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芽生の誕生日スペシャル『星屑キャンプ』5

 いつの間に眠ってしまったのか。  僕はふかふかな大地の上で横たわっていた。  身体にふんわりとかけられた白いブランケットは、僕を守る羽のように暖かい。  軽井沢は東京よりもゆっくりと季節が移ろうので、ようやく冬から春へ動き出したところだ。  今年は、新年早々、潤のアパートの火災という大事件が勃発し、その後は仕事が年度初めで気ぜわしく、気付いたらあっという間に春が終わっていた。  だから、時間を巻き戻して、ここで今一度、春を感じたい。  ブランケットに包まれた身体はポカポカだが、頬にあたる風は冬の寒さを微かに残しており、ひんやりとしていた。  ぼんやりと目を開けると、原っぱに柔らかい陽が射し込んでいた。  春を迎えたばかりの若葉が太陽の光を受けてキラキラとフレッシュな光を放ち、柔らかい新緑の葉は少し透けて見えて、透明感のある光景だった。    僕は自然の中で生まれ育ったので、この感じ……やっぱりすごく落ち着くな。  久しぶりに大自然を全身で感じられる幸せを噛みしめていると、芽生くんと宗吾さんの会話が風に乗って届いた。 「あのね、パパとお兄ちゃんにゆっくりして欲しかったからなんだ。だって二人とも毎日お仕事大変で最近すごく疲れていたでしょう? だからのんびりしてもらいたかったの」  えっ、そうだったの?  僕たちは芽生くんのお誕生日のお祝いしているつもりだったが、芽生くんから贈り物をもらっていたんだね。  きっと今、宗吾さんも僕と同じことを感じている。  僕と宗吾さんの心は通じ合っているから、分かるよ。  その後に続く芽生くんの学校での心配後事は、少し切なかった。  でも、お友達に寄り添うあたたかい心で溢れていた。    10歳になった芽生くんの言葉の節々には、思いやりと優しさが溢れていた。  芽生くん、君はなんていい子なんだ。  宗吾さんと出逢えただけでも幸せの極みなのに、芽生くんがいてくれるなんて……  宗吾さんが芽生くんに贈った言葉は、僕にも響く。 「芽生は、芽生らしく」  いいな、すごくいい。  もう無理はしない。  僕も自分の気持ちに素直になって、生きていこう。    僕も…… 「瑞樹も瑞樹らしくだぞ」 「えっ」  急に話しかけられて驚いた。  頭の中を覗かれたようで、焦ってガバッと起き上がると、宗吾さんと芽生くんが笑っていた。  あ……二人の笑顔って、そっくりだ。    どんどん宗吾さんに似てくる芽生くんに、僕もつられて笑顔になる。 「お兄ちゃん、起きたの?」 「うん、よく眠ったよ」 「じゃあ、遊ぼう!」 「うん!」  さぁ、動きだそう。     一休みしたら、身体が軽くなっていた。  夕食の買い出しに、地元のスーパーに行くことにした。  地元のスーパーに行き、3人でカートを押して新鮮な食材を選んでいると、宗吾さんの目がキランと光った。 「お、生のビーツなんて珍しいな」 「久しぶりに見ました。ボルシチに入れるものですよね」 「そうだ。北海道や長野が特産地なんだよな。よーし、今日はボルシチを作ってみないか」 「難しくないですか」  宗吾さんがスマホでささっと作り方を確認してくれた。 「確かに手間はかかるが、生のビーツで作るとキレイな色が出るらしいぞ」 「そうなんですね。見たいです」 「ボクも見たいなぁ」  こんなたわいない会話も、僕の幸せ。   「よし、食材は揃ったな。後はベーカリーに寄ろう」 「はい」 「わぁい」  そして三人でキッチンに立った。  まずはビーツの下ごしらえ。  それから人参とジャガイモの皮を剥いて、キャベツを切って……牛肉を炒め、ホールトマトを入れてコトコトと煮込む。  キッチンから美味しそうな匂いに包まれる。 「テーマパークに行くのもいいが、こういう時間もいいな」 「はい、木の温もりのある部屋でコトコトとお料理を煮込むの、懐かしいです。大好きな光景です」 「そうか、大沼の家では、よくシチューなどの煮込み料理をしていたのか」  ナチュラルに聞かれたので、ナチュラルに答えられた。 「はい、母が台所に立つと、すぐに父も背後に立って「手伝うよ」と……仲良く野菜の皮むきを……そんな後ろ姿を見るのも、部屋が暖かくなっていくのも好きでした」 「なるほど、やっぱりロッジ風の家がいいな」 「そうだったら嬉しいですが……」 「俺も山小屋風の家に実は憧れていたのさ。キャンプなどでロッジに泊まると落ち着くんだ。山の男って奴だな」 「ボクもさんせい。毎日旅行みたいだね。ボクのお部屋は二階がいいな」 「どうしてだ?」 「階段の上ってかっこいいし、それに景色が良さそうだよ」 「ははっ、確かに、俺も二階だったな」 「僕もです」 「よし、芽生の子供部屋は二階で決定だ」  こんな風に少しずつ話してイメージを膨らませていくのって、いいな。    僕たちの夢が実現するのは、ゆっくりでいい。  あまりにステキな夢なので、あっという間に叶ってしまうのは勿体ないんだ。  幸せが怖いのではなく、幸せが愛おしい。  この一瞬一瞬が愛おしい。  

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