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マイ・リトル・スター 18

「そろそろ実家に車を借りに行ってくるよ」 「僕も一緒に行きます」 「いや、荷物もあるから待っていろ」 「パパ、ボクも行きたい。おじさんにありがとうを言いたいし、荷物なら自分で持てるよ」 「僕もお礼を直接言いたいです。憲吾さんに会いたいです」  兄さん、モテモテじゃないか。これは連れて行かねば―― 「じゃあ、三人で行くか」 「はい!」 「やったぁ!」  今日から俺たちは2泊3日の旅に出る。  行き先は軽井沢。  年明けに潤家族が住んでいたアパートが全焼して、命以外のすべてを失ってしまった。  命が一番とはいえ、着の身着のままの状態で寒空に放り出されて、途方に暮れていた。  俺も驚いたが、一家の大黒柱の潤の衝撃は計り知れない。  その後、潤は一人軽井沢に残り、生活を立て直すために奔走した。大沼のくまさんとお母さんが助けはあったが、イングリッシュガーデンの仕事と並行して、寝る間も惜しんで頑張った。  本当は家族の傍にいたかったろうに……  潤は……あの時もそうだった。  瑞樹がアイツに誘拐された事件の後、自責の念に囚われて、大沼には戻らず軽井沢に残り、黙々と働いた。  最初は俺の瑞樹になんてことをしてくれたんだと責める気持ちで満々だったが、潤が自分のしたことを心から反省し後悔し、打ちひしがれる様子に……  責めるのではなく、排除するのでもなく……  受け入れて、成長を見守りたくなった。  潤は根っからの悪い奴ではない。  間違えた場所に根差してしまっただけだ。  だから潤に必要なのは、恨み辛みではなく、家族の愛だ。  土壌を整えてやり愛を注げば、きっときっと真っ直ぐ成長する。  そう思えたのは、瑞樹が潤を恨むのではなく大切にしていたからだ。  大切な人が大切にする人を、俺も大切にしてやりたい。  あそこまで寛容な気持ちになったのは、あの時が初めてだった。  潤が必死に生まれ変わろうと努力するのならば、俺はその芽を潰さず、受け入れよう。  瑞樹が俺を愛してくれる度に、俺の心は丸くなる。  瑞樹は、俺の家だ。  優しさを与えてくれるHOMEだ。 「宗吾さん、改めてお礼を言わせて下さい」 「ん?」 「潤を受け入れてくれて下さって、助けて下さってありがとうございます」 「当たり前のことだよ。頑張っている人を応援しただけだ」 「嬉しいです」  まるで自分のことのように、優しく微笑む瑞樹。  君は幼い頃に悲しい別れを経験したからか、日々、丁寧に大切に生きている。  目に映る景色を大切にしている。  かつては悲しみから無理矢理咲かせたであろう寂しい笑顔は、今は幸せから綺麗に花咲いている。  笑顔は魔法だ。  それも瑞樹から学んだこと。 「パパ、ニコニコだね」 「そうか~ ワクワクしているからさ」 「宗吾さんといると毎日が冒険のようです」 「そうかな」 「はい、そうです」  ニコッとはにかむように笑う君は、今日も最高に可愛いよ。  実家に到着すると、兄さんが新車の手入れをしていた。 「兄さん!」 「おぉ、三人で来たのか」 「兄さんに会ってお礼を言いたいそうだから、連れてきたよ」 「そ、そうか……車を強引に押しつけてしまった気がして些か心配だったが、そうか……」  仕事では自分の信念を真っ直ぐ貫く兄さんも、心の襞の繊細な世界では臆病な所があるようだ。  そんな時は瑞樹、君の出番だ。 「憲吾さんの選ばれた車は、家族に優しい車ですね。あの、僕も運転してもいいですか」 「もちろんだ。もちろんだよ! 大歓迎だ!」  子供みたいに手放しで喜んでるな。  兄さんは、こんな面も持っていたのか。  また一つ兄さんを知れた。 「ありがとうございます。宗吾さん、交代で運転しましょう」 「あぁ、助かるよ」 「そうだ、これを持って行きなさい」  兄さんが瑞樹に大きな袋を渡した。 「これは?」 「弟さんと奥さんへの贈り物だ。いっくんとまきくんにもあるぞ」 「え? こんなに沢山いいのですか」 「潤くんが持って来てくれたブルーベリージャムのお礼だ。とても美味しくて焼きたてパンにぴったりだったよ」 「喜んでいただけて嬉しいです」  芽生もワクワク顔で、袋を覗き込んでいた。  いっくんへのプレゼントは、丸いカタチから、中身が想像出来る。  これはサッカーボールでは?    芽生が我慢できずに、兄さんに聞いた。 「おじさん、これってもしかしてサッカーボール?」 「そうだ、よく分かったな、流石だな。やっぱり芽生は聡い子だ」 「えへへ、ありがとう。いっくん、絶対に喜ぶよ」 「そうか、向こうで沢山一緒に遊んで来なさい」 「うん!」 「あの子は芽生の弟のような存在だから、私にも甥っ子のような存在なんだよ」 「おじさん、今の台詞、いっくん聞いたら喜ぶよ」 「そ、そうか、またあの坊やも遊びに来るといい」  兄さんは照れ臭さいのを通り超して、固まっていた。  む、無表情になっているぞ。 「おじさん、スマイルだよー おじさんは笑った方がぜったいステキなんだから」 「えっ、そ、そうか」  兄さんは瑞樹だけでなく、芽生にもメロメロだ。  玲子と暮らしていた時は見向きもしなかったのに……いくつになっても人は変わろうと思った時から、変われることを実践している。 「宗吾、安全運転を頼む」 「あぁ、肝に銘じるよ」 「さぁ、これが車の鍵だ」 「ありがとう」 「宗吾と私は二人きりの兄弟だ。これからはもっと協力し合って、助け合って、楽しい思い出を作ろうじゃないか」 「同感だ」  車の中には飲み物にお菓子まで用意されていて、芽生のシートにはちゃたにそっくりなぬいぐるみまで置いてあった。  至れり尽くせりだ。 「わぁ、ちゃたみたい」 「今回は無理だが、この車は犬にも優しい車だ。次はちゃたも一緒に出掛けよう」 「わぁ~ おじさんって最高にかっこいい! 大好きだよ!」  笑顔で出発すれば、見送る人も笑顔になる。  やっぱり笑顔は魔法だ。

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