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マイ・リトル・スター 22

 連休中の道路事情を考慮して早朝に出発したが、やはり渋滞している。  この調子だと、予定よりかなり遅くなりそうだ。 「宗吾さん、潤に1本電話してもらってもいいですか」 「了解。俺から伝えておくよ」 「ありがとうございます」  宗吾さんはササッとスマホを取りだして、潤と通話を始めた。  ハンズフリーにしているので、やりとりが聞こえる。 「もしもし、宗吾だが」 「あ、宗吾さん、今どの辺りですか」 「半分ほど来た所だが渋滞で、予定より1~2時間遅れそうなんだ。悪いな」 「いえ、渋滞は読めませんから大丈夫です。それより兄さんに安全運転でと伝えて下さい。焦らず来て下さい」  思いやりのある言葉に、ほっこりする。  電話の後も、渋滞が延々と続いている。  あっという間に、1時間ほど経過してしまった。    芽生くん、一人で退屈していないかな?  すると、助手席の宗吾さんが教えてくれた。 「瑞樹、芽生、眠ったよ」 「そうですか。よかった。あの……僕の運転で大丈夫ですか」 「あぁ、君は優良ドライバーだな。加速も発進も滑らかで乗り心地抜群だ」 「良かったです。宗吾さんも眠ってもいいですよ」 「いやだね。瑞樹とデートする」 「くすっ」  信号で停止したタイミングでバッグミラーを確認すると、芽生くんがちゃたちゃたを両手でふんわりと抱っこしながら、チャイルドシートにもたれて、ぐっすり眠っていた。  あどけない寝顔は、4歳で初めて僕と会った時のままだ。  懐かしさがググッとこみ上げてくる。  あれから一言では言い表わせない程、様々なことがあった。  良い事も悪いことも……  嬉しいことだけでなく、泣いてしまうようなこともあった。  だが、それらを3人で乗り越えてきた。  それが今の僕の自信に繋がっている。  宗吾さんと芽生くんと出逢い、僕は人との繋がりの大切さを思い出した。  それまでは大切な人が目の前から急に消えてしまうのが怖くて、逃げてばかりで、迷惑をかけないように、邪魔にならないように息を潜めていた。  そんな遠慮の塊だった生き方を、変えたくなった。 「瑞樹、今日は、よく晴れているな」 「はい、明日もお天気だといいですね」 「そうだよな。晴れていないと、せっかくの星空観察が台無しだ。だから頼む!」  宗吾さんと軽井沢でしたいこと、明日の芽生くんの誕生日のスケジュールなど気ままに話していると、渋滞もさほど気にならず過ごせた。  芽生くんは昨日ワクワクしすぎてあまり眠れなかったから、ずっと爆睡している。  あ、やっと碓氷軽井沢ICの出口が見えてきた。 「もうすぐ高速をおりられますね」 「ふぅー ようやく渋滞を抜けたか。しかし子連れだと車が楽だな」 「はい、誰にも気兼ねせず、マイペースに行けますし」 「きっと、いずれ犬を飼うことになっても、同じだろうな」 「そうですね」 「ちゃたを見ているとしみじみ思うが、犬って可愛いよな。人間の子供みたいに愛着を覚えるよ。なぁ、いずれ迎える犬は、俺と瑞樹の子供だぞ。で、芽生の弟……それとも妹か。瑞樹は男、女、どっちがいい?」 「え、えっと……」  急に「俺と瑞樹の子供」と言われ、ドキッとした。  宗吾さんの言葉は大胆だ。  僕が使えない言葉を、いとも容易く使って、高い壁を乗り越えていく。 「ぼ、僕はどちらでも……」 「ん? 顔が赤いぞ。照れているのか」 「い、いえ」 「瑞樹の恥ずかしがりやな面も大好きだ。俺たちの子に出逢えるといいな」 「は、はい、楽しみにしています」  運転に支障が出そうな程、期待で胸が高鳴った。  犬を迎えることは、いつか叶える夢の一つ。  宗吾さんの夢と僕の夢。  二つを揃えていけば、きっと叶うよ。  そんな予感がする。  そんな希望を持てるようになった。  一般道に降りると、宗吾さんから寄りたい店があると言われた。 「あの……どこですか」 「ケーキ屋だ。東京は早朝に出たから、店やってないだろう。だから、こっちで予約しておいたんだ」 「そうだったのですね」 「あ、ここだ。取ってくるよ」  指示された場所に停車すると、宗吾さんが意気揚々とした表情でお店に入っていった。  ケーキかな?   イベント好きの宗吾さんだから、きっと潤一家に嬉しいサプライズとなるだろう。そしてまだ寝息を立てている芽生くんにとっても、サプライズだ。  クリスマスでなくても、サンタクロースはいる。  宗吾さんを見ていると、そんな風に思える。  プレゼントだけでなく、ハッピーな心を届ける陽気なサンタクロース。  僕の恋人は、そんなサンタクロースだ。  って、季節外れだな。 「おーい、瑞樹。何をもくもく考えているんだ? 顔、にやけてたぞ」 「え? いや、何でもないです」 「ははん、俺に見惚れていたのか」 「えっと……まぁそんなものです」 「おぉ? 可愛いことを」  ご機嫌な宗吾さんに頬にチュッとされたので、僕は慌てて辺りを見渡した。  僕の顔、きっと真っ赤だ。 「ははっ、誰も見てないよ。芽生は寝てるし」 「で、ですが、ちゃたちゃたに見られました」 「あ、本当だ」  後ろを振り返ると、ちゃたちゃたと目が合った。  ぬいぐるみなのに、すごい眼力だ。  ちょっと憲吾さんに似てるかも? 「くすっ」 「ははっ」  そのタイミングで、芽生くんも起きた。 「ん……もう着いたの?」 「もうすぐだよ」 「あれれ、ボク、いっぱい寝ちゃった?」 「そうだね、すっきりしたかな?」 「うん! 着いたら、いっくんといっぱいあそぶんだ」  芽生くんは明るい笑顔で手を上にあげて、伸びをしている。  潤から聞いた住所に向かうと……  家の前に、潤といっくんが立っていた。  遠目でも分かるよ。  大きく、大きく手を振ってくれているから。 「あ、いっくんだ! いっくんー! 」 「めーくん、めーくん、めーくん、あいたかったよぅ」  子供たちの無邪気な声が、元気よく重なった。

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