1740 / 1740

芽生の誕生日スペシャル『星屑キャンプ』6

 天気予報は夜まで晴れマーク。  日没後は、頭上に満天の星が広がるだろう。  そんな期待で一杯だったのに……  次第に雲行きが怪しくなってきた。  いち早く気付いたのは、芽生くんだった。 「あれ? お兄ちゃん、空が曇ってきたけど……星、ちゃんと見えるかな?」 「えっ」  慌てて窓の外を確認して、一抹の不安を感じた。 「どうした?」 「パパぁ、曇ってきちゃったんだ」 「ん? ちょっと待ってろ」  そんな僕たちの元に宗吾さんが駆けつけて、天気予報を調べてくれた。 「大丈夫だ。あの雲は一時的なものさ。雨雲レーダーによると、19時頃には雲が抜けるとなっているぞ」 「そうですか」 「よかったぁ!」  宗吾さんに元気づけられ、気持ちを立て直せた。  どうか芽生くんの夢が無事に叶いますように。  満天の星空でなくても、星がいくつか見えますように。  そう願わずにはいられない。  今回の旅行の目的は潤の新居に遊びに行くのと、家族で満天の星を思う存分鑑賞するためだった。  そのために宗吾さんが星がよく見える場所を探してくれ、この高原にやってきた。    だから、どうか。     僕も宗吾さんも「芽生くんの夢を叶える星空鑑賞」を楽しみにしている。  親が子を想う気持ちは果てしない。  芽生くんの笑顔は、僕たちのしあわせ。 「早めに夕食を食べて、外に出てみよう」 「少し冷えそうなので、暖かいお茶を用意しますね」 「ボクはブランケットを準備するね」  さぁ、準備も整った。  あとは夜になるのを待つだけだ。  夜になってロッジの外に出ると、まだ雲が空にかかっていた。  もしかして、さっきより雲が厚くなっているのでは?  芽生くんは空をじっと見上げて、星が現れる瞬間をずっと待ち続けた。  ところが時が経つごとに空はますます暗く、雲も重く厚くなり、とうとう星一つ見えない曇天になってしまった。 「星……一個も見えないね」  芽生くんは肩を落とし、がっかりした表情を隠せなくなっていた。  どうしても見たかったんだね。  分かる、分かるよ。  芽生くんの悔しい気持ち、悲しい気持ちが押し寄せてきて、僕も同調して沈んでしまう。  まずいな。  このままでは芽生くんの感情に引きずられて、僕まで泣きそうだ。  それは芽生くんの夢に、僕の夢を重ねていたからかもしれない。  遠い昔、大沼でお父さんが約束してくれたことがあった。 …… 「お父さん、星がとってもキレイだね」 「あぁ、瑞樹の心のように綺麗だ。澄んだ空気の中で一際輝くのが瑞樹だ。来年も再来年も、こうやって満天の星を一緒に見ような」 「お父さんと一緒、うれしいよ」 「じゃあ約束しよう」 ……  翌年の約束は叶わなかった。  もう二度と叶わない約束になった。  でも芽生くんと過ごす年月が、空しい気持ちを昇華してくれる。  だから気持ちを切り替えて、芽生くんを励ましてあげたい。  なのに……こういう時の僕は駄目だな。 「お兄ちゃん……」  せめて、縋るような眼差しに寄り添ってあげたい。 「芽生くん……星は隠れちゃったね」  声をかけると、芽生くんは静かに俯いた。 「楽しみにしていたのに……すっごく楽しみにしていたのに」  芽生くん声に、僕も悲しくなる。 「がっかりだよぅ……ぐすっ」  とうとう、泣いてしまった。  どうしよう……どうしたらいいのか。 「芽生くんの夢……叶えてあげられなくて……」  ごめんと言おうとしたら、宗吾さんが芽生くんの頭をゴシゴシ撫でた。 「芽生、星が見えなくて残念だったな」 「ぐすっ、ここならすごくキレイに見えるって言ってたのに」 「なぁに、また見に来ればいいさ。また旅行に来よう。旅行のチャンスが増えたんだ。そうだ、せっかくだから特別な夜にしようぜ、いい物を持って来たんだ」  宗吾さんが笑顔で誘うと、芽生くんも顔を上げた。  宗吾さんは鞄の中から小さなランタンを出して、芽生くんの目の前に置いた。 「これを見てみろ」  ランタンの上部には星形の穴があり、そこから柔らかい光がこぼれ出した。 「わぁ……きれい」 「キレイですね」 「なぁ、芽生。自然は言うことを聞いてくれないから、こういうこともあるのさ。何でも予報通りにはいかない。だから星が見えないなら、自分で作るのはどうだ?」 「うん、天気予報は外れることもあるよね。あ、本当だ! ここにお星さまがあるよ」  宗吾さんはすごい。  僕にはない発想で、芽生くんの心を上向きにしてくれる。 「瑞樹にも、星は見えているんじゃないか」 「え?」  宗吾さんに言われて、ざわついていた心が凪いできた。    それと引き換えに、芽生くんに語りたい言葉が浮かんできた。 「芽生くん、良かったね」 「うん、お兄ちゃん……さっきはごめんなさい」 「いいんだよ」 「そんなに見たかったんだね」  芽生くんが僕の胸に飛び込んできてくれた。 「あのね、ちがうの。ボクじゃなくてお兄ちゃんに見せてあげたかったの」  幼い芽生くんが精一杯僕を想ってくれる気持ちに、胸を打たれた。 「そうだったんだね。嬉しいよ。あ……星を見つけたよ。僕だけの星を」 「えっ、どこに?」 「ここだよ。My little star!」  僕は芽生くんを優しく抱きしめて、何度も何度も芽生くんの震える背中を撫でてあげた。 「芽生くん、夜空に瞬く星は見えなかったけれども、僕たちが一緒にいられるのって、星のようにキラキラとステキなことなんだよ」  宗吾さんも同調してくれる。 「芽生と瑞樹と一緒にいられて最高に幸せだ。芽生は俺たちの星だ」 「パパぁ……お兄ちゃん……」 「芽生くん、こっちにおいで」 「うん!」  僕と宗吾さんの間に芽生くんを座らせて、星のランタンを見つめた。  とても優しい灯りだった。  分け合う灯りに、満ち足りた心地になった。  それぞれの心には『幸せな存在』という星が瞬いていた。

ともだちにシェアしよう!