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芽生の誕生日スペシャル『星屑キャンプ』4
僕と宗吾さんの間に、芽生くんが飛び込んできた。
助走をつけて勢いよく。
宗吾さんはそんな芽生くんを軽々と抱き上げて、視線の位置を揃えてくれた。
目が合えば笑顔。
三人の笑顔で溢れている。
芽生くんは、もう10歳。
いやまだ10歳だ。
もっと甘えていいんだよ。
甘えたい時は遠慮なく。
僕と宗吾さんが丸ごと受け止めるから、安心して欲しい。
子供には無条件に頼れる場所、甘えられる場所が必要だ。
10歳でその場所を一度に失ってしまった僕に、広樹兄さんが必死に手を広げてくれた理由が、今になってはっきりと分かった。兄さんは僕にもっと甘えて欲しかったのに、僕はいつも頑なでなかなか心を開けずだった。
でも根気よく待ってくれた。
だから僕は優しさを忘れずに済んだ。
広樹兄さんが僕にしてくれたことを、今度は僕が芽生くんにしてあげたい。
「わっ、今、ぐるるってお腹が鳴ったよ」
「よーし、外で食べるぞ」
「わぁ、ピクニック?」
「そうだ」
「やったー お兄ちゃん、早く早く!」
芽生くんは以前ほどはしゃがなくなっていたが、今日は違う。
小さな手にぐいぐい引っ張られると、心も引っ張られる。
今日の天気のように、晴れ渡った笑顔で誘ってくれてありがとう。
「ここは原っぱまで徒歩0分、最高の立地だな」
「はい!」
「マンションだとエレベーター下りて、公園まで歩かないと土の上に立てないから新鮮だな」
「都会の道はアスファルトで覆われていますしね」
「だよなぁ」
緑の絨毯にタータンチェックのレジャーシートを敷いて、座った。
バスケットを覗くと、美味しそうなサンドイッチがずらりと並んでいた。
「ボリュームがあって美味しそうですね」
「わぁ、おいしそう」
「菫さん、やるなぁ」
焼き立てパンに新鮮な野菜とハムをたっぷり挟んだ贅沢なサンドウィッチを頬張ると絶品だった。
何よりも菫さんの手作りなので、愛情がたっぷり詰まっている。
今の潤は毎日こんなに愛情がこもった手料理を食べているんだね。
函館では即席麺ばかり食べていた印象が強いので、しみじみと嬉しいよ。
ローズガーデンの薔薇は今年も見事に咲いたようだが、その影には庭師達の絶え間ない努力があったはずだ。潤も火事の後は相当キツかっただろうに、負けずに働いた。
菫さんと子供達と再び暮らすために、頑張った。
だから潤が家族と同じ屋根の下で楽しく暮らしている様子を、この目で見られて良かった。軽井沢に来て、本当に良かった。
「ほら、紅茶だ」
「ありがとうございます」
温かい紅茶の湯気に、僕の心もほっと一息。
目を細めて、眼前に広がる光景を見つめた。
冷たい冬の空気を少し含んだ風が、静かな森を包んでは木々の間を吹き抜けていく。
視界の限り、緑色の世界。
柔らかな葉は瑞々しく、青空の下で樹木がゆったりと枝を広げている。
「軽井沢も冬から春になっていくな」
「ここも冬が終わってしまったのですね」
移りゆく季節に名残惜しさを感じるのは、何故だろう。
両親と弟と別れたのが、この季節だったからか。
「瑞樹、いいか。冬の終わりは春の始まり、春の終わりは夏の始まりだ。つまり終わりは始まりだ。俺たちには終わりなんてないから、安心しろ」
「あ、はい!」
宗吾さんには、いつも僕の心がお見通しだ。
強い言葉で安心させてくれる人に、委ねてもいいのですね。
彼の肩にそっともたれると、うとうとと眠くなってきた。
ここ最近仕事がハードだったので、心からゆっくり出来る時間が愛おしくて、最愛の人と過ごせるのが嬉しくて。
****
「パパ、お兄ちゃん眠れた?」
「あぁ、ぐっすりだよ。芽生、静かにしてくれてありがとうな」
「うん、ボク、お部屋からブランケット、取ってくるね」
「おぅ、頼む」
瑞樹、やはり、かなり疲れていたようだな。
自然の中で、しっかり休ませてやりたい。
「パパ、これでいい?」
「サンキュ!」
瑞樹に白いブランケットをかけてやった。
白いブランケットは、俺の羽だ。
君を守る大きな羽だ。
「お兄ちゃん、気持ちよさそう」
「そうだな。そうだ、芽生、誕生日のリクエスト、どうして星空を見たいと思ったんだ?」
ゲームではなくて、星空。
芽生の気持ちを少し知っておきたくなった。
「それは……パパとお兄ちゃんにゆっくりして欲しかったからなんだ。だって二人とも毎日お仕事大変で最近すごく疲れていたでしょう? だからのんびりしてもらいたかったの」
えっ、参ったな。
そうか、そうだったのか。
芽生の誕生日をお祝いしているようで、俺たちも芽生から贈り物をもらっていたのか。
「あ、でもお星さまが見たかったのも本当だよ。パパとお兄ちゃんと一緒に見たかったの。ゲームの世界よりも、一緒に見てくれる人、一緒にキレイだねって言ってくれる人がいるってステキなことだから。あとお星さまにお願いごともしたくて」
「そうだったのか。芽生、いいリクエストだったな。瑞樹は自然に触れてリラックスしているよ。流石、俺の息子だ」
「えへへ」
息子と分かり合えるのって最高だ。
芽生が俺の元にいてくれて良かった。
こんな瞬間を味わえずに生きていく所だった。
あのままの俺だったら、辿り着けない世界を生きていることを実感した。
「芽生、ありがとうな」
「パパぁ、あのね……」
「ん? 何でも話してみろ。しっかり聞くから」
芽生の心もオープンになっているようで、今日はいろいろ話してくれる。
「パパ、ボクはパパの所にいられて良かったよ」
「急にどうした?」
「あのね。クラスのお友達がもうすぐ大阪に転校しちゃうんだ」
「どうしてだ?」
「それがね……りこんして、おばあちゃんのお家に、お母さんと行くんだって。いろいろ、さみしいって泣いてたよ」
「そうか、別れは寂しいよな」
「また会えるかな?」
「あぁ、きっと会えるさ。お互いそう思っていればきっとな!」
芽生の周りでも大人の事情で様々な事が起きている。
離婚という言葉に、芽生はきっと過敏に反応してしまったのだろう。
同調して心を痛めて、それで星空が見たいと……
「パパの言葉は元気が出るよ。お兄ちゃんが元気になるのもパパのおかげだね」
「芽生のお陰でもあるぞ」
「そうかな? ボクも役に立っているの?」
「当たり前だ。芽生がいないとはじまらない」
「わぁ、やっぱりパパがすごいな。パパのパワーを分けてもらおうっと」
芽生が珍しく自分から俺の腕にくっついてきた。
もう10歳。
まだ10歳の温もりをしっかり記憶しておこう。
「芽生、無理だけはするなよ。芽生が芽生らしくいられるのが一番だ」
成長していく息子へのメッセージ。
芽生は芽生らしく。
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