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マイ・リトル・スター 19

   いつも通り後部座席に座ろうとしたら、芽生くんに手を引かれた。 「ん? どうしたの?」 「お兄ちゃんはこっち」 「え?」  助手席? 「あのね、今日はパパのとなりに座ってほしいの」 「え? どうして?」 「ボクはちゃたがいるから、大丈夫だよ」 「そうなの?」 「えっとね……いつもパパがひとりで運転、さみしいなぁって」  芽生くんの言葉に少し驚いた。  いつもチャイルドシートの横に座ってお世話していたが、芽生くんももう小学校4年生、間もなく10歳になる。去年から更に身長も伸び、もう140cmを越えた。  いつの間にか、チャイルドシートを卒業しても良い時期になっていた。  いつまでも赤ちゃんのように思っていたが、そろそろ僕も切り替えないとな。 「じゃあ、そうしようかな」 「うん、うしろでちゃたと一緒に、パパとお兄ちゃんがアチチなの見てるよ-」  そこで宗吾さんが快活に笑う。 「ははっ、芽生、しっかり見てろよ。だが、寂しくなったり具合が悪くなったらすぐに言うこと」 「うん、パパの言う通りにするよ」  僕は急な変化に弱いが、宗吾さんは変化を柔軟に楽しめる人だ。  本当に……宗吾さんの言葉はいつもカッコいい。 「芽生くん、何かあったらすぐに言うんだよ」 「うん、お約束するよ。だから安心してね」 「よし、じゃあそろそろ出発しよう。瑞樹、まずは俺が運転するよ」 「はい、宜しくお願いします」 「待って待って」  すると、お母さんと美智さんとあーちゃんも見送りに出てきてくれた。 「間に合って良かったわ。こんなに朝早く出発するのね」 「連休中なので渋滞しそうなので」 「おばあちゃんにおみやげ買ってくるね」 「まぁうれしいわ。芽生、楽しんいらっしゃい」 「うん、おばーちゃん、おばさん、あーちゃん、ありがとう」 「良かったわね。楽しんできてね」 「うん!」 「おばあちゃんたちからのお誕生日プレゼントは、もう車に積んであるからね」 「え? そうなの?」 「うふふ、着いてからのお楽しみよ」 「わぁ~ ワクワクしてきた」  この車自体がギフトなのに、更に贈り物が…… 「あぁ……コホン、私からのプレゼントは、そのぬいぐるみだ。もう10歳になるのに幼かったか」  憲吾さんの言葉に、芽生くんは破顔する。 「おじさん、すごい! ボクのほしいもの、ちゃーんとわかってくれて、うれしいよ。このこ、ちゃたにそっくり。ふあふわで気持ちいいよ。ボク、ぬいぐるみ大好きだから、すっごくうれしいよ」 「そうか、そうか」  芽生くんの言葉は本当に素直で優しくて可愛いので、憲吾さんもメロメロだ。 「おじさん、あのね……もう10歳になるのに、いつまでもぬいぐるみが好きなのって、赤ちゃんみたいでヘンかなぁ」 「えっ」  驚いた。    芽生くんがこんな質問をするようになるなんて――  10代になるって、こういうことなのか。  憲吾さんの答えが気になった。  すると、憲吾さんは芽生くんの視線まで降りて、優しくちゃたにそっくりなぬいぐるみの頭を撫でてくれた。 「芽生のこと、よろしくな。ちゃたちゃた」 「わぁ~ ちゃたちゃたって名前なの?」 「あぁ、ちゃた2号だから、ちゃたちゃただ」 「かわいい名前だね」 「可愛がってくれ」  いつの間にか芽生くんの恐れは消えていた。  憲吾さん流石です。  本当に最初に会った憲吾さんと、同一人物なのですか。  どこまでもどこまでも、憲吾さんは無限に変わっていくのですね。 「おじさん、ほんとうにありがとう。ちゃたちゃたはボクのおともだちだよ」 「それでいいんだよ」  大学の心理学で学んだことを思い出した。  子どもは柔らかくて気持ちのいいぬいぐるみと、親友のような関係を築くことがある。一緒に眠って話しかけて時には泣いて……他の人には言えないようなことも、ぬいぐるみにだけは相談することもある。  芽生くんには、そういう存在が必要なのかもしれない。  憲吾さんが頭ごなしに否定する人でなくて、本当に良かった。 「兄さん、最近すごいな」 「ん? そうか」  宗吾さんも憲吾さんと芽生くんのやりとりに、心を奪われたようだ。 「あぁ、俺だったらどう答えようか迷ったが、兄さんはきっぱり断言してくれた。尊敬しているよ」 「そ、尊敬? 宗吾は相変わらずだな」 「え?」 「いつも心に素直で真っ直ぐだ。その昔は……それがちょっと苦手だったが、今はこそばゆい。つまり……宗吾は私の可愛い弟だ」 「か、可愛い?」  宗吾さんまで耳が赤くなっていた。  この兄弟の関係は最高だ。  とても、いい感じだ。  今度是非二人でゆっくり飲みに行って欲しい。  心からそう思った。  せっかく兄弟なのだから仲良しでいた方が楽しいし、友達や両親には言えない事も、兄弟同士なら気軽に相談できる。  同じ環境で一緒に成長してきたので、必然的にお互いの性格や気質を理解し合えている。  自分と似ている面があれば違う面もあるからこそ、困った時は、ひとりでは思い付かなかった解決策が見つかることもありそうだ。  お互いがどんな人間か理解しあえているから、程よい距離感で接することが出来ると思う。  あぁ、僕にも有り難いことに兄弟がいる。  広樹兄さんと潤は、僕にとって大切な存在だ。   **** 軽井沢。 「パパぁ、パパぁ、まだかな? まだかな?」 「いっくん、まだ朝だよ。そろそろ出発するそうだから、こっちにはお昼過ぎかな」 「しょっか、いっくん、めーくんにはやくあいたくて、ドキドキしてるの」  いっくんが、自分の胸に手をあてて、頬を染めている。 「いっくんのお兄ちゃんだもんな」 「うん、だいだいだいだいすきなおにーちゃんだよ」 「そうだな」  いっくんと芽生坊は大の仲良しだ。  血は繋がっていないが、実の兄弟だと錯覚してしまうほど、気が合う。  本当に良かった。  瑞樹兄さんが手塩にかけて育てている芽生坊は、頼もしく優しく成長中だ。  いっくんにとって、ずっと良い影響を与えてくれる存在になるだろう。  いっくんと芽生坊が仲良くするのを見ていると、瑞樹兄さんともっと仲良くなりたくなる。  俺が10歳の瑞樹兄さんと築けなかった時間を取り戻しているような気分だ。  うぉ~ いっくんだけでなく、俺も胸の鼓動が早くなってきた。  兄さん、待っているよ!  いろいろ語りたいし、一緒に遊びたいよ。  大人も子供も一緒だ。  楽しいことがあれば、いつだって心が跳ねるのさ!  

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