1737 / 1737
芽生の誕生日スペシャル『星屑キャンプ』3
「さぁ、中に入ろう。夜まで時間があるから、休憩しようぜ」
「わぁい、すごーい。そうだ! このお部屋の絵を描いていい? みんなに見せてあげたいの」
「いい案だね」
瑞樹は目を細めて旅行鞄からお絵描きセットを取り出し、芽生に手渡した。
そう言えば……
芽生は瑞樹と出会ってから、絵を描くのが好きになった。
それって、残したい思い出がたくさん出来たからなのか。
そうだったら嬉しいな。
「宗吾さん、とても本格的なログハウスですね。木の香り、木の温もり、あぁ最高です!」
瑞樹の声はハリがあり、顔に血色が増していた。
良かった、心が弾んでいるようだな。
いろいろ迷ったが、このロッジにして正解だったな。
芽生の誕生日プレゼントのリクエストは「家族で満天の星が見たい」という、スケールの大きな内容だった。てっきり流行のゲーム機でも欲しがるのかと思っていたので、意外だった。
そして、それは思ったより難題だった。
東京では星が綺麗に見えないし、多くは見えない。
だから軽井沢旅行を企画したのだが、潤に町中は街灯が多いので、満天の星を見るのは難しいとアドバイスしてもらった。
確かにその通りだ。
そんな訳で標高が高く空気の綺麗な場所を探すことにし、持ち前の情報収集力で、この高原とロッジを見つけたのさ。
誰にも邪魔されず、気兼ねなく自分たちの時間を楽しめるロッジは、今回の旅のコンセプトにぴったりだ。豪華な貸別荘やお洒落なコテージも考えたが、素朴な山小屋風の小さなコテージを選んだ。
何故なら、ここが一番星空鑑賞をする野原に近いから。
直結しているから。
俺が迎えに行った大沼の瑞樹の生家も、目の前に大草原が広がっていた。
豊かな大地は、瑞樹の健やかな成長の土壌そのもので、日中は弟と野原を駆け回って遊び、夜になれば父親と星空鑑賞をしただろう。
俺も以前、瑞樹と星を一緒に見上げたが、あれは本当に綺麗だった。
大沼の風景は、瑞樹の心を映す鏡。
大都会で暮らす瑞樹。
もっと自然に触れさせてやりたいよ。
そして息子には、自然を愛す人になって欲しい!
そう言えば……
玲子は大の虫嫌いで、ベランダには観葉植物は一つもなかった。花にも興味がなかったようで、家に花が飾られることは殆どなかった。
俺は本当は息苦しかった。だがあの頃は、それが当たり前だと思っていた。それでいいと思っていた。
モノトーンの世界に、カラフルな色は不要だった。
広告代理店で広告を作る立場となり、あるがままの自然を受け入れるのではなく、人工的に新しい流行の世界を生み出すことに夢中になっていた。
息子を公園に連れて行くより、仕事や飲み会に夢中で、休日も接待ゴルフやイベントに出向くことに夢中だった。
そんな俺は瑞樹と巡り逢えて、ようやく間違いに気付けた。
人間と自然は切り離せない。
寄り添って共存していくものだ。
だから自然を愛し、自然に触れ、自然と共に呼吸していきたい。
花のような香りがする瑞樹に心を奪われたのは、きっと俺の本能が自然を求めていたからだろう。
ぼんやりと窓の外を見ていると、瑞樹が横にやってきた。
芽生は夢中でお絵描きをしている。
「あの、宗吾さん、少し疲れましたか」
「あ、いや……大丈夫だ」
「じゃあ、そろそろお昼にしませんか」
「そうだな。外でピクニックをするか」
「はい、菫さんが作ってくれたサンドイッチは外で食べた方が美味しいですよね」
「あぁ」
優しく微笑む顔が綺麗だった。
どうやら自然豊かな場所では、瑞樹の透明感がぐんと増すようだ。
思わず見惚れていると、瑞樹が頬を桃色に染めた。
いいな、その色……ナチュラルだ。
「あ、あの、宗吾さん、さっきから……僕の顔に何かついています?」
「いや、ナチュラルで綺麗だなと思って」
「はっ、恥ずかしいです」
「そんなことない。心の中で思っていることをシンプルに伝えただけだ。そういう瑞樹は今、何を考えている?」
「え、えっと」
ますます頬を染めるのか。
相変わらず可愛い男だ。
「怪しいな」
「そ、それは」
しどろもどろになる君が可愛くて、つい強請ってしまう。
「なぁ、たまには教えてくれよ」
「そ……宗吾さんは今日は一段とカッコいいなと……車の中で芽生くんへの思いやりもすごく良くて、僕にもこんなサプライズを……はっきり言って、かっこ良すぎます!」
「ははっ、嬉しいよ。最高の褒め言葉だ。家族の笑顔が見たくて頑張っているからな」
「だから……僕は……今、とても幸せです」
瑞樹が感じる幸せは、俺の幸せだ。
瑞樹の口から「幸せだ」と言えることになったのが嬉しくて、肩を抱いてやった。
「ナチュラルになったなぁ」
「心のままに生きてもいい。もう心を隠さなくてもいいと……思えるようになりました」
「良かった」
瑞樹も素直に俺にもたれてくれた。
そこに芽生の声が響く。
「パパ、お兄ちゃん、そのまま動かないで」
「え?」
「えへへ、今、ちょうどふたりを描いているの」
「おー、ちゃんと芽生も描けよ」
「うん! ボク、真ん中に入ってもいい?」
「もちろんだ」
「もちろんだよ」
すると芽生は待ちきれない様子で、色鉛筆を画用紙の上に置いた。
瑞樹がしゃがんで手を広げる。
「さぁ、芽生くん、おいで」
「芽生、こっちに来い」
「うん!」
たたっと走って飛び込んでくる子供は、俺たちの幸せだ!
ともだちにシェアしよう!