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芽生の誕生日スペシャル『星屑キャンプ』7
お兄ちゃんが時々ベランダから夜空を静かに見上げているの、ボクは知っていたんだ。
そっと物陰から見ていると……
少しさみしそうに、少しなつかしそうに、目を細めて小さな星を探しているみたいだったよ。
もしかしたら、お星さまになっちゃったパパとママとなっくんを探しているの? でも、ボクのマンションからは星がよく見えないんだよ。
どうしよう? なんとかしてあげたいよ。
いつもボクに優しいお兄ちゃん。
ボクを大切にしてくれるお兄ちゃん。
どうか悲しまないで、泣かないで。
ボクはまだ小さいから、してもらうばかりだけど、ボクだって何かしてあげたいよ。
できること、何かないかな?
たくさん考えて、ボクなりの答えを見つけたよ。
星がすごくよく見える場所に、お兄ちゃんを連れて行ってあげよう!
でもボクだけの力じゃ無理だから、お誕生日プレゼントのリクエストにしてみたらどうかな?
お誕生日プレゼントに何をもらおうか、ずっと楽しみにしていたよ。
最初はお友達が持ってる『swatch』っていうゲーム機にしようと思ったけど、大阪に引っ越しちゃうお友達と話して、考えが変わったんだ。
……
「あのさ、芽生にお母さんがいないのって、オレと同じ理由?」
「えっ……」
「やっぱ、リコンしたから?」
「うん、そうだよ。3さいのときに」
「え? まだ3さいだったのか。そっか……あのさ、さみしくなかったか。オレ、いつもお父さんと日曜日は公園でサッカーしてあそんだのに、もう出来ないんだ。母さんに文句を言ったら、誕生日でもクリスマスでもないのに、突然ゲーム機を買ってくれたんだ。『swatch』を」
「そうなんだ。でも、どうして突然?」
「お母さんはサッカーで遊べないからおわびだって」
「……」
「……おわびなんていらない。swatchはお父さんの代わりになれないのにさ……なんでお父さんは生きているのに、会えなくなるんだろうな」
……
そうなんだね。
大人の事情ってむずかしいよね。
今のボクにはパパとお兄ちゃんがいるから、ママがいないことを、さみしいとは思ってないんだ。
ママは車で行ける距離にいるけど、もうボクだけのママじゃない。新しいパパと女の子がいるんだよ。だからママがしあわせならそれでいいって……ちょっとむずかしいけど、それでいいよ。
ボクにはいつも両手を広げて、どんな時でもボクを受け止めてくれるパパとお兄ちゃんがいるんだ。お外でも沢山遊んでくれるし一緒にワクワクを探してくれるから、さみしくないよ。
二人が大好き。
だから大きくなって色んな世界を持つまでは、今はゲームに夢中になっていたら、ちょっともったいないかもって思ったんだ。
今は、パパとお兄ちゃんと一緒の世界を大切にしたいな。
「お、時間だ」
「え?」
「ちょうど今が、芽生が生まれた時刻だ」
「わぁ、今なの?」
「そうだ、芽生は夜に生まれたんだ」
「芽生くん、この世に生まれてきてくれてありがとう。僕は芽生くんと出逢えて幸せだよ」
「お兄ちゃん、ボク、10歳になったよ」
「うんうん」
「大きくなったでしょ?」
「そうだね」
「でも……まだ……」
「うん……おいで、芽生くん! 君は僕の天使《エンジェル》だよ!」
10歳になっても、まだお兄ちゃんに甘えたくなる。
だって、ここは学校じゃないし……
だってここには、ボクたちしかいないし……
だってまだ甘えたいんだもん!
「芽生くん、10歳おめでとう。芽生くんの1年が幸せで満ちあふれますように」
「パパとお兄ちゃんがいるから、幸せだよ」
本当にそう思うよ。
星は見えなかったけど、もっと大事な星が見えたよ。
お兄ちゃんはボクを星といってくれるけど、ボクにとってはお兄ちゃんがお星さまなんだよ!
知っていた?
ママ……
ボクは大丈夫だよ。
大切なお星さまを見つけて、幸せに暮らしているよ。
会いたいって思ってなかったけど、ありがとうって言いたくなっちゃった。
ありがとう、ママ。
****
ログハウスは壁も床も天井も、木の温もりに包まれて心地良いな。
芽生を風呂に入れた後、ドライヤーで髪を乾かしてすぐに寝付かせた。
いつも瑞樹に芽生のことを頼ってばかりなので、今日の風呂は俺が買って出た。
オレンジ色の照明を浴びながら、ラグの上で寛いでいると、瑞樹が風呂から上がってきた。
「ふぅ、いいお湯でした。あの、芽生くんは?」
「あぁ、風呂の後、コテッと寝ちゃったよ」
「1日はしゃいでいましたからね。あの……髪、乾かしましたか」
「あぁ」
瑞樹はロフトまでわざわざ上がって、芽生の寝顔を確かめた。
「楽しい夢を見ているのかな? 笑顔ですね」
その後、少し頬を染めて俺の隣りにそっと腰掛けてくれた。
「瑞樹、今日は芽生の10歳を祝ってくれてありがとうな」
「僕の方こそ、ありがとうございます。芽生くんが生まれた大事な日に、一緒に旅行できて嬉しかったです」
「家族で祝えて良かったな。家族旅行、またしような」
「はい! 家族旅行っていいですね。旅は心を開放的にしてくれますね」
「開放的! 確かに、じゃあ、そろそろ大人の時間にしても?」
「えっ……あ、はい」
瑞樹も期待してくれていたのか。
日中は芽生のお兄ちゃんの顔が多いが、夜は俺だけの瑞樹になって欲しい。
なんて……こんなの大人げないか。
「抱きたい」
ストレートに誘えば、瑞樹は恥じらうように頬を染めて、こくりと頷いてくれた。
俺はゴクッとつばを飲んだ。
ヤバい、今日は狼になってしまいそうだ。
「あ、あの……そ、宗吾さん……あまり、しつこくしないで下さいね。明日がありますので」
「ううう、努力する」
努力はするが、あとは情熱のままに――
瑞樹を抱き寄せて囁く。
「星が見えなくて残念だったな」
「仕方がないです。お天気は変わるものですから」
「大丈夫だ。どんな時でも、俺が君を照らす星になる」
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