1722 / 1738
マイ・リトル・スター 20
「パパぁ、えきまでおむかえにいきましゅか」
「今日は兄さんたちは車で来るんだよ」
「わぁ~ くるまなんて、すごい」
「うちも……車が欲しいな」
だが当分無理だ。
家を購入するために、マイカーのために貯めていた貯金も使っちまった。
破格で譲ってもらった家だが、俺にとっては大金で30年ローンを組んだ。
頑張って働いて、コツコツ返していこう。
そのためにも仕事を頑張ろう。
高校を卒業して進学せずに建設会社に就職したのは、勉強が嫌いだったのと、自分が遊ぶ金が欲しかったからだ。
誰かのために。
そんな気持ちはサラサラなかった。
苦労をかけた母さんや兄さんたちには何もせず、ただゲーセンやパチンコに通い、煙草と酒に浪費した。
馬鹿だな。
今、あの頃使ってしまった金があれば……
菫やいっくん、槙のために有効に使えたのに。
母さんや兄さんたちに贈り物ができたのに。
後悔に苛まれていると、いっくんがキュッと小さな手で俺の拳を握ってくれた。
まだまだあどけない楓のような手。
「いっくん、くるまなくてもいいよ。パパとおててつないであるくのしゅきだもん」
「うっ……いっくんは優しいな」
「パパがやさしいからだよ」
函館で自分勝手に生きていた頃は、俺を優しいなどと言う人はいなかった。
いつだって優しいのは広樹兄さんと瑞樹兄さんで、俺は手の掛かる悪ガキだ。自分でそんなレッテルを勝手に貼り付けて、肩で風を切って生きてきた。
「パパ、いっくんはいまがしゅきだよ。パパもそうだよね?」
「あぁ、そうだよ」
この子のためにも、後悔は手放そう。
今に集中していこう。
自分が自分をコントロール出来る今を大切にしていけば、過去に後戻りしたり、過去に引っ張られることも、少なくなっていくだろう。
そしてあの頃出来なかった事は、これからしていけばいい。
後悔の種を少しずつ拾って、今を生きて行く。
それがオレの生き方だ。
菫の夫として、いっくんと槙の父として、
大沼にいる両親の息子として、広樹兄さんと瑞樹兄さんの弟として――
オレに繋がる人との縁を大切に生きよう。
「パパ、このおうちにおとまりしてもらえるのうれちいね」
「そうだな、今までは狭くて泊ってもらえなかったもんな」
「みんないっしょにいられるの、うれちいね」
「あぁ、嬉しいよ」
オレはいっくんを抱き上げて、窓の外を見た。
通りから1本奥まった場所にある家だが、並びには美味しいジャム屋さんやパン屋さんがあるせいか、人通りもある。
ここで菫が店を開くのも夢ではない。
どのようなコンセプトの洋裁店がいいのか。
宗吾さんと瑞樹兄さんに、菫はいろいろ相談したいようだ。
夢に向かって歩む奥さんを、心から応援している。
オレも仕事でもっとスキルアップしたい。
イングリッシュガーデンの仕事は、性に合っている。
土に触れ、花を咲かせ、土壌を改良して……
薔薇のために尽くすのは、やり甲斐がある。
菫もオレも夢を、夢と希望を持っている。
「いっくんね、おおきくなったらはっぱはかせになりたいな」
「いっくんならなれるよ。パパが応援するよ」
「だから、いっくんにいっぱいおしえてね。はっぱのこと」
「あぁ、パパも沢山学ばないとな」
学ぶことが大っ嫌いだったオレが、夜な夜な分厚い辞典と睨めっこしている。
「いっくんもおべんきょうする」
「いっしょにがんばろう」
「あい!」
満面の笑みのいっくん。
オレ、幸せだよ。
いっくんに巡り会えて幸せだ。
「ふふ、いっくんとパパはなかよしね」
「ママとまきくんも、だいしゅきだよ」
「ありがとう。ママも大好きよ」
「えへへ」
菫が槙を抱いて近づいてきた。
「あ、潤くん、そろそろお昼の用意をしない?」
「ありがとう。手伝うよ」
「お昼は芽生くんといっくんの好きなハンバーガーはどうかしら?」
「お、いいな」
「じゃあ、お隣でパンを買ってきてもらえる?」
「了解」
宗吾さん、兄さん、芽生坊にゆっくりして欲しい。
楽しんで欲しい。
人をもてなすのに不慣れなオレたちだが、精一杯の感謝を込めたいんだ。
だから遠慮なく受け取ってくれ。
****
「ちゃたちゃた、かわいい、ちゃたちゃた、ボクのおともだち~」
後部座席で、芽生くんが憲吾さんからもらったぬいぐるみでずっと遊んでいる。
替え歌まで作って、微笑ましいな。
「宗吾さん、芽生くん楽しそうですね」
「もう一人で大丈夫なんだな」
「少し寂しいですが、よかったです」
「こうやって……少しずつ手を離れていくんだな」
「そうですね」
「俺には瑞樹がいてくれて良かったよ」
「それは僕の台詞です。ひとりじゃないって……いいですね」
新緑の緑が眩しい。
北の大地のような景色に、僕の心もどんどん解けていく。
心を委ねられる人がいれば、もう寂しくない。
それを伝えたくなる。
「あの、次のSAで運転を代わります」
「そうか、助かるよ」
そして積極的になれる。
あなたの役に立ちたくて――
僕の大好きな宗吾さんのために出来ることがある。
それが嬉しい。
「お兄ちゃんが笑ってる!」
「え?」
「鏡に映っているよ」
「バレちゃった?」
芽生くんも笑っていた。
運転席の宗吾さんも幸せそうに笑っている。
なんでもない、ひとときが幸せだ。
僕は目を細めて、幸せを噛みしめた。
ともだちにシェアしよう!