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マイ・リトル・スター 30
家族で原っぱで寝転んでいると、美智がムクッと起き上がった。
「憲吾さん、今、鞄の中のスマホが鳴ったみたい」
「ん?」
まさか仕事の電話か。
急ぎの案件はなかったはずだが……
取り出して確認すると、メールの着信音だったようだ。
おっ、宗吾からだ。
件名は「サッカーボール」で、「兄さん、すごく喜んでいたよ」とラフな文章に動画が添付されていた。
「美智、あーちゃん、これは一緒に観よう」
「えぇ」
「わくわく!」
3人でスマホの画面を覗くと、原っぱを駆けまわる二人の少年の姿が映し出された。
「おぉ、芽生といっくんだ」
四角い画面の中で、私がプレゼントしたサッカーボールで二人が仲良く遊んでた。
私の大好きな子供達が、天真爛漫な笑顔を浮かべている。
それだけで自然と頬が緩む。
宗吾たちが連休に軽井沢に行くと聞いた時から、あのいじらしい可愛い子供に何かプレゼントしたくなった。あの子の誕生日の前日に火事が起きたことを聞いてから、ずっと気になっていたのだ。
私が出しゃばっていいものか考えたが、あの子は甥っ子の弟分だ。だから、親戚のおじさん気分でおもちゃ屋さんにウキウキと足を運んだ。最近の私は、彩芽が産まれてから、芽生と仲良くなってから、本屋よりおもちゃ屋さんが好きになった。
あどけない子供の笑顔はいい。
未来があるから、応援したい。
心からそう思う。
「憲吾さん、二人とも楽しそうね。兄弟ってやっぱりいいなぁ……」
「そうだな」
「いーな、いーな、あーちゃんもあそびたい」
「美智、そうなるといいな」
「憲吾さん……それって……」
「あぁ、彩芽にも弟か妹がいたらいいな」
美智と心が重なった。
もう一人授かる日がやってくるか分からないが、そうだといい。
自然と浮かんだ、私たちの未来予想図。
「憲吾さん、どうして分かったの? 私が心の中で勝手に思ったことだったのに」
「美智に心を寄せているから、心が近くなったのかもしれないな」
誰かに寄り添うという考えは、かつての私にはなかった。
家族を引っ張り守り正していくのが夫の役目だと思い込んで、相手の心を突っぱねていた。
「ありがとう」
美智の瞳には光る物があった。
「お、おい、どうして泣く? また何か余計なことをしてしまったか」
「違うの、私……嬉しくて……憲吾さんが優しくて泣けちゃう」
「お、おい……以前の私はそんなに酷かったか」
「……そんなことないけど……今の方がもっと好き」
参ったな。
その通りだ。
私も今の私の方が好きだ。
「パパ、あーちゃんもしゅきよ」
そんな私に甘いご褒美がやってくる。
娘から頬に可愛いキスを受ける。
世の父親なら、きっと誰もが憧れるシーンだ。
****
「瑞樹、そんなに走ると転ぶぞ」
背後から宗吾さんの声が聞こえた。
「大丈夫です!」
風を斬って走るのが心地良くて、つい夢中になってしまった。
ボールに向かって、一気に走ったら……
「わっ!」
まさかこの僕が足をもつれさせて転ぶなんて――
ズルッと身体が斜めになって派手に転んでしまった。
そのまま原っぱにダイブしてしまった。
は、恥ずかしい。
すぐに皆が集まってくる。
わらわらと――
「瑞樹、大丈夫か」
「兄さん! 大丈夫か」
「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」
「みーくん、だいじょうぶ?」
心配そうな顔を見上げて、思わず泣きそうになった。
あの日、車から車道に投げ出されて……
腕の中で夏樹が冷たくなっていった。
怖くて怖くて、僕も膝が痛くて……
でも誰も来てくれなかった。
助けて……
そう叫ぼうと思ったが、恐怖で声は出なかった。
そんな悲しい過去に引きずられそうになると、力強い声、優しい声、可愛い声が聞こえてくる。
「瑞樹立てるか」
「兄さん、手と膝をすりむいたな」
「お兄ちゃん、いたいのいたいのとんでいけ」
「いたいのいたいのとんでいけ」
過去の悲しい思い出はもういらない。
今の僕には皆がいるから。
そう思うと、目尻に浮かんでいた涙はすっと消えていった。
「ううう、恥ずかしいです」
「ははっ、そう気にすんなって、よくあることさ」
「兄さん、オレもたまにやるんだ」
「お兄ちゃん、いっしょだね」
「いっくんもね、このまえすってんころりんしちゃった」
場が和んでいく。
みんなが優しく寄り添い励ましてくれるから。
「兄さん、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
「瑞樹、歩けるか」
「はい、大丈夫です」
立とうとしたら、少しぐらついてしまった。
感情が高まった状態で急に立ったからかな?
「足、捻ったのか」
捻ったわけではなさそうで、ほっとした。
「いえ、ふらついただけです」
「心配だな。取りあえず潤の家までは背負っていくよ」
「そうだな、それがいい」
「そうしよう」
「いっくんもしょうおもう」
「えぇ、でも……僕、大人です」
「大人も子どもも関係ないさ」
「しょうしょう!」
あれよあれよという間に、僕は宗吾さんの背中に背負われていた。
「うう、やっぱり恥ずかしいです。重いのに……」
「なぁに、まだまだ余裕だ。それにここは軽井沢だ。いいから甘えろ、甘えろ」
「は、はい」
宗吾さんの広い背中のそっと右頬をあててみた。
おぶってもらうの、久しぶりだ。
ほっとできる場所、ほっとできる人。
僕にはみんながいる。
何が起きても、大丈夫。
そんな風に考えられるようになったことが、嬉しかった。
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