっくんの好きなハンバーガーはどうかしら?」 「お、いいな」 「じゃあ、お隣でパンを買ってきてもらえる?」 「了解」  宗吾さん、兄さん、芽生坊にゆっくりして欲しい。  楽しんで欲しい。  人をもてなすのに不慣れなオレたちだが、精一杯の感謝を込めたいんだ。  だから遠慮なく受け取ってくれ。 **** 「ちゃたちゃた、かわいい、ちゃたちゃた、ボクのおともだち~」  後部座席で、芽生くんが憲吾さんからもらったぬいぐるみでずっと遊んでいる。  替え歌まで作って、微笑ましいな。 「宗吾さん、芽生くん楽しそうですね」 「もう一人で大丈夫なんだな」 「少し寂しいですが、よかったです」 「こうやって……少しずつ手を離れていくんだな」 「そうですね」 「俺には瑞樹がいてくれて良かったよ」 「それは僕の台詞です。ひとりじゃないって……いいですね」  新緑の緑が眩しい。  北の大地のような景色に、僕の心もどんどん解けていく。  心を委ねられる人がいれば、もう寂しくない。  それを伝えたくなる。 「あの、次のSAで運転を代わります」 「そうか、助かるよ」  そして積極的になれる。  あなたの役に立ちたくて――  僕の大好きな宗吾さんのために出来ることがある。  それが嬉しい。 「お兄ちゃんが笑ってる!」 「え?」 「鏡に映っているよ」 「バレちゃった?」    芽生くんも笑っていた。  運転席の宗吾さんも幸せそうに笑っている。  なんでもない、ひとときが幸せだ。  僕は目を細めて、幸せを噛みしめた。

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